茨の道 その③
湯船に浮かべる薔薇の花弁
煮える虫たちの
最後の晩餐
3
突如、地下通路の床が崩落して、まるで地獄に繋がるような黒々とした穴が姿を現した。
響く轟音に、立ち込める土煙。
響也は視界奪われないように、着物の袖で目元を隠した。
誰かが穴の中から出てくる。
ひたり、ひたりと、裸足でタイルを踏みしめる音がした。
(誰だ…!?)
どんな敵が来てもいいように、響也はDeath Scytheを強く握りしめて身構えた。
足音が近づいて来る。
ひたり、ひたり、ひたり、ひたり。
響也はゴクリと生唾を飲み込んだ。
土煙が晴れる。
「っ!!!」
穴の中から姿を現した者。それは、城之内カレンだった。
「か、カレン.......」
ほっとすると共に、身体中をミミズが這うような不快な感覚が響也を襲う。
すぐにでも、カレンの方へと駆け寄って、「お前、大丈夫なのか?」「怪我はないか?」って聞きたかった。
それなのに、足が動かなかった。
これは、野生の勘と同じだ。
これからの自分の身に、何か良くないことが起こるのだと、本能的に悟っていた。
響也はカレンから距離をとったまま話しかけた。
「よお、カレン。大丈夫なのか? 」
「..............」
案の定。と言うべきか、カレンは何も答えなかった。
頬は床が崩れた時の土煙で薄く汚れ、髪の毛もボサボサ。桜班の象徴である桜模様の着物も、あらゆるところが裂けて、彼女の白い肌が顔を覗かせていた。
(こいつ、カレン.......、なのか?)
一ターンも続かなかった会話の中で、響也はカレンが「普通の状態」では無いことに気づいた。
(カレンの身に、何がおこっている?)
カレンは、まるで仲間の響也が目に見えていない風に、ぺたぺたと、裸足でこちらへと歩いてくる。
響也はなるべくカレンを刺激しないように、気さくに語りかけた。
「ん?どうした? カレン。大丈夫なのか?」
カレンは止まらない。
ペタリ、ペタリ、ペタリ、ペタリ。
ついに、カレンは響也と目と鼻の先先にまで近づいてきた。
虚ろな目。例えるなら死んだ魚のような瞳。まるで泥水でも混ぜたかのように、濁った目だった。
「おい、カレン?」
「..............」
響也が根気よく話しかけても、なんの反応もない。
まさか、気を失っている?
「やめとけ」
先程まで肉片になっていた夜行が、身体を再生して起き上がった。
「この女、暴走してやがるぜ」
「暴走.......!?」
「さしずめ、体内の悪魔が目を覚ましたんだろうよ」
「あ、悪魔.......?」
「ん? なんだ、お前、何も知らないんだな」
夜行がそう言って、響也の方を向き直った瞬間、空間から、半透明のロープのようなものが飛び出した。
それは、表面に鋭利な棘が付いた【茨】だった。
ザクッ!!
と、音がして、夜行の上半身と下半身が分裂する。
「っ!!」
(茨の棘で、夜行を斬った!?)
響也はカレンを見た。
カレンは虚ろな目をしたまま。隣で真っ二つになった夜行のことなんてお構い無しで、フラフラと響也を見つめている。
「おいおいおいおい.......」
響也は身体中から、冷や汗が出るのを感じながら、ジリジリと後ずさった。
当然、カレンも
ジリジリとこちらに近づいてくる。
(男一人が、真っ二つにされた.......)
響也は唾を飲み込む。
「おい、夜行、生きているんだろ?」
「なんだ、このクソアマ」
夜行は腰から下を切断されたが、死んだわけではなかった。
響也の声に不機嫌そうに返事をして、片手をプラプラと振る。
「お前ら、カレンに何をした!?」
「なにもしてねぇよ」
面倒くさそうに耳の穴に小指を入れて、ボリボリと掻きむしる夜行。
「その女は、元からこうだった.......」
「元から?」
カレンの方を見る。
ゾッとした。
先程まで、ガラス玉のように無機質だったカレンの瞳に、光が宿っている。
身体中を針で刺されるような、鋭い眼光。
口は三日月の形にニンマリと吊り上がり、唾液が糸を引いていた。
「カレン.......!?」
「私は.......、カレン.......、城之内カレン.......、私は、カレン.......」
譫言のように呟く。
そして、ボロボロになった腕を振り上げた。
(何か来る!!)
響也は足元に倒れていた夜行の上半身の腕を掴むと、思い切り、カレンへと放り投げた。
「私は!! 城之内カレン!!!」
次の瞬間、空間の至る場所から、【茨】が現れ、レーザートラップのように辺りに張り巡らされた。
「っ!!」
いくつかの茨は、自力で動き、飛んできた夜行の上半身に巻き付く。
「おい!! てめ!!」
パンッ!!!
と、夜行は肉片となって飛び散った。
(この茨.......カレンのものか!)
響也は踵を返すと、地下通路の出口まで一気に駆け出す。
途中、何本火の茨が道を阻んだが、Death Scytheで切り落とした。
「くそ!! 何が起こっているんだ!?」
第123話に続く




