149 パパに交渉!
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カルヴィーノの屋敷に戻ったフランチェスカは、すっかり夜も更けた時刻に、いそいそと『客人』の世話を焼いていた。
「レオナルド! 追加の毛布はここにあるからね」
大人用の寝台の足元に、ピンク色のふわふわした毛布を置く。幼い姿になってしまった親友には、これを運ぶのも大変なはずだ。
「枕はこれで平気かな? ごめんね、うちに小さなお客さんが来るのは初めてだから、あんまり準備がなくて……」
「大丈夫だよ、フランチェスカ。俺の心配をする必要はないから、君もゆっくり休むといい」
「そうはいかないよ!」
寝台に座ったレオナルドの前で、フランチェスカは両手を腰に当てた。
「レオナルドのことは、絶対に私が守るんだから」
そう告げると、子供の姿になったレオナルドが苦笑する。
「君は本当に、温かくて綺麗な光みたいな存在だな」
「ひかり…………」
「?」
「な、なんでもないの! それにしても、我が家のみんながあの説明を信じてくれてよかった」
フランチェスカは胸を撫で下ろし、数時間前のことを振り返った。
***
『……アルディーニの、親戚の子供……?』
『そ、そうなのパパ……!!』
ミストレアルの輝石が展示されていた夜会場の停留所で、小さくなったレオナルドと手を繋いだフランチェスカは、父エヴァルトに嘘をついていた。
『レオナルドは今日、夜会の後にこの子と会う約束をしてたらしいんだけど。レオナルド、不思議な人影を見たみたいで、それを追い掛けて行っちゃって』
『…………』
フランチェスカの隣にいるレオナルドを見下ろして、父は何やら難しい顔をしている。
(レオナルドが『元の姿に戻るまで、身を隠してひとりで過ごす』って言ってるのを、私が無理やり引き留めてるんだもん。なんとしてもパパを説得して、なおかつこの子がレオナルドだって気付かれないように、うちに泊められるようにしなきゃ……!)
そう決意しながら笑顔を作り、フランチェスカは説明を続けた。
『そのときに私、頼まれたんだ。「親戚の子供が俺を探していたら、すまないが面倒を見てやってくれないか」って』
父の隣に控えたグラツィアーノが、その説明を聞いて眉を顰める。
『はあ? なんすかそれ。なんでアルディーニの頼み事を、お嬢が聞かないといけないんです?』
『そ、それは…………』
通常ならば、『友達だから』と答えたいところだ。
しかしフランチェスカの父は、フランチェスカに『男友達』が出来ることを警戒している。
何故だかは分からないが、フランチェスカの友達になるふりをして近付いてくる男には、フランチェスカに恋をしている不定の輩が存在すると信じているのだ。
だから結果として、レオナルドがフランチェスカの友達であることは伏せ、事実を口にするしかなくなる。
『それは…………私がレオナルドの、婚約者、だから?』
『ぐ……っ!!』
『当主!!』
『どうしたの、パパ!?』
左胸を押さえて俯いた父に、フランチェスカは目を丸くした。父は苦しそうに顔を顰めつつ、そっと首を横に振る。
『な……なんでもないさ、フランチェスカ。それで? お前がパパにおねだりしたいこととは?』
『うん。レオナルドが迎えに来るまで、この子をうちに住まわせてあげたいの』
『ですから、なんでお嬢が。アルディーニの血筋の人間なら、アルディーニ家が面倒見るのが筋でしょ?』
『だ、だって』
グラツィアーノの追求に、フランチェスカはしどろもどろになった。
『い、いずれこの子も、私の親戚になるわけだし! そのお……将来、レオナルドと、結婚したら……?』
『かは……っ』
『当主!!』
『パパ!?』
父が何らかのダメージを受け、それが蓄積されているのが分かる。そしてフランチェスカに手を繋がれたレオナルドは、心なしか楽しそうにその光景を見ていた。
『ふふ。フランチェスカおねーさんのおとうさん、おもしろいね!』
(ちっちゃくなったレオナルド、本当に天使みたいだなあ……)
フランチェスカがしみじみ実感する傍らで、グラツィアーノはやはり訝しげだ。
『親戚、ねえ。……確かに物凄く似てるんで、アルディーニの血筋であることは一目瞭然っすけど』
『そ、そうだよねえ。レオナルドに似てるよね』
『似てるっつーか、そのまま小さくしたってくらい似てません? 同一人物って言われても信じられるというか……』
(さっすがグラツィアーノ、鋭い……!!)
