新章・カレン奪還編 開幕 その②
蛙とて
血肉を食みたい
啜りて
砕き
臓物を引きずり出し
愉悦とともに潤える日々を
2
しばらく、民家と田畑の広がる道を走っていると、前方にビルの群衆が見えた。
「そろそろですね」
架陰は腰の刀の感触を確かめながら、少し走るスピードを早めた。
カレンも、架陰の足の回転が早くなったことに気づくと、何も言わずにペースを早める。
雨は相変わらずザアザアと降り注ぐ。
着物にはぐっちょりと水が染み込み、走っているというのに、腹の底から湧き上がるような悪寒が架陰を襲った。
(早く調査して終わらせよう)
その日は、そんなことを思っていた。とにかく、早く熱いシャワーを浴びたかった。
道路標識の『○○地区』の下をくぐり抜ける。
田舎道から、一瞬にして都会の風景に切り替わった。
歩道に入った二人は、一度立ち止まる。
奇妙な風景だ。
左側を見れば、中央分離帯により二つに隔たれた大通り。いつもなら、そこを車達が轟轟と行き交い、時には耳を劈くクラクションさえ響く。
それが、今日は一台も車が通っていないのだ。
「カレンさん・・・」
「ええ」
カレンは神妙に頷いた。
車道だけでは無い。歩道にも、人の通りがない。
単に「雨が降っているから」と言われてしまえばそこまでだが、傘の一つも見当たらないのは不自然だった。
「とりあえず、行きましょう」
「そうねぇ」
二人は唾を飲み込み、緊張の糸をピンと張ってから歩き始めた。
ザアザア、ザアザア。
雨が降る。
すぐ横のビルの雨樋から水がジャアジャアと流れ落ちる。
「カレンさん、どういうことでしょうか?」
「ええ。人が、一人も居ないわ・・・」
歩いても、歩いても、彼らは車一台。人一人とすれ違うことはなかった。
その、漠然と感じていた「違和感」は、コンビニのガラス扉から漏れだす光によって確信に変わる。
「カレンさん!!」
見れば、コンビニの窓ガラスに、ベッタリと赤い液体がこびりついていた。
それが、店内の蛍光灯の光を透過して、赤く光っているのだ。
架陰の鼻を鉄のような香りが掠めた。
「カレンさん、これ、血の匂いですよ・・・」
「入ってみましょう」
二人はコンビニの自動扉をくぐって店内に入った。
惨状だった。
商品棚の商品が片っ端から倒され、床一面に広がった血溜まりの中をぷかぷかと浮いている。
店内全体に、血肉の生臭さが充満して、畜生の解体所を彷彿とした生々しい光景だった。
「カレンさん、これは・・・」
架陰は、血溜まりの中に浮いている、人間の腕を見つけた。
腕。と言っても、原型をほぼとどめていない。
まるで、フライドチキンのように横から何者かにしゃぶられ、手首から下の肉が無く、骨がむき出しになっていた。
ぐちょり、ぐちょり。
濡れた雑巾を床に叩きつけるような音が、店の奥から聞こえた。
「架陰くん。トイレの方から・・・」
「はい」
二人は身構える。
カレンは、腰帯から【翼々風魔扇】を抜く。
架陰は、腰の刀・・・【名刀・叢雲】を抜いて、床に突き刺した。
「【叢雲】・・・【能力発動】・・・!!」
刃を中心として、床に漆黒の影が広がる。
架陰の半径二メートルを取り囲んだそれは、ズブズブと擡げ、空気中で漆黒の龍に変化した。
「【黒龍】・・・!!」
これが、名刀・叢雲の能力。
架陰の体内から魔影を収集して、空気中に形作ることができるのだ。
「カレンさん、僕が行きます」
「お願いねぇ」
カレンの了承を得た架陰は、虚空に向かって刀を振った。
「行け!! 黒龍!!!」
架陰の指示に反応して、隣の黒龍が蛇のようにうねる。そして、「キイッ!!」と鳴いたかと思えば、その流麗な頭をもたげて、音のする方へと飛び込んでいった。
ドンッ!!!!
まるで獲物を食らうかのように、黒龍がトイレの扉を粉砕する。
その瞬間、トイレの奥からぶよぶよとしたものが飛び出した。
「っ!?」
「風神之槍!!!」
すかさず、カレンが翼々風魔扇を振って、竜巻の槍を放つ。
こちらに向かって襲いかかってきたぶよぶよとしたものは、竜巻に吹き飛ばされ、奥のビールコーナーに背中を打ち付けた。
ガシャンッ!!
と、ガラス扉が割れ、中のビール缶が転がり落ちる。
「あれは・・・!!」
「へえ、【フロッグマン】か・・・」
飛び出してきたのは、薄緑色の体表に、黄色味がかった白色の腹を持つ、カエルだった。
鬼蛙のようなただ巨大なカエルでは無い。
二足歩行する、カエル。
まさに、【カエル男】だった。
「店内の人間を食らったのは、このフロッグマンっていうUMAですか?」
「そうかもねぇ・・・」
カレンは歯切れの悪い返事をした。
「でも。変ね。フロッグマンに、肉を食いちぎれる歯があるのかしら?」
その③に続く
その③に続く




