14 黒幕婚約者への決意
(私が生きているときに配信されたのは、メインストーリーの第五章まで)
運営からの生放送イベントによる発表では、全七章の構成とされていた。つまり、フランチェスカが知っているのは途中までだ。
(五章から先の出来事は分からないし、レオナルドが本当にお父さんとお兄さんを殺したのかも明らかになってない。……分からないことは、他にもあるけど……)
それは、レオナルドの持つはずのスキルだ。
(メインストーリーのシナリオ上で使われたから、スキルの内ひとつは分かってる。気になるのは、残るふたつ)
レオナルドが今後起こす事件を止めるには、このスキルが肝要になってくるだろう。
(……分かっている唯一スキルも、『最上級ランク確実のキャラクター』で『最強最悪の敵』として描かれているレオナルドのスキルにしては、ちょっと単純すぎる気はするし……)
ゲームシナリオで明らかになっている内容を、そのまま信じるのは危険かもしれない。
この世界で出会ったレオナルドには、そう思わせるだけの底知れない雰囲気が秘められていた。
「そういえば、お嬢」
「わ! な、なに? グラツィアーノ」
歩きながらクレープを食べているグラツィアーノが、フランチェスカに声を掛けた。
「さっきの話の続き。アルディーニの当主が、お嬢と同じクラスだったんでしょ?」
「うん、そうなの。登校してみたら教室にいたから、顔を見た瞬間に絶望しちゃったよ……」
「え。お嬢、アルディーニ当主に会ったことありましたっけ?」
「………………」
フランチェスカはぴたりと止まり、そのあとで笑顔を作る。
「……ないけど、肖像画は見たことあったから! ほら、仮にも生まれたときからの婚約者同士だし!?」
「……? まあ、そうっすね。でも気を付けて下さい。あの男、相当手が早いらしくて、一年の校舎にまで噂が回って来てました」
なんとか誤魔化せたようなのでほっとした。昨日のレオナルドによる誘拐未遂事件は、誰にも口外していない。
レオナルドの最初の目的は、五大ファミリーの関係性を引っ掻き回し、その均衡を崩すことだ。
そのために狙われたのが、ゲームでは『裏社会にあまり馴染みがなく、遠くで育てられたカルヴィーノ家のひとり娘』だった。
ゲームの主人公はレオナルドを打倒すべく、ここから一章につき一家ずつ、他ファミリーの面々と絆を深めていくのだ。
そんなイベントを起こさないためにも、昨日のことは隠し通したかった。
「アルディーニと婚約破棄したいと思ったら、いつでもお父君に言って下さいね。お嬢」
「う、うん……」
グラツィアーノはいつも通りの無表情で、けれども目にだけは本気の迫力を漂わせながら、ぽつりと言う。
「――……そのときはアルディーニを殺してでも、俺たちがお嬢を自由にしてみせますんで」
完全に、本気の顔だ。フランチェスカは笑顔で固まり、ぎこちなく喜ぶ。
「……わあー、頼もしいなあ……」
そう言いながらも内心は、だらだらと冷や汗をかいていた。
(――パパやグラツィアーノたちが、こんな調子だから! 婚約破棄をするための選択肢が、『レオナルドを説得して、「双方からの円満な婚約解消を進める」』以外に無くなるの!!)
フランチェスカが結婚したくないと宣言し、レオナルドがそれを拒否すれば、抗争勃発は確実だ。
それを回避するには、レオナルドにも婚約解消に同意してもらうしかない。
(明日も学校に来るかな。レオナルド)
苺と生クリームのクレープを頬張りながら、フランチェスカは考える。
(……あまり接触しない方がいいんだけど、もう一度婚約解消したいってお願いしてみた方が良いかもしれない……。せっかく学校で会えるなら、この機会を逃すのは勿体無い気がするもん)
ゲームでは、神出鬼没の悪役さまだ。
敵地であるアルディーニ家の屋敷に、死を覚悟した上で乗り込む以外、レオナルドにこちらから接触する手段は無いとされていた。
(うぐー……っ! そうだよね、話をしよう。レオナルドに婚約解消してもらうために、もう少し対話を続けよう……!!)
そう誓い、もくもくと顎を動かしながらも目を輝かせた。
(目指せ、迅速な平穏生活!! レオナルドが私に変な興味を持っていて、安全に会話が出来そうなうちに……!!)
「お嬢、口周り大変なことになってますよ。……あーあーもー……」
***
翌日、フランチェスカが誰よりも早く登校した教室に、ひとりきりのレオナルドの姿があった。
まさかレオナルドが、こんな早朝に来ているとは思わない。だけど、クラスの誰にも見られずに話せるなら、これほど幸運なことはなかった。
フランチェスカは廊下をきょろきょろ見回し、誰もいないことを確かめると、教室に入ってレオナルドの家名を呼ぶ。
「おはよう! あの、アルディーニさん!」
「…………」
最後部の席につき、ほとんど机に突っ伏すように頬杖をついていたレオナルドは、眠そうな目をこちらに向けた。
(あれ?)
その温度に違和感を抱きつつも、フランチェスカは急いで彼のところに向かう。
「あのね。婚約の件、また話したくて……」
「――悪いが」
体を起こしたレオナルドは、その表情に意地の悪い笑みを浮かべる。
その目には、どこか仄暗い、静かな殺気のようなものが宿っていた。
「今日の俺は、とても機嫌が悪い」
「え」
ぱちぱちと瞬きをしている間に、フランチェスカの手首が掴まれる。
「だから」
「!!」
ぐっと彼の方に引き寄せられ、ぶつかりそうになった。なんとか留まったフランチェスカを、金色の瞳が間近に見据える。
「俺には近付かない方が良いな。聞き分けてくれないか? 可愛いフランチェスカ」
(な……。な、な、な……)
レオナルドの指が、フランチェスカの頬に触れる。
「……君を殺しそうになる前に、俺の視界から消えてくれ」
(……なんか、変なイベントが始まっちゃった……!!)




