13 黒幕婚約者の目的
グラツィアーノのスキルのひとつは、身体強化だ。
攻撃力と防御力、そして速度に高倍率の強化が掛かる。ゲーム世界では、高火力ダメージに加えて先制攻撃、複数ターンに渡る戦闘でもHPがほとんど削れないという仕様だった。
現実であるこの世界では、銃を持った相手と素手で戦うことも、弾の回避も可能な身体能力という形で発揮されている。
「お嬢。終わりました」
グラツィアーノは、気絶した男ふたりの首根っこを掴み、ずるずると引きずってくる。
まるで、外での狩りを終えたネコ科の生き物が、獲ってきた獲物を自慢しに来るかのような光景だ。
「怪我はない? 大丈夫だった?」
「誰に聞いてんです? こんな雑魚相手、無傷で当たり前でしょ」
「そうだね、分かってる。それでもありがとう、グラツィアーノ」
「……」
フランチェスカがお礼を言うと、いつも気だるげな表情をしているグラツィアーノが、誇らしげに目を細めて笑うのだった。
「ふ」
グラツィアーノは、笑顔という珍しい表情のままで言う。
「まあ、あんたに心配されるのは悪くないんで、いいんですけど」
それはもう、心配するに決まってる。
なにしろグラツィアーノは、お世話係である前に弟分なのだ。強いスキルを持っていたって、何があるかは分からない。
「とりあえずこの人たち、馬車に押し込めて家に運ぼっか……」
「いいっすけど、その場合は帰りはこっから徒歩ですよ。お嬢と同じ空間に敵を置いたなんて知られたら、俺が当主に殺されるんで」
そんな話をしつつ、御者にも手伝ってもらいながら敵を収監する。一時的な檻になった馬車の外鍵を掛けたあと、先に出発した馬車を見送った。
「さて。じゃ、面倒だけど帰りましょう」
「待ってグラツィアーノ。どうせ歩いて帰るなら、寄り道してクレープ買おうよ」
「あー賛成。ごちそうさまでーす」
「何言ってるの、貰ってるお小遣いはお互い同額でしょ! 半分こするの!」
そんなことを言いながらも、弟分と歩き始める。
ゲームの主人公は、グラツィアーノとなかなか距離を縮められず、冷たい態度を取る彼に怯えていたこともあった。グラツィアーノの方も、主人公を見れば悪態をついていたため、絆レベルが深まるまではぎこちない関係性だ。
(ゲームシナリオで描かれた関係も、私の行動によっては変えられる。そのことは、パパやグラツィアーノと生活してきた十二年で、きちんと分かっていたつもりだけど……)
それにしても、と密かに溜め息をついた。
(まさか、レオナルドの振る舞いまで変わるだなんて)
昨日や今朝のことを思い出し、頭が痛くなる。
フランチェスカと校舎裏で話したあと、レオナルドは教室に帰ってはこなかった。担任やクラスメイトたちは、どこかほっとしたような空気でもあったのだ。
(ゲームのレオナルドは、『フランチェスカ』の敵。もっと明確な敵意と殺意を持って、シナリオの各所で現れる)
ゲームの中で現れるレオナルドは、はっきりと告げて来る。
『いつかおまえを殺してやるよ、フランチェスカ』
だが、レオナルドがいまのフランチェスカに繰り返すのは、それとは逆の言葉たちだ。
(歪んでるなあ……。レオナルドの人格形成に影響したのは、シナリオでときどき垣間見えていた、過去の出来事のはずだけど……)
その過去は、レオナルドの口から語られたものではない。
レオナルドが起こす数々の事件、それを解決しようと主人公が動くうちに、さまざまな人物から少しずつ教えられる。
この国の裏社会を牛耳る存在は、いまでこそ『五大ファミリー』と呼ばれるものだ。
けれど七年前、レオナルドやフランチェスカが十歳だったときには、大きな組織が六つ存在していた。
そして、いまは消えてしまっているその家が、レオナルドの家であるアルディーニ家と激しい抗争を繰り広げていたのである。
(レオナルドが十歳のとき、敵対ファミリーに拉致される事件があった。そのときの被害者は三人で、レオナルドのお父さんとお兄さんが一緒……つまり、アルディーニ家の先代当主とその跡継ぎが攫われたんだ)
その拉致をきっかけに、レオナルドは十歳で当主になる。
父と兄が敵対組織に殺され、レオナルドひとりが生き残ったからだ。
そしてこの事件こそ、『次男であるから家を継げないレオナルドが、当主の父と後継ぎの兄を殺すため、幼くして計画したのでは』と言われていた。
(――ゲームでその事件を語るキャラクターは、この拉致事件についての憶測を、こんな風に語ってるんだよね)
ゲームの画面を思い出し、フランチェスカは俯く。
『あの拉致事件は、すべてレオナルドが仕組んだことだ。当主になるため、敵対ファミリーと手を組んで、邪魔だった父と兄を排除した』
『敵が父と兄を殺したあと、レオナルドは本性を現した。そのまま敵のファミリーも皆殺しにしたのは、口封じをしたかったんだろう』
十歳のレオナルドによって、敵対組織は壊滅した。
六大ファミリーと呼ばれていたうち、ひとつが消滅した結果、現在は五大ファミリーの呼び名に変わっているのだという。
『レオナルドの目的は、アルディーニ家の当主になること』
その人物は、はっきりとこう言い切った。
『――レオナルドは、やがて他のファミリーを残らず壊滅させ、自分が影の王になるつもりだ』
五大ファミリーは、裏でこの国の国王に仕え、王室や政治にも関わっている。
その役割をひとりで負うことは、この国の王権を陰から操るにも等しい行為だ。
ゲームのレオナルドは、今後すべてのファミリーを敵に回す。
その始まりが、昨日の誘拐事件なのだった。




