141 前世で知る彼
「黒幕殿の次なる狙いは、ミストレアルの輝石を盗むことか」
フランチェスカが言わんとすることを、レオナルドはすぐに理解してくれる。こくりと頷いたフランチェスカは、前世の記憶を反芻した。
(ゲーム三章で起きる事件。それが同盟国間における至宝、ミストレアルの輝石の盗難……)
この宝石を損なうことは、国家を揺るがす大事件となるのだ。
同盟関係を築く九ヶ国からの信頼を損ない、同盟を裏切る意思とすらみなされて、戦争の口実になってしまう。
「そんなことが起きたら、この国の信用は地に落ちちゃう。黒幕は、輝石そのものの金銭的な価値よりも、そっちを目当てにしているんじゃないかな」
この『クレスターニ』という名前は、洗脳に抗うグラツィアーノの父親が、朦朧としながら叫んだものだ。
彼の洗脳は解けたものの、『クレスターニ』の記憶は失われている。黒幕の具体的な手がかりが得られたことは大きいが、未だに影すら掴めていない。
「君はそのことを知っていたから、わざわざ赴いて止めに来た、と」
「事前に相談しなくてごめんね。だけどこういうことは、ギリギリに打ち明けた方が安心だから」
目玉がぶらぶらする着ぐるみの頭部を被ったまま、フランチェスカは大真面目に言った。
「……お互いが洗脳されたときのリスクを、最低限にするためにも」
「…………」
各ファミリーを巻き込む事件の黒幕は、『洗脳』のスキルを持っている。
ゲーム一章で起こる薬物事件も、二章においてグラツィアーノの父親が暗殺されることも、すべてクレスターニの策略と洗脳によるものだった。
黒幕クレスターニは七年前、レオナルドの父と兄が命を落とす原因となり、レオナルドがずっと追ってきた存在でもあるのだ。
(レオナルドのことは信じてるけど、洗脳されると敵になる。それは、レオナルドにとっての私も同じだ)
だからお互いの手の内は、すべてを明かさないと約束している。
フランチェスカが転生者であることも、この世界で起こる事件をゲームシナリオとして知っていることも、レオナルドにすべては話せない。
今夜のように、何か企み事を共有するときも、決行直前にしておくのが安全策だ。
「そんな訳でレオナルド! ソフィアさんたちラニエーリ家が、全力で輝石の警備をしている状況だけど、私たちもこっそり協力しよう。きっとこのお披露目の夜会中に、明かりが消えて停電が起こるの」
ゲームでは犯人が暗闇に紛れ、輝石を奪って消えてしまう。
再びシャンデリアに火が灯ったころ、ショーケースの中からは輝石が消えて、ホール内にはラニエーリ家の責任を追求する罵声が響くのだ。
(ゲーム三章の終盤で分かる犯人は、レオナルドの支配スキルで輝石を盗んだ人。だけど本物のレオナルドはそんなことしないから、実際はクレスターニに洗脳された『誰か』になる……クレスターニにとっての犯人役は誰でもいいんだ。土壇場でいくらでも変更できちゃう)
つまり、ゲームで捕らえることになる人物を抑えたところで意味がないのだ。
フランチェスカにゲームの知識があったとしても、事前に犯人を捕らえておくことは出来ない。
「犯人までは分からないんだけど、輝石が盗まれることは阻止したいな。盗まれたあとに犯人を探すのは、きっとすっごく大変だから」
「そうなったとして、君が苦労をする必要は無いさ。犯人探しはラニエーリ家の領分で、カルヴィーノの愛娘には無関係だ」
(……無関係じゃないよ。だってその輝石は、私とダヴィードで探すのが『シナリオ』なんだもの)
そんな言葉は口に出さず、フランチェスカは俯いた。
(ゲームのシナリオで起こる困難は、すべて『主人公フランチェスカ』が打破するべきこと。私が逃げ出したら壊れる物が、この先の未来にもたくさんある……)
シナリオ通りに生きるつもりなんて毛頭ない。
だが、フランチェスカの望む平穏のために、誰かの未来を台無しにするつもりも絶対に無い。悪党は、無関係の人に迷惑を掛けてはいけないのだ。
(……ただし!!)
