繋いだ手 その③
陽炎に残る
陽だまりの残像
陽光昇りて
陽香の煙霧を
3
「ごめん。僕は、もう、後には引けないんだ・・・」
そう言って、一代目鉄火斎は溶岩を纏わせた指を、蒼弥の腹に押し付けた。
灼熱の指が、彼の腹の肉を焼いて、ズブズブと体内にめり込んでいく。
「あ、ああ、あ・・・」
蒼弥は目を見開き、口をぽかんと開けて、体内に指が入ってくる激痛に耐えていた。
ぼたぼたと、唾液が落ちる。
「こ、この、馬鹿・・・、師匠・・・」
そう絞り出した。
「二代目鉄火斎!!」
アクアが悲痛な声をあげるが、アスファルトの中に足が沈み行動を制限されている彼女に、蒼弥を救うことはできなかった。
指を抜く一代目鉄火斎。
血は出なかった。
血が出るよりも先に、腹の傷が焼き付いたのだ。
だが、威力は十分。
蒼弥はぐらりと、力なく倒れ込む。
一代目鉄火斎はひと仕事終えたあとのように「ふう・・・」とため息をついて、彼を退けた。
そして、手をついて立ち上がる。右足を負傷しているせいで、足元が覚束なかった。
見れば、蒼弥は身体中に脂汗をかきながら二代目鉄火斎を睨んでいる。
「てめぇ・・・、堕ちるとこまで、堕ちたか・・・」
「そういうことにしておこう」
足元に落ちていた刀を拾い上げる一代目鉄火斎。
能力は発動しない。
褐色の刃を、芋虫のように地面に倒れ込む蒼弥の首筋に当てた。
冷たい感触。
「蒼弥。ごめんね」
「恨むからな」
「いくらでも恨んでおくれ」
そこで会話を切り上げると、一気に刃を引いた。
刃は蒼弥の首筋をぱっくりと切り裂き、一瞬で彼を絶命させる。
はずだった。
一代目鉄火斎の引いた刃は、確かに蒼弥の首筋を裂いた。
ただし、薄皮一枚。
チクッとした感触が残り、あとは、血がぽたぽたと落ちるだけ。
「・・・・・・」
一代目鉄火斎は、静かに舌打ちをした。
「くそ・・・」
蒼弥は目を丸くして、彼を見た。
「ああ、もう・・・」
一代目鉄火斎は、仕切り直しと言わんばかりに、刀をもう一度構え直した。
もう一度、蒼弥の首に向かって振り下ろす。
ガツンッ!!
だが、鋒はまたしても、蒼弥の首元の地面を捉えていた。
「ああ、まただ。また、ダメだ・・・」
その時、蒼弥は気づいた。
「おい、師匠・・・、あんた、手が震えているんじゃないか?」
「・・・・・・・・・」
一代目鉄火斎の頬がぴくりと動いた。
「参ったね。どうも・・・」
頭を掻く。
そして、ボソリと呟いた。
「まだ、情が残っていたか・・・」
「え・・・!?」
「ああ、くそ。ダメだ・・・」
一代目鉄火斎は刀を鞘に収めた。
「無理だ。殺せない・・・」
「師匠・・・?」
希望に満ちた顔で首を擡げる蒼弥。
一代目鉄火斎は、着物の袖に手を入れた。
そして、白い錠剤を取り出すと、それを蒼弥の口に持っていく。
「食べな。毒じゃない」
蒼弥は言われるがまま、白い錠剤を口に含み、一気に飲み込んだ。
「そいつは回復薬だ。直ぐに傷も癒える・・・」
それから、アクアの方に振り返った一代目鉄火斎は、彼女にも蒼弥と同じものを渡した。
「あんたも、食べた方がいい。足が爛れているからね」
「急にどうしたの?」
アクアは錠剤を受け取ったものの、食べなかった。
「教え子を殺すと見せかけて、殺せないなんて・・・」
「僕にも分からないよ・・・」
舌打ち混じりにそう答える一代目鉄火斎。
「殺せると思ってた、だけど・・・、ダメなようだ・・・」
自分の手を見る一代目鉄火斎。
刀を打って豆だらけのその手は、どうしようもなく震えていた。
「ああ、くそ。これが親の情ってやつか・・・」
蒼弥の方を見る。
「蒼弥。傷が治ったら、さっさとここから立ち去れ」
「師匠・・・一緒に帰ろうよ!!」
「ダメだ・・・、僕はもう、悪魔の堕慧児側の人間なんだ・・・」
「でも・・・」
「さっさと行け。いつ僕の気が変わるかどうか分からないからね・・・」
「師匠!!!」
蒼弥が叫ぶ。
その声に、一代目鉄火斎はハッとして彼の顔を正面から見た。
「頼むよ・・・」
蒼弥は泣いていた。
一代目鉄火斎は、バツの悪い様子だった。
だが、直ぐに「ごめん」という言葉を絞り出した。
「蒼弥。また会おう。この作戦が上手く行けば・・・、また、僕の中でなにかが変わるかもしれないんだ・・・」
「なんだよ。それ!! 師匠!! あんた!! 何があったんだよ!!」
蒼弥は一代目鉄火斎を必死で引き止めた。
だが、一代目鉄火斎は足早にそこから去っていく。
カツン、カツン。と、下駄の音がビル街にこだました。
「バイバイ」
一代目鉄火斎は、路地の向こうへと消えてしまった。
第117話に続く
補足
一代目鉄火斎は、自ら悪魔の堕慧児の仲間になっています。この十年間で気が狂い、いつしか弟子を殺そうという感情に苛まれていますが、内部にはちゃんと【親心】というものが残っています。
彼がどうしても悪魔の堕慧児の一員になったのかは、また別のお話で。




