106 守れなかったとして
レオナルドの敵となる人物が、フランチェスカを助けてくれたのかもしれない。
フランチェスカが伝えたかったことを汲み取ったレオナルドが、月の色をした金の瞳をすがめる。
「ひとつだけ答えてくれ。フランチェスカ」
「どうしたの?」
首を傾げると、レオナルドは真摯なまなざしでこう尋ねた。
「君はそれを確かめる為に、こうして囮めいた真似をしたのか?」
「!」
その問い掛けに目を丸くするも、すぐに首を横に振る。あの場面で助けてくれる人物がいるなんて、そんなことは予想出来ていなかった。
「違うの」
グラツィアーノが撃たれるイベントを回避して、誰も傷付けないまま対処したかった。
けれども結局は上手くいかず、あの娼婦の女性が狙われそうになり、庇おうとしたフランチェスカが撃たれる寸前だったのだ。
謎の人物が助けてくれなければ、弾丸はフランチェスカを撃ち抜いていた。
「……助けたい人がいたんだ。結局はこんな風に、失敗しちゃったんだけど……」
そう口にして改めて、その助けがなければどうなっていたかを想像する。
もしかしたらフランチェスカが失敗し、娼婦の女性を危険な目に遭わせていたかもしれない。それを免れたあとも、フランチェスカはこうして崖に落ち、調査を離脱することになりかねない状況に陥ったのである。
そうすれば、グラツィアーノの父はこの世界でも殺されていた。結末を知っているフランチェスカがいながら、むざむざ死なせてしまう羽目になっていたのだろう。
(変えようとしても駄目だった、なんて。……そんな風に思いたくないのに、同じ考えがぐるぐるしてる……)
フランチェスカは無意識に、自分の体を抱き締めた。
(このシナリオ、ストーリーと似た出来事が起こる日々の中で、私だけが死なない。崖から落ちたって生き延びる。だけど私が『主人公』である以上、周りを巻き込んで……)
体が震えているのを自覚した、そのときだ。
「フランチェスカ」
「!」
フランチェスカが羽織らせてもらっていた白い上着に、レオナルドの手が触れた。
「ごめんな。この上着、やっぱり脱げるか?」
レオナルドも寒くなったのだろうか。フランチェスカはすぐに頷き、ぱっと腕を離す。
「うん、もちろん! 貸してくれてありが……」
フランチェスカがお礼を言い切る前に、肩に掛かった上着が降ろされた。
そうかと思えば、ぐっと体を引き寄せられ、レオナルドに後ろからぎゅうっと抱き締められた。
「レオナルド?」
「こうした方が温かい。そうだろう?」
くっつくと、お互いの体温ですぐに温まっていくのを感じた。生地の厚い上着を着ていたら、きっと温度は伝わらなかっただろう。
レオナルドは、フランチェスカのつむじの辺りに自身の額を当てると、ごく小さな声でこう呟く。
「……君が震えているのを見るのは、耐えられない」
「…………」
その理由が寒さだけではないことを、レオナルドは恐らく見抜いていた。
「きっと、この先にね」
フランチェスカは俯いて、揺らいでしまいそうになるのを堪えながら言う。
「……私にしか守れない人たちが、何人もいるの」
こうして生まれ変わった先の存在が、ゲームの主人公である『フランチェスカ』だった。
そのことは、前世が極道一家の孫娘だったことや、いまの身分がカルヴィーノ家のひとり娘であることと同じくらいに避けられない問題だ。
「私がちゃんと動けたら、助けられるかもしれない。不幸にならずに済むかもしれない。そんな人たちが、たくさん」
「……フランチェスカ」
「私は平穏で平凡な、普通の人生を送りたいんだ。……おんなじくらい、私が守れるはずの人たちにも、こんな風に生きたいっていう望みがあるはずで……」
フランチェスカがシナリオを逆手に取れば、その望みは叶えられるかもしれないのだ。
けれども逆に、そうやって足掻こうとしたことで、シナリオとは別の誰かを傷付けるかもしれない。それが分からない焦燥が、心の奥底から湧き上がってくる。
「その人たちを守れなかった先に、私の『平穏な人生』なんて存在しない。だけど」
レオナルドに触れている背中が温かい。
それなのに、どうしても声が震えてしまった。
「……守れなかったら、どうしよう……」
「…………」
小さな頃の思い出の話で、グラツィアーノに内緒にしていることがある。
記憶を取り戻したフランチェスカは、一番に彼を探したのだ。ラニエーリ家管轄の貧民街で、見付からないようにこっそりと、母を亡くして頑張っている男の子を尋ねて回った。
あの頃はまだ父も冷たく、構成員たちの協力も得られない中で、ラニエーリ家の縄張りに入ることも許されない。
そんな中で必死に探したはずなのに、グラツィアーノと出会うことは叶わなかった。
(あの時からずっと、ゲームシナリオに逆らえていなかったんだ)
その後にグラツィアーノがやってきて、彼と仲良くなれたことで、ゲームの運命を変えられたと思っていた。
けれども本当に変えられるものなのであれば、グラツィアーノが実父の命令に傷付けられる前に、あの貧民街から連れ出せていただろう。
「なんて。……えへへ、変なこと言っちゃった」
こんな弱音を吐いたって、レオナルドを困らせるに決まっている。そう思って照れ笑いを浮かべようとしたが、上手く出来ない。
「フランチェスカ」
レオナルドの体が一度離れたかと思えば、今度は彼と向かい合うように引き寄せられた。
大きな手がフランチェスカの頬をくるみ、上を向かされる。レオナルドの額が、フランチェスカの額にこつんと重なった。
「まずはひとつだけ、覚えていてくれ」
「……?」
フランチェスカが瞬きをすると、目を閉じたレオナルドがこう紡いだ。
「――俺のすべては間違いなく、君の存在に救われている」
「!」




