145 変化(第3部1章・完)
「偽物……!?」
ゲームでは忽然と消えるはずの輝石が、偽物にすり替えられている。
相違に絶句したものの、すぐさま思考を切り替えた。
(――ううん、動揺しちゃ駄目! 過程が違うだけで結果は同じ、『ミストレアルの輝石が消失した』!!)
暗闇をすぐに照らしても、事態は変化しなかったということだ。恐らくは黒幕クレスターニが、ミストレアルの輝石を奪った。
『……会場の客人たちは、すり替えに気付いていない』
ソフィアの苦い声がする。フランチェスカたちは走り去った人影を追いつつも、聞こえてくる会話に耳を傾けた。
『最悪の事態とは呼ばずに済みそうだ。すぐさま国際問題って状況だけは、免れたんだからね!』
『っ、はい、ソフィアさま!』
(ソフィアさんの言う通り。輝石が消えてしまったゲームと違って、すり替えなら各国に隠し通せる)
『ただちに陛下に報告を! それからこの会場にエヴァルトとアルディーニ、セラノーヴァの坊やも来ているはずだよ。連中を探してきてくれ、各ファミリーの協力を仰ぐ!』
『!? しかし……!!』
どうやらソフィアはフランチェスカの父やレオナルド、リカルドに事情を話すつもりのようだ。彼女の部下である構成員が、驚いてソフィアを止めようとする。
『ソフィアさま。輝石がすり替えられたという事実を、他家に明かすということですか!? わざわざラニエーリ家の失態を広めるようなことをなさらずとも……!』
『プライドなんかよりも重要なのは、悪党なりにこの国を守ることだ』
迷いがないソフィアのその声に、フランチェスカはこくりと喉を鳴らす。
『私の頭なんざいくらでも下げてやる、当家の汚名は全部私が被る! 今ここで初手を誤った所為で、取り返しのつかない結果になるなんざ御免だからね!』
(ソフィアさん……!)
潔く勇ましい言葉を聞いて、フランチェスカも走る速度をぐんっと上げる。構成員も胸を打たれたのか、自分を恥じるように言った。
『仰る通りです。すぐに各ファミリーに伝達を!』
『頼んだよ。……しっかしこんな時に、あの馬鹿弟は何処に走って行っ……』
そこでぶつりと音が消える。隣を走るレオナルドが笑って首を振ったので、スキルの範囲はここまでのようだ。
「レオナルド、この先……!」
「行き止まりだな」
息を切らして立ち止まったフランチェスカは、平気そうなレオナルドの傍で周囲を見回した。
「変だよね。人影みたいなものをずっと追い掛けてきたけど、途中から本当に、ただの影を追わされていたような気がする……」
「気配らしきものは残っている。フランチェスカ、さっき君が言っていた『姿を変えるスキル』はクレスターニによるものか?」
「そう思う理由は話せないけど、その可能性が高いはず。そのスキルで、私を子供に変えてくるんじゃないかなって……」
レオナルドが僅かに俯いて、その手をそっと口元に当てた。
「……変質のスキル。クレスターニ……」
「レオナルド?」
そのとき視界の片隅に、鮮烈な光が走ったのが見えた。
「!」
恐らくあれはゲームの通り、こちらの姿を変えるスキルだ。けれどもゲームとの更なる相違に、フランチェスカは声を上げる。
「……レオナルド、危ない……!!」
「!」
レオナルドを襲おうとした光の前に、フランチェスカは飛び出した。
ぎゅうっと彼に抱き付いて、背中に迫ってくる光から守る。
(こうすれば、レオナルドは守れる……!)
けれども次の瞬間、レオナルドはフランチェスカの腰を抱き、強引にその位置を反転した。
「あ……!!」
「駄目だよ。フランチェスカ」
傍にあった木に背中を押し付けられ、レオナルドによって庇われる。
強い光が迸り、目を開けていられないほど眩くて、それなのにレオナルドの体が離れてしまった。
「レオナルド……!!」
触れようとして手を伸ばしたのに、そこにいるはずのレオナルドが居ない。
ようやく光が止み、フランチェスカが目を開けると、信じたくない光景がそこにあった。
「……まさか」
地面には、仕立てのいい幼児服を纏った男の子が、ちょこんと座っていた。
「…………」
身長はフランチェスカの腰ほどもなく、黒髪に金色の瞳という容姿の子供だ。
まんまるな形をしたその目は大きく、睫毛は人形のような長さをしていて、頬はぷにぷにとした輪郭を描いている。
白いシャツは表面に淡い虹色の光沢を帯びたようなもので、膝までの黒いズボンは漆黒であり、灰色の靴下とつやつやに磨かれた革靴を履いていた。
ぱちりと瞬きをする姿は、天使のように愛らしい。
けれどもその姿は紛れもなく、フランチェスカの親友のものだ。
「……レオナルドが、ちっちゃな子供の姿になっちゃった……」
「――――へえ」
自らの着ている子供用シャツの、とても小さな袖口やボタンを見て、レオナルドが笑う。
同時に誰かの足音がして、フランチェスカは咄嗟に手を伸ばした。
「誰か来る、隠れて!」
けれども動揺していた所為か、レオナルドを隠すのが間に合わない。
結果として、木々の間から現れた人物に、頭を抱える羽目になるのだ。
「おい! 輝石に何かしやがったのはお前らか? 逃げんな、話しを……って」
何もかもしっかりと目撃したその青年は、レオナルドを見下ろして呟いた。
「……そのガキ、もしかして、アルディーニか?」
(……ダヴィード……)
フランチェスカは途方に暮れて、小さなレオナルドをぎゅうっと抱き締めるのだった。
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第3部2章へ続く




