136 当主の弟
(無理だけは、しないでほしいなあ。……いっそのこと、ふたりで学校休もうって言ったら、レオナルドも家でゆっくりする気になるかも)
そんなことを閃いて、口に出そうとした瞬間のことだ。
「ねえ、レオ……わあっ!?」
レオナルドが、フランチェスカを隠すように抱き締める。
それから『しーっ』と耳元で囁かれ、視線で通りの向こう側を示された。小さな水路を渡る橋向こう、裏通りの先に、ひとりの青年の姿を見付ける。
(あれって)
その人物を、フランチェスカも知っていた。
金色の髪に、褐色の美しい肌。
制服を着崩し、気怠げに歩いているのに、その姿はとても優美だ。憂いを帯びているように見える横顔は、落ち葉によって金色に染められた街を眺めている。
(……ダヴィードだ……!)
ダヴィード・シスト・ラニエーリは、五大ファミリーの中でも『優美』を信条とするラニエーリ家、その女当主であるソフィアの弟だ。
彼の姉であるソフィアには、夏休みの出来事で随分と助けられた。けれども弟であるダヴィードの存在を、フランチェスカは意識して避けている。
そのことを、レオナルドも当然察していたのだろう。
「君、あいつに会いたくないんだろう?」
「う、うん……! 隠してくれてありがとう、レオナルド……」
フランチェスカはぎゅっと身を縮こまらせ、ダヴィードの視界に入らないよう隠れた。フランチェスカを抱き締めてくれているレオナルドは、フランチェスカの警戒心を掬い取ってくすっと笑う。
(ゲームでも最上級ランクに該当する、レアリティ5のキャラクター。ゲームで入手できる確率の低さと同じくらい、学院で出会う可能性も低い人なのに……!)
なにしろダヴィードは、学院に登校してきても授業にはあまり参加せず、決まった場所で寝ているという人物だ。
レオナルドはフランチェスカをよしよしと撫でながら、去ってゆくダヴィードの方を見遣って言う。
「あいつがこんなに朝早く、通学路をうろついてるなんて珍しい」
「多分それ、みんなもレオナルドに思ってるはずだけど……」
「ははっ」
楽しそうにしてみせるレオナルドこそ、ゲームでは『学院に一切現れない、接触不能のラスボス』だった。
フランチェスカと一緒に登校するために、毎朝こうして待ち合わせてくれるなんて、誰にも予想が出来なかったことだ。
(いまのレオナルドの行動は、ゲームとは真逆。だけど、『私』とダヴィードが今の季節に接近するのは、ゲームのシナリオ通りなんだよね……)
レオナルドの影からダヴィードの方を覗き込み、フランチェスカは気を引き締める。
(魔灯夜祭を舞台にしたシナリオが進んでいく、ゲームの第三章。――その中心になるのは、ダヴィードと『私』のストーリーだもの)
ダヴィードが去った落ち葉の街並みで、レオナルドがエスコートするかのように手を差し出した。
「無事に君を守り切れてよかった。行こうか、フランチェスカ」
「……ありがとう、レオナルド。だけど今日はやっぱり、学院を休……」
「フランチェスカ」
レオナルドは微笑んで、フランチェスカの提案しようとしたことを遮る。その表情を見ていると、それ以上何も言えなくなった。
「――分かった。行こう、レオナルド」
そしてふたりは、学院への道を再び歩き始める。
***
(本来のゲームシナリオで、『フランチェスカ』は裏社会から遠ざけて育てられ、十七歳になってから家に戻される)
放課後、ひとりで学院の廊下を歩きながら、フランチェスカは思考の整理をしていた。
(ゲームの『フランチェスカ』にとって脅威になるのは、ラスボスとして危害を加えに接触してくる婚約者、レオナルドの存在だけじゃない。……娘を憎むパパ、無愛想なお世話係のグラツィアーノ、事件解決のためにピリピリしているリカルドに、ゲームの『フランチェスカ』は振り回される)
シナリオで描かれるフランチェスカは、心優しくて平凡な女の子だ。裏社会のさまざまな出来事に馴染めず、それでも懸命に頑張って、みんなを救おうと奔走していた。
(ゲームでは一章でリカルドと仲良くなって、二章でグラツィアーノと仲良くなる。少しずつ事態は好転していくけど、レオナルドの企みにも振り回されて、その疲れが爆発しちゃうのが第三章だ)
春の学院入学から始まった日々は、ゲームのフランチェスカにとって波乱に満ちたものである。普通の女の子が裏社会に放り込まれて過ごすのは、並大抵ではないのだろう。
(そんなときに起きたとある事故に、『フランチェスカ』は巻き込まれる。その結果……)
フランチェスカは自身の手のひらを見下ろし、握り込んで開いた。
(――――ちっちゃな子供の姿にされちゃうんだよねえ……)
ゲームのスチルを思い出して、思わず遠い目をしてしまう。




