【第125話】 さよならはまだ言わない その①
さよならはまだ言わない
はじめましての捨てセリフ
1
そして、今に至る。
「はあ、はあ、はあ…」
鈴白響也は肩で息をしながら、目の前に立ち塞がった親友を見た。
「カレン…!」
城之内カレンの目はギンと見開き、白目の部分が充血して真っ赤に染まっている。口は三日月のように笑い、喉の奥から引きつるような声が洩れ出ていた。
「カレン、私がわからないのか!」
響也の声も届いていない。
城之内カレンは、すっと手を上げると、しなやかな指をパチン! と鳴らした。
その瞬間、空間から黒い茨が飛び出して、響也に迫った。
鋭利な棘を搭載した茨。
(こいつに触れるのはマズイ!)
響也迎え撃つことを控えて、バックステップを踏みながら後退した。
しかし、茨は一つの生き物のように蠢き、下がった響也を追跡する。
(どうなっているんだよ!)
響也の隙を突いて、足首に巻き付いた。
「しまった!」
足の肉に、茨の棘が食い込んだ。
激痛が走ると共に、血が吹き出す。
「くッ!」
すぐさま、【death scythe】の刃で茨を切り裂こうとしたが、それよりも先に、茨が彼女の身体を引っ張った。
「うわ!」
空中に投げだされ、狭い地下通路の天井に背中を打ち付ける。
肺の辺りに衝撃が走り、息が詰まった。
間髪入れす、響也は下に引っ張られ、タイルの上に叩きつけられた。
ゴキッ! と耳の奥で何かが砕けるような音が響いた。
「ああああああああッ!」
たった二撃。
たった二撃を叩きこまれただけで、彼女の身体は満身創痍となり、悲鳴を上げた。
足首は茨の棘に抉られて、血が流れ出し、腕の骨は叩きつけられた時の衝撃で粉砕した。
当然、武器を握ることができず、手放してしまった。
「はあ、はあ、はあ、はあ…」
激痛に耐えながら、立ち上がろうとする響也。
脳が揺れたおかげか、平衡感覚が狂っていた。
何とか立ち上がっても、すぐに足の力が抜けてその場に倒れこむ。
「はあはあ、はあ、はあ…」
地に顔を伏した上体で、見上げると、城之内カレンがひたひたとこちらに近づいてくる。
化け物のように目を見開き、にいっと笑い、譫言のように、「私は城之内カレン。私は城之内カレン、私は城之内カレン」と呟いていた。
「なんだよ…」
響也は、喉に溢れだした血を呑み込んだ。
「お前は、城之内カレンだろうが…」
そう呟いた瞬間、腹の辺りに衝撃が走った。
込み上げる吐き気とともに、吹き飛ばされる。
そのまま、地下通路の外へと弾きだされた。
「あう!」
ぼろ雑巾のように、地面を転がる響也。もう受け身をとる余裕は無かった。
「はあ、はあ、はあ…、畜生、ちくしょう…!」
近づいてくる。
城之内カレンが、笑いながら、凍えるような殺気を身に纏ってこちらに歩いてくる。
自分を殺すために、歩いてくる。
「させないよ…」
響也は、よろめきながら立ち上がった。
「何があったかは知らないが…、お前が正気じゃないことはわかった…」
茨が飛んでくる。
響也の胴体に巻き付いて、彼女の腹の肉を抉った。
響也は歯を食いしばって踏ん張ったが、茨はそれよりも強い力で彼女を引っ張り、すぐ隣のビルの壁に叩きつけた。
ボン!
とアスファルトが砕け、響也の身体は壁にめり込む。
「がはッ!」
口から血を吐く。
がくっと力が抜け、そのまま地面に落下。
鈍い音とともに、硬いアスファルトの上に身体を強打した。
身体中に激痛が走っても、響也は立ち上がる。
「まずいね…、こりゃ」
気力だけで立っているようなものだ。
折れた腕は青く腫れあがり、擦り傷だらけの足はどうしようもなく震えていた。喉の奥で鉄の味が込み上げ、胃の奥がむかむかとした。
ペッと、道路の端に血の塊を吐く。
「もしかして私…、殺されるのかな?」
自嘲気味に言った瞬間、黒い茨が鞭のようにしなって飛んできて、響也の右の脇腹を掠めた。
「ッ!」
弾き飛ばされる響也。
何もできぬまま、ビルの壁に身体を強打した。
常人なら死ぬであろうその一撃に耐え、歯を食いしばり、再び立ち上がる。
「どうしたんだよ…、カレン、なに興奮しているんだよ…」
宥めるように言った。
「私、お前を迎えに来たんだぞ? お前が、悪魔の堕彗児に攫われたから…、架陰と、クロナと一緒に、助けにきたんんだぞ?」
響也の声は届かなかった。
飛んできた茨が、響也の左腕に巻き付いた。
ギリギリと締め上げられる。
(どうする?)
響也は考えた。
このままでは、自分が殺されかねない。
そうならないために、能力を発動してしまえば、まだ勝機はあった。
だけど、響也にはどうしてもできなかった。
「やっぱ、無理だよなあ…」
すっと力を抜く。
その瞬間、茨が響也の腕を強く引っ張った。
茨の表面に突き出た鋭利な棘が、彼女の腕の肉に食い込む。それが、引いた時の摩擦で、さらに深く肉に食いついた。
「っ!」
痛みは一瞬。
次の瞬間には、響也の左肘から下の腕が引き千切られていた。
その②に続く
補足
鈴白響也は城之内カレンを自分の姉妹、家族のように愛しています。なので、彼女にはどうしても手を出すことができなかったようです。




