第37話 架陰奪還編開幕 その①
王は孤独だ
王は笑わない
王は目覚める
王は眠る
王は生まれる
王は死ぬ
王は涙を流さない
王はただ一人
1
まるで、沼から這い上がったかのように目を覚ました。
身体が動かない。目と耳と鼻だけが機能している。
白い天井。
心電図が刻む一定のリズム。
消毒液の、鼻の奥を刺激する匂い。
こうやって、病院のベッドの上で目を覚ますのは何年ぶりだろうか。
クロナは、率直な感想を抱いた。
思考がハッキリしてくる。
何時間ぶりか何日ぶりか分からないが、自分は意識を取り戻したのだ。
早く、それを誰かに伝えなければならなかった。
だが、身体が動かなかった。喉もカラカラで、声が出なかった。
「あ、クロナさん、目覚めました!」
架陰が、天井を向くクロナの視界に顔を出した。
「本当か!?」
響也の声も聞こえる。
「私、先生を呼んでくるわぁ!」
カレンの声も。
目が覚めて、この三人の声を聞けるなんて、自分はなんて幸せなんだろうと思った。
「クロナさん、ボクのこと、分かりますか?」
率直に言わせてもらえば、「分からなかった」。記憶を失ったのでは無く、架陰はミイラ男のように身体中に包帯を巻いていたからだ。
クロナは声を振り絞った。
「か、架陰・・・」
「水いります?」
いる。いるに決まっている。
クロナは、口を開けた。「飲ませろ」という意味だった。
水分で湿った口は、なめらかに声を発し始めた。
「架陰でしょ。声でわかるわよ」
「よかったー」
包帯まみれの架陰は、安堵の息を漏らした。
「本当に危ない状態だったんです。回復薬の治癒も追いつかないので、急いで山を降りて、病院にかつぎ込んだんですよ・・・」
確かに、危ない状態だったようだ。
クロナは僅かに動く首を擡げ、自分の身体を見た。
左鎖骨付近と右腕にギプス。左胸は縫われているようだ。
「まあ、ボク達も病院送りだったんですけどね」
白陀の白鱗炸裂攻撃をもろに喰らった架陰と、死神刈りで肉離れをした響也。そして、カレンも、クロナと同じ病室に入れられたらしい。
もう少し配慮があってもよかったのではないかと思ったが、結果的に気づかれたのだから、何も言えなかった。
病室の扉が勢いよく開いた。
「良かったわぁ!」
医者を呼んできたカレンが飛び込んできた。彼女は、回復薬の効果もあって軽傷だったが、それでも胸に包帯が巻かれていた。
カレンはクロナに飛びつく。
「本当に良かったわぁ!」
「あ、ありがとうございます・・・」
「こら、離れろ・・・」
松葉杖をついた響也が、カレンの病院服の首根っこを掴んで引き剥がした。
「クロナの傷が開いたらどうするんだ・・・」
「ごめんなさい、響也」
「さあさあ、君たち、落ち着いてね」
三十代半ばくらいの白衣の医者がやってきた。
「こんにちは。クロナさん。調子はどうかな?」
クロナは少し考え込んだ。
「頭痛がします」
「そうか、まあそうだね」
医者は、冷たい手でクロナの額に触れた。
「まだ少し熱があるようだ。もう少し入院しよう」
医者はそれだけ言って、病室から出ていった。去り際に、「君たちも一応病人だから、安静にね」と言い残して。
医者が去ると、三人はクロナを取り囲んだ。
「本当に良かったです。一週間も起きないから、心配しました」
「ああ・・・、流石の私も心配したよ・・・」
「私なんか、西原にメロンの差し入れを頼みすぎて、病院に怒られたのよォ!」
ああ、だからクロナのベッドの横には、桐の箱に入ったメロンが山積みされていたのか。
カレンは手を合わせて懇願した。
「クロナ、早く元気になるのよぉ!」
響也もクロナの肩をぽんと叩く。
「ああ、ここは消毒液臭すぎる。あと、看護師にエナジードリンクを没収されるんだ・・・」
「いや、響也さんが一日に十本も飲んでいるからでしょ」
見れば、響也のベッドの横に、飲み干されたエナジードリンクの缶が山積みにされていた。
響也はクロナのベッドの横に置かれていた椅子に腰をかけた。
「考えてみろ。お前が寝ている間、ずっと架陰の暇つぶしに付き合わされたんだぞ・・・」
「すみません」架陰は苦笑した。「楽しかったですよ。トランプとか、オセロとか」
「お前は角を取らせてくれないからダメだ」
「いや、それがオセロのルールでしょ」
「これ以上クロナが目覚めないのなら、『メロン割り』でもしようと考えていた・・・」
「それはいいですね!」
そうか、彼らは、自分が生死の境をさ迷っている間に、そんなことをして遊んでいたのか。
少し苛立ちを覚えたが、そこはぐっとこらえる。
クロナは、三人の顔を見回した。
思わず、クスリと笑ってしまう。
この班は、大きく変わった。
結成当初は、人数も揃わず、単独行動する者が多かった。
「みんな・・・」
クロナは、ゆっくりと、確かめるように息を吸い込んだ。
三人の視線がクロナに集まり、体温が上がる。
まだ塞がっていない傷が、じくっと傷んだ。
唇を湿らせる。そして、たった五文字の言葉に、自分の命を吹き込んで発した。
「ありがとう!」
その②に続く
その②に続く




