叩き折るって言ったよね? その②
エベレストに登っても
まだ天には届かず
宇宙に飛び出しても
天は私の足元にある
追い越したいわけでもなく
見下ろしたいわけでもなく
天という概念に触れていたいのだ
嗚呼
まだ天には届かない
2
その事実を突きつけられた時、架陰の頭の中によぎった言葉は、「やっぱり」だった。
目の前の飄々としている男。
縦縞の着物を身にまとい、下駄をカランコロンと踏み鳴らしながら近づいてくるその姿は、潔さを超えた爽やかさを感じた。
一代目鉄火斎。
「それが、あなたの名前ですか・・・」
「うーん。まあ、本名はあるんだけど・・・、この際どうでもいいよね?」
一代目鉄火斎はそう言って、本名を語ることを避けた。
それから、架陰の握っている刀を指さして言った。
「ねえ、もう一度聞くけど・・・、その刀は・・・」
「叢雲のことですね」
架陰は刃の鋒を一代目鉄火斎に向けた。
「そうですよ。この刀は、【二代目鉄火斎】さんに打ってもらいました・・・!!」
「へぇ・・・」
口を三日月みたいにして、にちゃっと笑う一代目鉄火斎。
「前に言ったよね?」
「・・・?」
「次に、そんな鈍を打ったら・・・、叩き折るってさ・・・」
「叩き折る・・・?」
一代目鉄火斎は、着物の袖をまくり、細くも引き締まった腕を上空に向けた。
手首を返して、背後に控えていた鬼丸に指示を出した。
「ねぇ、鬼丸。ちょっと、架陰の相手をしてやってよ」
「いいのですか?」
侍の姿をした鬼丸は、そう確認を取りながら、半歩前に出る。
「うん。任せた」
これから先の戦いを鬼丸に任せて、自分はくるりと踵を返す一代目鉄火斎。
カランコロンと遠ざかっていく背中を、架陰は声を荒らげて引き止めた。
「待て!!」
「何?」
首だけで振り返る鉄火斎。
架陰は息を大きく吸い込むと、肺の中の空気を全て出し切る勢いで叫んだ。
「どうして!! 悪魔の堕慧児に着いているんですか!!」
架陰にはわかっていた。
一代目鉄火斎は、悪魔の堕慧児ではない。人間だ。
人間であり、UMAハンターの武器を造る仕事をしているはずの【匠】が、どうして悪魔の堕慧児側に着いているのか。
それが、不思議でたまらなかった。
「あなたは刀匠ですよね!! じゃあ、どうして悪魔の堕慧児の味方をしているんですか!!」
「悪い?」
開き直ったような声だった。
「言っておくけど、僕は刀匠である。だけど、UMAハンターの味方じゃない」
その言葉を聞きながら、架陰は目を泳がせて、架陰を取り囲む二人の悪魔の堕慧児を見た。
笹倉。
そして、鬼丸。
三人とも、武器を装備している。
その武器は恐らく、一代目鉄火斎によって打たれたものだ。
「僕は、悪魔の堕慧児の味方だよ?」
そう言って、指を鳴らす一代目鉄火斎。
それを合図にしてか、二つ向こうのビルの屋上から、唐草が下駄を鳴らしながら跳んできた。
一代目鉄火斎の横に着地する唐草。
彼は、気を失った城之内カレンを脇に抱えていた。
それを見た瞬間、架陰の背中に冷たいものが走った。
「カレンさん!!」
なりふり構わず、唐草に斬り掛かる。
「させん」
鬼丸が目の前に立ち塞がり、架陰の振り下ろした刃を、刀の鞘で受け止めた。
「くそ!! 退けよ!!」
「ならば、この私を倒してみるか?」
架陰は刀を鬼丸の鞘にねじ込みながら、カレンの名を呼ぶ。
「カレンさん!! カレンさん!!」
しかし、反応はない。
カレンは、唐草の脇に抱えられたままぐったりとしている。額から血液がぽたぽたの流れ落ち、足元に広がった水溜まりを染めていた。
唐草はニヤッと笑い、架陰に言った。
「ごめんごめん。ちょっと、この女の子を貰って行くよ?」
「お前らっ!! カレンさんをどうするつもりだ!!」
「安心しな」
そう言ったのは笹倉だった。
「直ぐに、お前も迎えに行くからよ」
雷撃が放たれる。
架陰は鬼丸に振り下ろしていた刃を引くと、地面を蹴ってその場から飛び退いた。
雷撃が水たまりを弾き、白い煙を巻き起こす。
視界が曇る。
霧の中から、鬼丸が、飛び出してきて、架陰に向かって鞘に収められたままの刀を振り下ろした。
ガンッ!!!
と、額に衝撃が走り、吹き飛ばされる架陰。
「くっ!!」
脳震盪を起こした架陰は、平衡感覚が狂うのを感じながら、空中で体勢を整えた。
着地する。
しかし、ぐらりとバランスを崩して、地面に手を着く。
「っ!!」
目の前に立ち塞がる鬼丸。
「笹倉。唐草! そのおなごを連れて行け」
「了解!!」
「はーい!!」
カレンを抱き抱えた唐草は、屋上のアスファルトを蹴って遠くに跳躍していった。
架陰は追いかけようと立ち上がったが、鬼丸が邪魔をした。
「行かせん」
「どけよォ!!」
架陰は怒りに身を任せて、刀を振った。
しかし、鬼丸は指でそれを受け止めた。
「っ!!」
「鈍いな・・・」
そう、失望したように言う鬼丸。
その様子を見ていた一代目鉄火斎が、楽しげに言った。
「じゃあ、あとは任せたよ!! 時間稼ぎよろしく!!」
そのまま、ビルからビルへと飛び移り、遠くに行ってしまう。
待てよ。
待てよ。
「くそっ!!待てよォ!!」
架陰は喉が裂けんばかりに叫んだ。
その③に続く
その③に続く




