第33話 恐れる者 その②
雨降る夜に傘をさす
滴る血に靴濡らす
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「二度と言うな!!!」
架陰の上に馬乗りになったクロナは、左手を振り上げた。
パンっ!!と、洞窟内に乾いた音が響き渡る。
架陰の頬に、クロナの手のひらの形がくっきりと残った。
「言ったでしょう? UMAハンターになる人間に、まともな人間は居ない。みんな、後ろめたい過去を持っているのよ!!」
架陰はクロナの目を見据え、下唇を噛み締めた。
「・・・、分かりません・・・」
「何が分からないって言うの!? そのままよ。あんたが踏み入っていい話じゃないのよ!!」
「分かりません!!」
架陰はクロナを押し返し、足を掛けて倒した。
クロナの上に馬乗りになる。
(こいつ、速い・・・!)
クロナが反応できないほどに、架陰の力は増していたのだ。
架陰はクロナから刀を奪い返すと、傍観していた鉄平に託す。
そして、暴れるクロナの肩を押さえつけた。
「離しなさい!」
「いえ、離しません。僕は、あなたの一連の行動に、疑問を抱きましたので・・・!」
「疑問?」クロナは鼻で笑った。「当たり前のことよ! 白陀には勝てない。逃げるに決まっているわ」
「どうして勝てないんですか?」
「耳が悪いんじゃないの! 勝てないものは勝てないのよ!!」
「だから、それは、誰かの犠牲を見たからこそ、言えることではないんですか?」
話をはぐらかそうとするクロナに対して、架陰の言葉は本質を突いていた。
クロナは返す言葉が見つからず、押し黙った。
「ずっと、今日のクロナさんを見てました。いつもと、様子が違うんですよ・・・」
「っ!」
「何かに怯えている。この先、必ず遭遇するであろう、何かから、目をそらそうとしている・・・」
クロナは真一文字に結んだ口を開いた。
「怯えて、何が悪いのよ・・・。目の前で、兄を殺されて、どうして、冷静でいられるのよ・・・」
「お兄さん・・・?」
「ええ、私のお兄ちゃんよ。私のお兄ちゃんは、あの白陀に殺されたのよ・・・」
クロナはもう暴れていなかった。
架陰はクロナの拘束を解き、背中に手を回し、そっと身体を起こさせた。
クロナの目から、涙が零れ落ちた。
「敵討ちなんて、そんな大それたこと、私には出来ない。必死に、お兄ちゃんの幻影から、逃げ続けるだけよ・・・」
架陰はクロナに顔を寄せた。
「あの、話して、くれませんか?」
「話す?」
「はい、クロナさんのことを」
「話してなんになるのよ。臆病で愚かな私の話なんか、なんの面白みも無いわ」
架陰は首を横に振った。「違います。僕はただ、クロナさんのことが、知りたいだけです」
鉄平に目配せをする。
鉄平は、「しゃあねぇ」とため息をつくと、膝を叩いて立ち上がった。
「オレは外で見張りをしておくから、二人で話し合いな」
洞窟を出ていく。
架陰はクロナと向かい合った。
「覚えていますか? 鬼蜘蛛に襲われていた僕を助けてくれた時のことを・・・」
クロナはムスッとして頷いた。「覚えてるわよ。あんた、怯えて腰抜かしていたじゃない・・・」
「僕も覚えています。あの時のクロナさんは、とてもかっこよかった。そして、僕に、UMAハンターになるきっかけを与えてくれました・・・」
「・・・」
「だから、あなたは、臆病者でも、愚か者でも、ありません。僕の、憧れですよ・・・」
「・・・、買いかぶりすぎよ。ただ、偉そうにしていただけ」
自分は、そんなに強くない。威勢と虚勢で、自分を偽っていただけだ。
架陰は「違いますよ・・・」と、クロナの言葉を否定した。
「僕は、皆さんのことを、仲間だと思っています。響也さん、カレンさん、クロナさん。みんな、僕の大好きな、家族みたいなものなんです。だから、家族のことを、知ることは、いけませんか?」
その言葉に、クロナの心臓が大きく脈打った。視界が明瞭になる。
「ほんと、あんたとは、やりにくいわね・・・」
クロナは諦めてため息をついた。
喉に熱いものが込み上げて、声が震える。手首を握りしめ、あの時のことを思い出した。
不思議な男だ。
自分の胸に空いた穴に手を入れ、詰まってしまった闇を、優しく掻き出してくれる。それが、無性に腹が立つけど、嬉しかった。
「言えば、いいんでしょ?」
クロナは、過去にあったことを語り始めた。
時間は、十年間、遡る。
番外編【雨宮クロナ外伝】に続く




