神のみぞ知る その②
目指すは天国だけれど
地獄への旅路も悪くない
あなたと思う
灼熱の釜の中
2
「カレンさん…」
カレンの攻撃を真正面から受けた架陰は、腹から血を流しながら、その場に倒れこんだ。
じわじわと、地面に赤黒い血が広がっていく。
「架陰さま…!」
それを見た花蓮は、悲痛な声を上げた。
まさに、惨状だった。
花蓮の傍では、西原が腹から血を流して倒れている。
隣のビルのガラスは粉砕して、その奥では架陰が。
そして、路地裏に隠した響也は、腕を捥がれて気を失っている。
精鋭たちが、一瞬の内に三人も戦闘不能に追いやられたのだ。
「みんな…!」
花蓮は腹のそこから震えが込み上げてくるのを感じた。
見れば、虚ろな目のカレンがこちらに近づいてくる。
「もうやめて! 紅愛!」
妹の名を呼ぶ。
自身の本当の名を聞いたカレンの表情がぴくっと動いた。
「く、れ、あ…」
「お願い! もう誰も傷つけないで!」
「私は、城之内カレン…」
腕を払う。
その瞬間、空間に黒い茨が現れて、花蓮を薙ぎ払った。
「きゃあっ!」
花蓮は吹き飛ばされて、蜻蛉の肉で覆われた地面の上を転がった。
受け身を取ることができず、腹に強い衝撃が走った。
「がはっ!」
息が詰まり、胃酸の混じった体液をその場に吐いた。
「お願い…紅愛…!」
花蓮の言葉は、双子の妹には届かなかった。
虚ろな目をして、夢遊病のように、ふらふらと歩いてくる。「私は城之内カレン」と呟きながら。
「私は城之内カレン私は城之内カレン…、私は城之内カレン…、私は城之内カレン…、私は」
だめだ。
ここから離れないと、また、茨の攻撃が来る。
花蓮は痺れる足に鞭を打って立ち上がった。
すると、ブーツの踵が、何やら硬いものを踏んだ。
「え…?」
見れば、先ほど茨に掴まっていた架陰を助けたときに投擲した、彼女の愛刀が落ちていた。
「こんなところに…」
花蓮は、すぐに【名刀・絹道】を拾い上げる。
(この刀があれば、自己防衛はできる…)
深呼吸を一つして、自分の思考を落ち着かせた。
(落ち着け…、架陰さまも、西原も戦えないこの状況で…、私は何をすべきか…!)
やるべきことを整理する。
まず、架陰と西原を救出すること。腹を貫かれているが、摂取系の回復薬を所持しているハンターと合流することさえできれば、命は助けることができる。
そして、城之内カレンを止めることだった。
(逃げちゃだめだ! このままだと、あの子は、また人を傷つける…!)
優先すべきは、架陰と西原の命。
「先に助ける!」
花蓮はブーツで地面を蹴ると、ビルのガラスの中で倒れている架陰に向かって走り始めた。
だが、カレンがそれを許さない。
指を鳴らした瞬間、花蓮の目の前に、茨が現れた。
「くっ!」
花蓮は腰を落とし、首をのけ反らせると、滑るように茨の下をかいくぐり、攻撃を回避した。
だが、茨の追撃は止まらない。
さらに前方に、無数の茨が、レーザートラップのように現れて、彼女の行方を阻んだ。
「お願い! おとなしくしていて!」
花蓮は【名刀・絹道】を握ると、それを使って茨を斬り落とす。
それだけではない。
細い足を軸にして、柔らかい身体をしならせて、ゆらりゆらりと茨を躱していった。
「名刀、絹道! 第一航路!」
茨の包囲網を抜け出した。
「【鴎】!」
その瞬間、張り巡らされていた茨は、一瞬の内にバラバラに切り刻まれた。
空気に溶け込むようにして消える。
「よし、茨を突破した」
花蓮はガラスを踏みしめながらビルの中に入ると、そこに倒れている架陰の身体を抱え起こした。
「架陰さま! 起きてください! すぐに撤退しましょう!」
だが、架陰は反応しなかった。
「架陰さま…」
まずい状況だ。
このままだと、西原と架陰が死ぬ。
殺されてしまう。
風が掠れるような息をしているということは、まだ命は繋ぎとめているようだ。目は混濁して、抱きかかえられた時も、ピクリとも動かない。
「早くしないと…」
架陰を抱きかかえたまま、花蓮は走り出した。
次は西原を回収する。
だが、架陰を背負っただけで、彼女の動きは鈍くなっていた。
当然、腹の重さで重くなった鼠をカレンが見逃すわけなく、すぐさま茨を放った。
「あうっ!」
花蓮の右足に激痛が走る。
花蓮は、架陰を放り出して、その場に倒れこんだ。
「まずい、足をやられた…」
見れば、右足首の腱がパックリと裂けて、血が流れ出ていた。
せめて架陰と西原は助けようと、地面に血痕を残しながら這う。
「架陰さま…」
だが、次の瞬間、花蓮の背中に重いものが乗っかった。
カレンだった。
カレンは、憎しみの目で、花蓮を見下ろした。
花蓮は懇願する。
「お願い、紅愛、あの人だけでも…」
「私は、城之内カレン…」
そして、無情な茨を彼女に突き刺した。
その③に続く
その③に続く




