さらば夜 その③
八岐大蛇之尾
來翔天叢雲剣
3
カレンを取り戻す。
その一心で、架陰は鬼丸に向かって斬りこんで行った。
ふと、視界の中を過ぎるのは、数ヶ月前のあの光景。
ハンターフェスにて、架陰が、四天王の【スフィンクス・グリドール】と対決した時のことが、鮮明に思い出された。
今まで、数多くの強敵と戦ってきた。
鬼蜘蛛、鬼蛙、ローペン、吸血樹、バンイップ・・・、鉄平に、リザードマンに、白蛇。
さらには、夜行。
数多くの死線を乗り越えてきた。
スフィンクス・グリドールとの戦いは、彼のその経験を、天地がひっくり返る程の勢いを持って覆したのだ。
上には上がいる。
どれだけ強敵を打ち破ろうとも、また更に、強敵が立ち塞がる。
(もう!! 負けたくないんだよ!!)
脳裏に浮かぶのは、カレンの笑顔だった。
(絶対に!! 取り戻す!!)
カレンは、いつも架陰のことを気にかけてくれていた。
架陰が躍起になって飛び出しても、冷静に彼を援護してくれる。そして、「今のは惜しかったわねぇ」「もう少しで行けたわねぇ」と、労いの言葉をかけてくれた。
そんな慈愛の女神のようなカレンを、このような蛮族達に渡すわけにはいかないのだ。
「カレンさんを!!」
鬼丸との間合いを詰め、刀を振り上げる。
「返せっ!!!」
そして、魔影を纏わせた刃を、勢いよく振り下ろした。
「・・・残念だ・・・」
その瞬間、鬼丸がピクリと動いた。
刃が鬼丸の頭を穿とうとする寸前・・・、架陰の背筋に、今まで感じたことが無いくらいの悪寒が走った。
「っ!!」
ざわりと、身の毛立つ。
痺れるような感覚が、指先からつま先まで駆け抜けた。
一瞬で、鬼丸が架陰の視界から消え失せた。
刃は空を斬り、足元のアスファルトを粉砕する。
「・・・・・・!!」
架陰は言葉を放つことが出来なかった。
ただ、不意に、脳裏にこんな言葉が浮かんだ。
「逃げろ」と。
その時気がついた。
この心臓の高鳴りは・・・。
この身の毛のよだつ感覚は。
この、震える手は。
震える足は。
カチカチと、歯が擦れ合っている。
全て、恐怖から来るものだった。
「ひとつ・・・、教えておいてやろう」
鬼丸が、架陰の背後に立った。
「私の名前から分かるように・・・、私の能力は、ソレという訳だ・・・」
「・・・・・・」
振り返ることが出来ない。
まるで、全身を針で刺されたみたいだ。
動けば、身体中の関節がギシギシと軋み、跡形もなく砕け散ってしまいそうな、そんな感覚に駆られた。
「大丈夫だ。健全な反応だ」
鬼丸は、ポツポツと、歩きながら、架陰の目の前に回り込んだ。
「元来、人間は【防衛本能】を持ち合わせているからな・・・」
腰の刀をゆっくりと抜く。
その、白銀の切っ先を、硬直している架陰の刀に押し当てた。
「動けなくなるのも、無理はない」
ゆっくりと力を込めていく。
ギシギシ、ギシギシ。
架陰の叢雲が軋んだ。
「愚かな・・・、このような鈍を打ってもらって満足するとは・・・」
ギシギシ、ギシギシ。
無機質な刃だと言うのに、まるで、肉を抉られているかのような感触が、刃を通して架陰の手の中に伝わった。
「これにて、お役御免」
ギシギシギシギシ、ギシギシギシギシ。
パキンッ!!!!!
架陰の刀・・・、【名刀・叢雲】は、根元から乾いた音を立てて折れた。
「っ!!」
ハッとした時には、柄と刃が分離している。
刃が、アスファルトの上に突き刺さった。
「え・・・」
叢雲が、折れている。
「・・・え?」
折れた?
「は?」
折れている。
「うそ、だろ・・・」
本当だった。
折れている。
使い始めて、まだ少ししか経ってない、刃が、いとも簡単に折られていた。
破片が足元でキラキラと輝いている。
「折られた・・・」
「そういうことだ」
鬼丸は、架陰の肩をぽんと叩いた。
そのまま、架陰の横を通り過ぎて、屋上のフェンスへと歩いていく。
「刀が折れたお前は、もう戦う術は無い」
「・・・・・・」
歩いていく。
遠ざかっていく。
その鬼丸の後ろ姿が、城之内カレンのものと重なった。
「あ、ああ・・・!!」
架陰は刃を拾い上げた。
チクッとした痛みが走り、刃で切った架陰の手に血が滲む。
「あ、あああ!!」
二代目鉄火斎がせっかく打ってくれたというのに。
命をかけてモスマンを討伐して、ようやく手に入れた素材を使ったのに。
一瞬で折られたのだ。
「あああ!! ああああっ!!!!!」
架陰は発狂した。
雨が降り注ぐ。
そこに、カレンの姿も、鬼丸の姿も、もう既に存在しなかった。
第107話に続く
第107話に続く




