名刀・夜桜 その③
夜桜前線を追って
走り出す楡の羊たち
3
「さあ、続きといこうじゃないか!」
架陰はそう叫ぶと、鬼丸との間合いを詰めて、名刀・夜桜を低い位置から切り上げた。
鬼丸は状態をのけ反らせて躱す。
無理な体勢から、さらに一歩踏み込むと、鬼丸の胴に刀の刃を叩き込む。
しかし、寸でのところで、鬼丸の金棒が防いだ。
ギンッ!
と、激しい金属音が弾ける。
まだまだだ。
架陰はさらにもう一歩踏み込み、右足を軸として、回転した。
上体の捻りを加えて、さらにもう一回転。
遠心力を利用した一撃を放つ。
鬼丸を吹き飛ばしたはいいものの、ダメージは皆無だった。
ギリギリのところで踏みとどまった鬼丸は、赤い顔をさらに紅潮させ、筋肉隆々の腕に青筋を浮かばせる。
みしみしと、筋線維が擦れ合う鈍い音が響く。
接近してきた架陰に向かって振り切った。
赤い衝撃波。
すかさず、架陰は黒い斬撃を放って威力を相殺した。
「もっと…! もっと!」
譫言のようにそう呟いた架陰は、ぎりっと歯を食いしばった。
彼の目は獣のように吊り上がり、白目の部分が赤く充血する。それだけに留まらず、黒めの部分が赤ワインのような濃い赤に染まった。
ピキピキと、動く度に負傷した骨の亀裂が広がるのにも気づかぬまま、鬼丸へと刀を振う。
鬼丸もまた、興奮して表情を綻ばせて彼の刀を受け止めた。
戦いの最中、鬼丸は信じられない者を見た。
「これは…!」
武人が強くなるための方法は、単純に一つ。
鍛練だ。
奇跡で勝てるはずがない。激情に駆られれば、必ず自我を失って自滅する。
しかし、架陰は、鬼丸の予想の斜め上を行く成長を見せていた。
この戦いで、明らかに進化しているのだ。
前回は全く反応することができなかった鬼丸の斬撃を受け止め、前回は蚊の止まるようなゆっくりとした斬撃が、今では空中を大いに飛び回る鷹のようだ。
眼光は、幾千もの死線を潜り抜けた獣そのもの。
「こいつ…」
止まらない。
止められない。
満身創痍でありながら、その目は未来を見据えている。そんな顔で、刀を振ってくる架陰を止めることができないのだ。
「はあッ!」
架陰の振り切った刀が、鬼丸の身体を吹き飛ばした。
お返しと言わんばかりに、架陰は魔影を使って空中に飛び出すと、鬼丸の背後に回り込み、その背中に向かって刀を一閃した。
しかし、直前に気づいた鬼丸は、すぐさま身体を捻って、斬撃を刀で受け止めた。しかし、勢いを殺しきれず、鬼丸の着物の袖が裂ける。
「こいつ!」
「はあっ!」
一閃した刃に吹き飛ばされる鬼丸。
架陰の口の端から、どろっとした血が流れ落ちる。しかし、口や目はにんまりと笑っていた。
「ひゃは…、はははは…」
まるで酒を飲んた後のように、架陰の言葉が安定しないようになる。
呂律が回っていなかった。
「ひゃはははは…、あははは」
架陰の背中から、ばさっと、黒い翼が生えた。
「はははははは…」
にちゃあっと笑う架陰。
自分で笑ったくせして、今更、自分が笑っている原因を理解した。
「ひゃはは…」
自分が、悪魔に近づいていることに、気が付いた。
架陰の耳元で、ジョセフが必死に叫んでいる。
(架陰! それ以上能力を使うな! このまま高めていくと、君が悪魔になってしまう!)
「んなこた、わかってんですよ」
架陰はにんまりと笑って頷いた。
「だけど、今更やめられるわけないでしょうが…」
目の前には、自分が心の底から「倒したい」と思っている相手がいる。
鬼丸を前にして、全力を出すことができないまま負けるなんて御免だ。
例え悪魔になろうと。
「僕は、こいつを、倒しますよ…」
そう言っている間にも、彼の口からは血反吐が流れ落ちる。
(やめろ! 架陰! 君は悪魔に精神を侵され始めている! 一度冷静になるんだ! このままだと、精神も、身体も乗っ取られるぞ!)
「知ったことじゃねえ」
架陰はジョセフの忠告を一蹴すると、刀を中段に構えた。
「今、僕が、持てる全ての力を使って、お前を倒す…」
どろり、どろり、どろり、どろり。
流れ落ちる血反吐が、真っ黒に染まる。
「ひゃは、、ははっははは…」
ドンッ!
と、地面を踏みしめて立った。
「さあ、これで決着と行こうぜ…」
そう言った架陰の身体の周りを、今までに無いくらいの、大量の魔影が取り囲んだ。
ジョセフが叫ぶ。
(やめろ!)
その言葉を無視して、架陰と、そして、悪魔は能力を発動させた。
「「能力」」
ぶわっと、魔影が架陰の身体を覆いつくし、漆黒の繭となる。
「【魔影】…【伍式】!」
第137話に続く




