110 贖罪
何よりも、小さな頃から一緒に育った存在なのだ。
「早く雨の当たらないところ…………私の方に来て、グラツィアーノ!」
「っ、うわ……!!」
グラツィアーノの重心が崩れ、引っ張り上げることに成功する。
渾身の力がようやく届いたのだ。やっと洞穴の中に来てくれて、フランチェスカはほっと息を吐き出した。
「ね。……大丈夫」
「…………」
ずぶ濡れの子犬みたいなグラツィアーノを見上げ、フランチェスカは微笑みかける。
「自分が誰の血を引いて生まれてきたかを、この世界で気にしない方が難しいよね。……だけど、私もパパも他のみんなも、グラツィアーノに良い人生を送ってほしいと思ってる」
グラツィアーノをカルヴィーノ家の養子になんて話が出るのも、その一環で間違いないのだ。
「居たいところに居て。それから、行きたくないところには行かなくていいんだよ。だから」
フランチェスカは、自分よりもずっと背の高い弟分にこう告げた。
「そんなに悲しそうな顔で、もう一緒に居ないなんて言わないで」
「……お嬢……」
グラツィアーノが俯いて、その赤色の瞳が見えなくなる。
「……あんた本当に、餓鬼の頃から変わらない……」
「へへ」
グラツィアーノの頭をわしわしと撫で、雨の雫を落とす。フランチェスカはそれから、ずっと眺めていたレオナルドを振り返った。
「レオナルド。私……」
「君の判断に委ねよう」
「!」
まだ何も言っていないのに、レオナルドは微笑んで肩を竦める。
「その番犬に、いま持っている情報と考えを共有したいんだろう?」
「……うん。誰が黒幕に洗脳されているか分からない以上、無闇に手の内を晒すべきじゃないっていうのは間違いないけれど……」
それでもフランチェスカは、グラツィアーノを見上げた。
「グラツィアーノには話しておきたいの。聞いてくれる?」
「話……?」
それからフランチェスカは洞穴の中で、グラツィアーノに『黒幕』についての考えを話した。
薬物事件の裏にいた人間が、この暗殺に関わっているのではないかということ。フランチェスカを襲ったのも、その黒幕側の人間ではないかという想像について。
狙われたのがグラツィアーノであったとしても、その説は筋が通ること。そんなことを話しながらも、最後にもうひとつ長年の秘密を明かす。
「……それでね。ずっと内緒にしてたけど、私もスキルを持ってるの……」
「…………」
これについてを話すのが、もっとも申し訳なく感じてしまった。
「ほ、本当にごめんなさい。怒るよね? ずっとスキルを持ってないふりをしてきた上に、レオナルドやリカルドは先に知ってたなんて……」
「………………」
罪悪感でいっぱいのフランチェスカは、グラツィアーノをおずおずと見上げる。けれども目が合ったグラツィアーノは、薄い反応でこう言った。
「いや。お嬢がスキルを隠し持ってること、俺は普通に気付いてましたよ」
「え!?」
思わぬ発言に驚いて、フランチェスカは目をまんまるにする。
「なっ、なななななな、なんで!?」
「だって当主の反応。お嬢が本当にスキルを持ってないなら、貴族連中が『スキル無し』ってお嬢の陰口言ってるの聞いた瞬間に、当主がそいつらの家を滅ぼしてるはずでしょ?」
「そ、それは」
確かにグラツィアーノの言う通りだ。
フランチェスカのスキルについて、世間ではそれなりに口さがない噂を立てられているものの、父はそれを徹底的に追い詰めるまではしていない。
「当主がギリギリ我慢してる理由なんて、理由があって敢えてそういう噂を流してるくらいしか思い付かないんで。お嬢のスキルが相当レアだから、誘拐の危険を無くすためにスキルが無いって設定なんだろうと」
「さ、さっすがグラツィアーノ……!」
その読みは大正解だったので、フランチェスカは何も言えなかった。
「それに、他の連中が先に知ってたって件。……お嬢はスキルのこと、自分から話したんですか?」
グラツィアーノが視線を向けたレオナルドは、軽く笑ってこう返す。
「いいや? 俺が殺し屋に狙われたとき、その対処でスキルを使ってくれた結果だな。リカルドに明かしたときも似たようなものだ」
「リカルドのときは、夜会での大騒ぎを収束させる必要があって……」
レオナルドとフランチェスカの説明に、グラツィアーノは澄ました顔で言った。
「だいたい想像した通りっすね。つまりこの人たちに明かしたのは不可抗力ってことでしょ?」
「んん、まあそうなるかも……」
「当主に話したのも、さすがにお父君には隠していられないからですよね。だったらお嬢がこうやって、本当に自主的に自分から教えてくれたのは、俺が初めてですか?」
そう尋ねられて、フランチェスカははっきりと頷いた。
「うん。グラツィアーノだけだよ」
「ふ」
グラツィアーノはそこで何故か、とても満足そうに笑った。
「それだけで。……内緒にされてたことくらい、チャラでいいです」
「……?」
フランチェスカが首を傾げると、レオナルドがフランチェスカの傍に立ち、ぐっと彼の方に引き寄せた。
「――さて。そろそろいいか?」
「レオナルド」