フランチェスカはぐっと拳を握り込み、改めて誓った。
(シナリオで起きる悪い事件は、全力で回避しなきゃ!! 輝石は盗ませないし、私も小さな子供の姿にはならない。絶対絶対、頑張るぞ!)
「はは。フランチェスカ気合が入ってるな。ホール内のお菓子を食べながら作戦会議をしよう、君の話せることを教えてくれるか?」
「うん! あのね、この後なんだけど……」
そんな話をしながらも、輝石の展示されたショーケースを見遣る。その傍らに立つソフィアは、にこやかに賓客と話しながら、輝石の逸話などを説明しているようだ。
(……ゲームの第三章シナリオは、輝石の盗難事件を追いながら、子供になった『フランチェスカ』が本音を曝け出すまでの物語。そこにもうひとつ、ダヴィードの悩みっていう軸もある)
ラニエーリ当主であるソフィアは、もうじき弟のダヴィードに爵位を譲る。
女性が後を継ぐことが可能といえども、そんな家は少数なのが実情だ。ラニエーリ家も、先代当主の嫡男であるダヴィードが成長するまでの、一時的な当主としてソフィアを据えたらしい。
(ダヴィードに爵位を譲ることを、ゲームのソフィアさんは喜んでいた。だけどダヴィードの方は、優秀なお姉さんを差し置いて、自分が当主になる資格があるのかを悩んでいたんだよね)
そしてそんなとき、主人公フランチェスカと出会い、少しずつ悩みを晴らしてゆくのだ。
(ゲームの『私』が背中を押すことで、ダヴィードは当主になる覚悟を決める。第三章はそんな晴れやかなエピローグで終わるとはいえ……この世界の私としては、子供になっちゃうことはもちろん、ダヴィードとの接触も回避したい!!)
なにしろフランチェスカは、平穏で平凡な『表』の生活を望んでいるのだ。
(そもそも輝石の盗難が回避できたら、ダヴィードと行動することにはならないし。悩みは解決してあげたいけど、それは私がゲームみたいに直接関わる方法じゃなく、どうにか遠距離からそっと……)
「フランチェスカ?」
「あ!」
ついつい思考に耽ってしまい、レオナルドに呼ばれてはっとした。
「ごめん、レオナルド。考え事しながら喋っ……」
「?」
その瞬間、着ぐるみ越しにレオナルドの姿を直視して、フランチェスカはしみじみと感じてしまう。
「……レオナルド、その仮装もすっごく似合ってるね……」
海賊の仮装とはいっても、その仕立ては一級品だ。
軍服調のロングコートは漆黒で、金の刺繍が施されている。色の組み合わせとして上品なだけでなく、レオナルドの髪色と瞳に揃えられ、見事な調和が取れていた。
中に着込んだ白いシャツは、襟元に豊かなフリルが施されている。袖口や胸元にあしらわれたボタンは、フランチェスカの髪色と同じルビーが嵌め込まれていた。
コートの裾は足首まであり、その丈がレオナルドの長身を強調している。
恐らくはコートの下に武器を隠しているのだろうが、体のラインに添ったシルエットは、仕込みを悟らせないほどに完璧なものだった。そのお陰で、レオナルドの腰の細さがよく分かる。
(どんな格好をしていても映えるけど、こうやって珍しい衣装を着てるのを見ると、綺麗さを実感するなあ。……前世では大きな駅の壁一面に、レオナルドたったひとりだけのスチル絵が、大きく張り出されていて……)
初めて『レオナルド』を見たときのことを、フランチェスカは思い出す。
するとレオナルドは目を細め、心の底から嬉しそうに笑った。
「……君にそうやって褒められるのは、何よりも光栄だ」
「!」
その微笑みを直視できず、フランチェスカは慌てて視線を逸らす。
「な……なんか、すごく照れ臭いね……? どうしたんだろ。レオナルドが格好良いのは、いつものことなのにね!」
「…………」
恐らくは前世の記憶の所為だ。なんだか落ち着かない気持ちでいると、レオナルドがホールの隅を指差した。
「フランチェスカ」
「……え!?」
その先にいる人物を見て、フランチェスカは目を丸くする。
金色の髪に、美しい褐色の肌。ソフィアと同じ色彩を持つ青年の姿を、バルコニーの方に見付けたからだ。
(居ないはずのダヴィードが、なんでここに……!?)




