感染する時 その③
冷凍した眼球をグラスへ
首筋より血を抜き出して
揚げた脊椎を肴に
3
「前にも言ったように、人間が突然変異を起こして、特殊能力を得るようになった状態のことを、【能力者】と呼ぶよね?」
架陰の精神の中に住み着いている、ジョセフという男は、まるで赤子に説明するかのように言った。
「能力者の全盛期は、今から十年前まで。そして、この十年間、架陰・・・君のような例外を除いて能力者は誕生していない・・・」
(はい、わかっています)
架陰は、ジョセフの精神の中で会話をした。
(確か・・・、十年前に蔓延した【DVLウイルス】が、能力者になる可能性のある人間に感染して、能力の発現を封じたんですよね?)
「その通り」
ジョセフは、そう言って、隣に胡座をかいて座っている悪魔に視線を移した。
悪魔は、心底不機嫌そうに顔を顰めていた。
「全ては、この悪魔によるもの。悪魔が、DVLウイルスを世に放ったから・・・、人間は進化を辞め、能力者は生まれなくなった・・・」
(それと、魔影が勝手に出てくること、どう関係があるんですか?)
架陰は、身体の周りをふわふわと旋回する魔影を見た。
いつもなら、架陰の意思で変幻自在にその形を変えるというのに、今は、どれだけ指示を与えても、思うように動かない。
ジョセフは、「落ち着け」と言った。
「大丈夫・・・、これは、必然だ。異常事態では無い・・・」
(・・・、どういうことです?)
「いいかい? 架陰。君は、【能力者】だ。【魔影】の能力者だ」
(はい・・・)
架陰の魔影は、言わば借り物のようなものだ。
架陰の精神の中に住み着く、【ジョゼフ】という男の能力と、【悪魔】の能力が、混ざり合い出来上がった、借り物の【能力】。
「一応言っておくけど、君はDVLウイルスに感染している。じゃあ、なぜ能力が使えるかって言うと・・・、それは、僕達が【許可】をしているからなんだ・・・」
(許可?)
「ああ。一時的に、DVLウイルスによる【能力の封印】を解除して、僕と悪魔の能力が使えるようにしているのさ・・・」
そこで、ジョセフは本題に移った。
「今、遠く離れた場所で戦っている鈴白響也に命の危機が迫っている。いいか? 能力は、【命の危機に瀕した】時こそ、発揮しやすいものなんだ」
(でも・・・、響也さんは・・・)
「ああ。響也は、DVLウイルスに感染している。もちろん、雨宮クロナも、城之内カレンもだ」
そこまで言って、ジョセフは唇に人差し指を当てながら、ニコッと笑った。
「だが、ここで奇跡が起こった」
(奇跡?)
「起こるべきして起きた奇跡だね。身体に悪魔を宿す君と時間を共にすることで、彼女たちも、【魔影】・・・、つまり、【悪魔の加護】の影響を受けたんだ・・・」
ジョセフは、息を吸い込むと、はっきりと言い放った。
「たった今・・・、鈴白響也は、【能力者】として覚醒した」
※
西原は、振り返って、地に伏す響也を見た。
身体中を切り刻まれて、薄紅の着物は真紅に染まっている。
絶えることなく血液が流れ出し、そこに血溜まりができていた。
「・・・・・・、響也様・・・、失礼します」
西原とて鬼ではない。
タキシードの内ポケットから、スプレー式の小瓶を取り出す。
「回復薬【薔薇香水】・・・」
薔薇班にだけ支給される、外傷用の回復薬だ。これを、傷口に振りかければ、傷はたちどころに癒える。
響也が死ぬ前に、西原は響也の傷を回復させようとした。
一歩近づいた時、響也は、Death Scytheを強く握りしめた。
「っ!?」
西原は思わず身構えた。
大丈夫。西原は、響也を再起不能な程に切り刻んだ。
立ち上がることなど・・・。
「・・・っ!!」
次の瞬間、響也は、左手で地面を押して飛び上がると、身を翻し、西原に向かって切りかかってきた。
ギンッ!!!
何とか、杖に仕込まれた剣で防ぐ。
防いだ、はずだった。
「くっ!!」
右肩がカッと熱くなり、腕の力が抜ける。
生暖かい体液が、空へ向かって吹き出した。
「斬られた!?」
困惑する西原に対して、響也は、攻撃の手を緩めない。
弾かれた空中で身を捩り、もう一撃を西原に叩き込む。
すかさず、西原は、指を鳴らして結界を作り出した。
ガツンッ!!と、鈍い音がして、響也のDeath Scytheが弾かれる。
その時、西原は、響也の身に変化が起こっていることに気がついた。
地面を蹴り、後方に下がる響也。
その姿は、薄紅の着物では無い。むろん、血まみれとなった着物でもない。
久しぶりに、己の知識の範疇を超えたものを見た気がした。
「響也様・・・、そのお姿は・・・!?」
「あ?」
響也は不機嫌な声で顔をあげる。
響也の姿は、変貌していた。
まるで、架陰の【魔影】のような、漆黒の粒子が寄り集まって響也の身体を取り囲み、つま先から首周りを覆う、漆黒の黒布と化していた。
そして、響也の美しい顔。
その顔には、人骨・・・、つまり、骸骨の面が装着されていたのだ。
※
ジョセフが言った。
「そうだな・・・、鈴白響也の新たな能力・・・、【死神】・・・、とでも名付けようかな?」
第80話に続く
第80話に続く




