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【アニメ化】悪党一家の愛娘、転生先も乙女ゲームの極道令嬢でした。~最上級ランクの悪役さま、その溺愛は不要です!~  作者: 雨川 透子◆ルプなな&あくまなアニメ化
〜第2部 忠臣義士の番犬従者〜

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114 手招いて引き入れる


「……これはこれは。お嬢さん」

「こんにちは。サヴィーニ侯爵閣下」


 続いて侯爵のまなざしは、フランチェスカの前に歩み出たリカルドに向けられた。彼らの視線が重なったとき、フランチェスカは違和感を覚える。


(あれ? リカルドが挨拶しない……)


 いつも礼儀正しいリカルドが、こんなときに何も言わないのは珍しく感じられた。前回、河原で侯爵と会ったときは慌しかったので当然だが、いまはそうではない。


(もしかしてリカルドって、侯爵とじっくり会ったことが他のタイミングであるのかな?)


 そんな想像をしていると、侯爵がおもむろに口を開いた。


「――お嬢さんの従者はまだ、この森に?」

「!」


 フランチェスカはむっと身構え、侯爵を見上げる。


「もちろんです! グラツィアーノは私の大事なお世話係で、弟分なので」

「弟……」

「それに。父はグラツィアーノを養子に迎えて、当家の後継にしたいと考えているんです」


 そう告げると、サヴィーニ侯爵が目をみはった。


「あの子が、カルヴィーノ家の後継者に?」


 グラツィアーノと面差しのよく似たその顔が、僅かに歪む。


「……なるほど。お嬢さんはその話をすることによって、私を安心させようとなさっているのですね」


 フランチェスカの考えは、サヴィーニ侯爵に見抜かれたようだ。


(グラツィアーノがいま怖がっているのが、自分がサヴィーニ家の後継者になりたがっていると勘違いされること。その上で命を狙われて、私を巻き込んじゃうことなら……)


 その想像がどれほど正しいのかは分からない。

 しかし的中しているならば、グラツィアーノが養子になるという説明によって、少しはその疑念が薄れるはずだ。


「お嬢さんが、何処まで当家の事情をご存知かは分かりかねますが――……」


 侯爵は息を吐き、フランチェスカの方に歩いてくる。


「養子という立場は、非常に危うく不十分です。後継者争いにおいては、その家の血を引く実子ですら様々に比較され、時には兄弟殺しに発展することすらある」

「ご安心ください。当家では私がひとり娘です、グラツィアーノを脅かす存在は居ません」

「お父君はお嬢さんが結婚なさった暁に、お子さんのひとりを引き取るおつもりなのでは? 余所者が跡を継ぐのは一代限り、そして再び直系の血筋に戻る……」


 フランチェスカを不機嫌そうに見下ろして、侯爵は言った。


「彼がカルヴィーノを継ぐことが、我がサヴィーニ家の後継を狙わない証左になると言うのであれば。――お嬢さんがあの子を花婿とし、確固たる立場でも与えてやってほしいものですな」

「…………」


 とても冷ややかな空気の中に、確かな怒気が受け取れた。

 フランチェスカが口を開こうとすれば、リカルドが庇うように歩み出る。


「サヴィーニ閣下。その発言は撤回しておいた方がよろしいかと」

「おや。私は一般論を述べたまでだが?」

「婚約者のいる令嬢にその仰りようは、侮辱と受け取られても仕方がありません。私はフランチェスカに恩義があり、彼女の名誉を傷付けるとなれば、どなたがお相手でも見過ごす訳にはいかない」

「……」


 サヴィーニ侯爵は息を吐き、フランチェスカたちに背を向けた。


「なんであろうと。あの子に私の傍をうろつかれては迷惑であることに、変わりはない」

「サヴィーニ閣下……」

「再び視界に入る前に、消えてくれと。……そう願うばかりですよ」


 刃のように冷たいその言葉を、グラツィアーノには聞かせたくないと心から感じた。


(グラツィアーノがこの森にいるのは、侯爵が暗殺されるのを防ぐ命令のため)


 侯爵が立ち去ったあとの森の中で、フランチェスカはリカルドを見上げる。


「……助けようとしてくれてありがとう、リカルド。だけどね、少しお話しをさせてくれる?」

「む……」


 先ほどの違和感について、詳細を確認しておきたい。

 フランチェスカがじっと見詰めると、リカルドは観念したように息を吐き、「分かった」と目を閉じたのだった。




***




「――レオナルド、もう部屋に戻ってるの?」

「はい。アルディーニさまは本日、早朝よりお出掛けになられたため、お部屋で仮眠を取られるとのことでした」


 リカルドに送り届けられて別荘に戻った夕刻、カルヴィーノ家の使用人にそう言われたフランチェスカは、エントランスから二階に続く階段を見上げた。


(そろそろ陽は落ちそうだけど、まだ夕方なのに。こんな中途半端な時間に仮眠……?)

「ご夕食も不要とのことでしたが。いかがなさいましょう? フランチェスカお嬢さま」

「……そうだね、レオナルドの言う通りにしてあげて。でも、私があとで厨房を使わせてもらうかも」

「かしこまりました。それでは引き続き、他の皆さまのお食事をご用意させていただきます」


 家からこの森へ同行してくれている彼にお礼を言い、フランチェスカは帽子を預ける。


「リカルドは夕食の時間まで、私が襲われた辺りをもう一度見に行ってくれるって。グラツィアーノはどうしてる?」

「鍛え直してほしいとのことでしたので、庭で他の面々と組み手の最中かと。私も後ほど参加して参ります」

「そっか……グラツィアーノにお願いしたい調査があるの。この紙を渡しておいてくれる? それと、私もしばらく部屋で過ごすから!」


 そう言って急ぎつつ階段を上がる。なるべく物音を立てないように向かったのは、フランチェスカのために用意された部屋ではない。


「レオナルド、起きてる……?」


 そっと小さく声を掛けると、中から声がした。


「……どうぞ」


 ゆっくりと扉を開け、レオナルドのベッドに近付いてゆく。彼の様子を窺って、フランチェスカは確信した。


(やっぱり)


 シーツの海へ横向きに沈んでいたレオナルドが、緩慢な動作で寝返りを打つ。仰向けの体からは力が抜けて、猫のようにくったりとして見えた。


 呼吸はいつもより浅く、フランチェスカを見上げる双眸は無防備で、茫洋としている。

 まるで寝起きの幼な子だが、仮眠を取っていただけには見えない。


「レオナルド、熱があるの……?」

「んー……」


 レオナルドが身に纏っているのは、首元のボタンを外した白いシャツと、ベルトを外したスラックスだった。床には上着とベルトが捨てられていて、着替える余裕がなかったのが分かる。


「待ってね。いま、お水と薬を……」

「……フランチェスカ」


 何処か甘えるような声音と共に、レオナルドがこちらに手を伸ばした。

 首筋から伝った汗の雫が、シャツの襟元を寛げた肌の上を滑る。喉仏の近くから鎖骨を伝い、窓から差し込む橙色の夕陽に照らされていた。


「こっち」

「……?」


 手を繋ぎたがっているのだと気が付いて、首を傾げつつレオナルドの指に触れる。


「わ……っ」


 その瞬間に捕まって、彼のベッドに引き倒された。

 そうしてレオナルドは、縋り付くようにフランチェスカを抱き締めるのだ。


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