【第129話】 伝わる声 その①
水面に打つ波紋に
私は手を伸ばし
向こう岸のあなたに
この想いが伝わりますようにと
1
「麻酔薬が効かない…?」
椿班の三人が一瞬の内に吹き飛ばされたのを見て、クロナは下唇を噛み締めた。
確かに、真子と八坂が放った麻酔矢と麻酔銃は命中した。
それだというのに、カレンは相変わらずゆらゆらと立ち尽くし、茨の攻撃をこちらに向かって放ってきた。
クロナは倒れている三人に言った。
「もう一度行ける?」
「行けるッス!」
「はい、まだ弾も残っています!」
真子と八坂はすぐさま立ち上がり、矢とライフルを構えた。
それを見て、安心したクロナはほっとため息をつくと、再びカレンに向かっていった。
「もう一度! 注意を引く!」
近づけば、フルオートで茨が出現。
クロナを襲う。
背中に翼が生えて、立体的な機動をすることができるかクロナは、その茨の攻撃を紙一重で躱していく。
「薔薇! 援護!」
「わかっていますよ」
「わかっているっつーの!」
薔薇班の斎藤と桐谷は、ビルの屋上で各々武器を構えた。
斎藤は、タキシードの内ポケットに仕込んだ投げナイフ。
桐谷は、フェンシングのような、銀色の細い【名剣・甲突剣】を握る。
「バトラーのテーブルセット!」
ナイフをスナップを効かせて投げて、クロナに迫る茨の攻撃の軌道を逸らした。逸れたところを、桐谷の【名剣・甲突剣】の突きから放たれる、強力な衝撃波が吹き飛ばす。
「これでいいんだろ?」
「うん、助かった!」
クロナは二人に感謝を述べながら、一気に宙を旋回する。
「さあ、もう一度叩きこんでちょうだい!」
「わかったッス!」
真子と八坂は、同時に矢と弾を放った。
先にカレンに命中したのは、八坂のライフルから放たれた麻酔弾。追撃するように、真子の麻酔矢が突き刺さった。
よろめくカレン。
(どうだ…?)
だが、すぐに体勢を立て直し、脚に刺さった矢を抜いた。
血は流れ落ちるが、昏倒する様子は無い。
「こいつ、無敵か…?」
八坂は再びライフルに弾を装填した。
「もう、無理やり止めた方がいいんじゃないですか?」
「ダメよ! それじゃだめ!」
確かに、傷つけることを恐れて、麻酔系の武器でびくびくと狙っていては、勝てる戦いも勝つことができない。
だが、カレンは仲間だ。
なるべく、傷つけることはしたくない
「救う」という目的に反れた行動を取りたくなかった。
(ここで、カレンさんに対する私たちの誠実な行動とは、彼女をなるべく傷つけずに正気に戻すこと!)
クロナはそれを胸に刻み込むと、背中の翼を羽ばたかせた。
カレンが茨攻撃を放つ。
茨は生き物のように蠢き、両側のビルの側面を抉りながらクロナを追撃した。
「くそ!」
クロナは空中で身を翻すと、【名刀・黒鴉】を一閃する。
「【明鳥黒破斬】!!」
刃から、無数の黒い羽が飛び出し、迫りくる茨を消し飛ばした。
黒鴉の明鳥黒破斬は、硬質化した羽を飛び道具のように放つことができる強力な技。その圧倒的な物量で、大抵のものは押し切ることができる。
(だけど、連続で撃つことができない…!)
対して、カレンの茨は無限。
実際、クロナが防いだ傍から、新たな茨を出現させて襲ってきた。
「だめだ…! 押し切られる!」
「クロナ姐さん!」
八坂がライフルの引き金を引いた。
ダンッ!
と、赤い閃光を纏い、鉄の弾丸がクロナに迫る茨を貫いた。
しかし、勢いは止まらない。
「くっ!」
クロナは咄嗟に、自身の身体を黒い翼で覆った。
反射的な防御姿勢。
それが功を制し、彼女は衝撃の緩和に成功した。
と言っても、完全に相殺したというわけではなく、翼を纏った身体ごと吹き飛ばされ、ビルの壁に壁突した。
「がはっ!」
息が詰まる。
だが、すぐに立て直す。
「はあ、はあ、はあ…」
先ほどの一撃で、かなりの体力と根気を奪い去られた。
翼を羽ばたかせて宙に身体を留めるが、視界がぐるぐると回った。
止まった瞬間に、身体中から汗がどっと吹き出し、クロナの頬を伝う。
「どうする…?」
麻酔も効かない。
接近することもできない。
攻撃だって、できることならしたくない。してはいけない。
「どうしたら、カレンさんを、正気に戻せる…?」
握る刀がずっしりと重くなった気がした。
だめだ、意識が揺らぐ。
このままだと、全員全滅だ。
そんなこと、カレンにさせたくないし、生にしがみつくクロナだって嫌だった。
全員で、生きて、ここから出たかった。
「カレンさん…!」
歯がゆい。
これだけ戦っても、自分たちが仲間であることを忘れて攻撃を仕掛けてくるカレンに対して、腹の裏をくすぐられているような悔しさが、もどかしさが、クロナを襲った。
たまらず、クロナは叫んだ。
「カレンさん! いい加減! 目え覚ましてくださいよ!」
その②に続く




