薔薇と太陽 その③
閃光を追って駆け上がる
四十四番目の硝子階段
後背の雲は龍の如く
土の香を漂わせている
3
「ぐっ・・・」
唐草は右肩を抑えた。
と言っても、右肩から脇腹にかけての肉は架陰の斬撃により削ぎ落ちていた。
手では抑えきれない血液が噴出して、辺りを真っ赤に染め上げていく。
ずるりと腸が零れ落ちた。
「なかなか、早いね・・・」
薄れゆく意識の中、そう呟いた。
「こんなにも早く、桜班が到着するとは思わなかったよ」
いや、妥当な時間か。
出血が酷くて、意識が定まらない。
「君の襲撃に気づかなかったのは、僕の落ち度だね・・・」
たった今、形成は逆転した。
薔薇班VS唐草、神谷、女郎。
一見、薔薇班が不利である戦いに颯爽と現れた市原架陰の一閃により、唐草と女郎、二人もの悪魔の堕慧児を戦闘不能に追いやったのだ。
クラクラする。
「くそ・・・」
唐草は重い瞼を押し上げて、女郎の方を見た。
女郎は体を真っ二つに裂かれて、上半身と下半身に分かれていた。唐草同様、断面から腸が零れ落ち、辺りに飛散している。
ぴくぴくと痙攣しているということは、まだ生きているということ。
唐草は渾身の力を込めて叫んだ。
「神谷!!!」
次の瞬間、地面に蜘蛛の巣のような亀裂が入った。
「っ!?」
危険を察知して、バッと離れる架陰。
足元から、吸血樹にも似た、白色の触手が飛び出した。
「あれは!!」
横目で見る。
この触手は、道路の中央で、桐谷と斎藤と交戦している、【神谷】のものだ。
「まずい!!」
だが、タイミングがワンテンポ遅かった。
神谷が操る触手は、独立した生き物のようにうねり、枝分かれして、唐草と女郎の身体を貫いた。
触手が淡く光る。
たちまち、不老不死のエネルギーが二人に送り込まれた。
ザワザワと、傷の断面から腕やら下半身やらが生える二人。
「くそ!!」
架陰は刀を振り上げた。
せっかく、隙を突いて致命傷を与えたのだ。
これ以上再生されるわけにはいかない。
「架陰殿!!」
刀を振り下ろそうとした瞬間、誰かが架陰の名を呼んだ。
意識を取り戻した西原だった。
西原は幼児のように四つん這いになった状態で、架陰に指示を出した。
「花蓮様を!!!」
「っ!!」
ハッとして、城之内花蓮が倒れている電柱の方に目を向ける。
彼女は、口からどろりと血を吐いていた。
「花蓮さん!!」
直ぐに身体が動く。
再生を始める唐草と女郎などお構いなしで、城之内花蓮に駆け寄ると、彼女の身体を優しく抱え起こした。
「花蓮さん!! 大丈夫ですか!?」
軽く揺さぶると、花蓮の長いまつ毛がピクリと動いた。
血反吐で汚れた薄い唇から「う・・・」と蚊の鳴くような唸り声が洩れる。
「か、架陰様・・・?」
「ああ、良かった!!」
架陰は安堵の息を洩らし、彼女の口の端から垂れた血を着物の袖で拭った。
花蓮は虚ろげに架陰の顔を見る。
そして、自分を介抱しているのが、あの市原架陰だと自覚すると、みるみると顔を真っ赤にした。
「かかかかかか、架陰様!?」
「どうも。お久しぶりです!!」
架陰は軽い敬礼で、ハンターフェスぶりの再開の挨拶とした。
花蓮は口から血を吐きながら、「や、やめてください!!」と架陰を突き飛ばす。
「はははは、恥ずかしい!!」
「あの、血、出てますよ? 内臓やられたんじゃないですか?」
「やられました!!」
負傷した花蓮を戦わせるわけにはいかない。
架陰は有無を言わさず、花蓮をお姫様抱っこした。
「ちょっ!! 架陰様!!」
「少し揺れますよ」
脚に魔影を纏わせると!地面を蹴る。
垂直に跳躍して、隣のビルの屋上に飛び移った。
「とりあえず、ここで休みましょう」
花蓮を、金網の隣に横たえる。
やはり、花蓮の傷は深いようで、彼女が深く息を吸う度に、ゴボゴボと喉の奥から血反吐が溢れた。
(内臓がやられたか・・・)
架陰は「失礼します」と言ったから、城之内花蓮のゴスロリドレスの胸元に手を入れた。
そこから取り出したのは、【回復薬・薔薇香水】の小瓶だった。
架陰のしようとしていることを察して、花蓮は「無駄です」と言った。
「【回復薬・薔薇香水】は、軟膏系の回復薬です。効能は外傷のみです・・・」
「わかってます」
今度は、自分の着物の袖に手を入れた。
フィルムに包まれた、【回復薬・桜餅】を取り出す。
「花蓮さん。僕と交換しましょう」
「交換?」
「はい。僕の桜餅をあげますので、薔薇香水をください」
花蓮が返事をするよりも先に、架陰は薔薇香水の小瓶を着物の袖に入れた。それから、桜餅を小さくちぎり、花蓮の口元にもっていく。
「食べてください」
「・・・はい」
花蓮は口を開けてそれを食む。
彼女がもぐもぐと咀嚼しているのを確認して、架陰は安心した息を吐いた。
くるりと振り返る。
袖から、イヤホン型トランシーバーを取り出すと、耳に装着した。
「こちら市原架陰。無事に薔薇班と合流しました」
すると、マイクの奥から、響也の声が聞こえた。
『こちら鈴白響也。こちらも椿班との合流に成功した』
「悪魔の堕慧児を、三体確認」
『こちらは二体だ』
「即刻、始末すると共に、目標の奪還を遂行します!」
第113話に続く
第113話に続く