内心で冷や汗を掻いていると、レオナルドがフランチェスカから手を離し、グラツィアーノの袖をくいっと引いた。
(レオナルド?)
『なんだよ。チビ』
『…………』
レオナルドはじーっとグラツィアーノを見詰めたあと、小首を傾げてにこっと微笑む。
『んと……』
そして少々舌足らずの、愛らしい声音でグラツィアーノを呼んだ。
『グラチアーノ……おにーちゃん?』
『!』
(わ……!)
レオナルドのあまりの可愛さに、フランチェスカは自らの頬を押さえる。にこにこ微笑む幼いレオナルドの振る舞いは、グラツィアーノにも響いたようだ。
『……前言撤回、アルディーニとは全然似てないっすね。あいつが小さなガキの頃って、絶対にこんな素直で可愛い子供じゃなさそうだし』
『そ、そそそ、そうかなあ……?』
『おいチビ、兄ちゃんがおんぶしてやろうか?』
『わあ、ありがとうおにーちゃん! あとでお馬さんもしてほしいな。おれの前で四つん這いになって、あたまさげて?』
グラツィアーノがレオナルドを可愛がり始めた横で、フランチェスカは父にねだる。
『そ……そんな訳で、お願いパパ! アルディーニ家にはレオナルドが連絡しておいてくれるみたいだから、この子をうちに連れて行ってあげたいの!』
『……フランチェスカ』
『……駄目……?』
謎のダメージから立ち直ったらしい父は、ふっとやさしい表情を浮かべた。
『お前は本当に、面倒見の良い子だ。そのやさしさを貫くための願いを、父である私が拒むはずもないだろう?』
『パパ!! ありがとう、大好き……!!』
『そうか。いまの言葉を記念して、この停留場に記念碑を建てる許可を陛下にいただいてくるとしよう』
『だだだ、駄目だよ!! パパのことは常に大好きなんだから、そんなことしたら王都中が記念碑だらけになっちゃう!!』
『フランチェスカ……!!』
じいんと何かを噛み締めていた父に、レオナルドがとことこ歩み寄って告げる。
『フランチェスカおねーさんのおとうさん、ありがとう!』
『……少年』
子供姿のレオナルドを見下ろした父は、途端に真面目な表情になって尋ねた。
『名前は何という?』
(やっぱりそれを聞かれるよね。レオナルドは、ちゃんと考えてあるって言ってたけど……)
裏の社会で生きている限り、偽名を用いる機会は多いはずだ。恐らくは、その中のひとつを告げるのだろう。
フランチェスカがそう考えていると、レオナルドがにこりと微笑んで口にした。
『――シルヴェリオ』
『――――……』
すると、父が僅かに眉根を寄せる。
(シルヴェリオ?)
その名前に、何か意味でもあるのだろうか。けれども父は、それ以上は何も追求することはなかった。
こうしてフランチェスカは、幼い子供の姿になったレオナルドの正体を偽って、自宅に匿うことに成功したのである。
「改めて、我が家にようこそレオナルド! この部屋で過ごしてて不便があったら、なんでも遠慮せず言ってね」
「ああ。ありがとう」
「本当は、私の部屋で一緒に過ごしてもらうのが一番安心なんだけど……。パパが『子供とはいえ、男がフランチェスカと同じ部屋で眠るのは許さない』なんて言うから。ごめんね」
「ははは」
レオナルドは小さな声で、何かをぽつりと呟いた。
「……恐らくお父君だけは、俺の正体に気付いていると思うが」
「レオナルド? 何か言った?」
「いいや、ささやかな独り言だよ。俺の可愛いフランチェスカ」
「?」




