第7話 沼に潜む怪 その②
一度として見えぬ
二度と帰れぬ
三界の果てへ
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「ねぇ、君!」
架陰は、しゃがみこんで震えている男の子と目線を合わせた。
「『化け物』って、どういうこと?」
「・・・、・・・、僕の、友達が・・・」
男の子は相変わらず、酸欠の金魚のように口をパクつかせている。これでは、まともな話が聞けない。
だが、先程の「僕の友達が、化け物にっ!!!」という言葉から判断することは十分容易だった。
「君の友達が、化け物に、襲われたんだね?」
架陰は男の子が言わんとしていることを予想して、言った。
その言葉を聞いて、男の子は小刻みに何度も頷いた。
「・・・、・・・、う、うん」
決まりだ。
架陰は、この男の子の影に潜むUMAの存在を感じ取った。
「ねえ、君、その場所へと案内してくれるかな?」
優しく、あくまで小さな男の子を相手する口調で話しかける。
そのおかげが、男の子の様子が落ち着いた。
「ぼくの、小学校・・・。の、裏の、森・・・、・・・」
「小学校の裏の森だね」
架陰は男の子の服装を見た。ランドセルは背負っていないものの、小学生らしい。焦茶の制服を来ていた。
その名札を確認する。
「・・・、布山小学校、伊藤翔太くんか」
布山小学校なら知っている。ここからすぐそこにある市立小学校だ。木造の歴史ある校舎で、確かに、何か出てもおかしくない雰囲気ではある。
だが、今回は「小学校の裏の森」で、化け物に襲われたという。
架陰は翔太に話しかけた。
「友達は、何人?」
「・・・、3人・・・」
3人もいるのか。
「どうしてその化け物に遭遇することになったんだい?」
その質問をすると、翔太はまた少し取り乱した。雨で覆われたアスファルトの上を小さな手で叩く。水が跳ね上がった。
「僕のせいだ!」
「僕の、せい?」
「僕が、あの森で『化け物を見た』なんて言うから・・・」
化け物を見た?
「見たんだ! 本当に見た!! 巨大な何かが、沼の近くを這っていた! それを友達に言ったら、3人で見に行ったみたいで・・・」
「君はどうしたんだ?」
「3人のお母さんから、『息子がまだ帰ってきてない』って、電話があって・・・。まさかと思って見に行ったんだ! そうしたら・・・、沼に・・・」
そう言うと、翔太は口を噤んでしまった。冷えて紫になった唇を真一文字に結んで、決してそれ以上のことを話そうとしない。
察した架陰は静かに頷いた。
手に持ったバットケース越しに刀を握りしめる。
「架陰様?」
西原が横から架陰の顔を覗き込んだ。
「西原さん・・・」架陰は落ち着いた表情で西原の方を向いた。「僕は、ここで降ります」
西原の細い目が困惑に満ちた。
「降りると仰りましても、この雨ですし・・・」
「翔太くんを、家まで送り届けてください」
架陰は翔太の濡れた肩に手をやった。
「・・・・・・」
西原が返答に困る。
「ですが・・・」
「お願いします!」
架陰は強い口調で言った。半ば強引に、西原の反対を押し切る。
そして、これ以上干渉されないよう、バットケースと巾着袋を握ると、雨の中を走り出す。
「架陰様!」
「翔太を、お願いします!」
架陰の姿は、直ぐに闇の中へと消えていった。足音さえかき消して、不穏な雨風の音だけが残る。
「・・・・・・」
西原は追わなかった。
「『お願いします』と言われましても・・・」
狼狽してため息をつく。そして、車中で待機しているカレンの方へ目をやった。
「カレン様・・・、いかがなさいますか?」
「そうねぇ・・・」
カレンはのんびりとした口調で首を傾げた。
そして、リムジンから降りる。すぐ様西原が傘を差し出した。
「翔太くんだっけ?」
先程架陰がしたように、穏やかな口調で翔太との距離を詰めた。
「君の言う、『化け物が出た場所』を教えてくれるかな?」
「・・・・・・」
翔太はしばらく躊躇した。だが、年上の女性の呑み込まれるような瞳を見ていると、不意に口が滑る。
「ここから・・・、真っ直ぐ行って・・・、右に曲がると、小学校があるから・・・、直ぐにわかると思う・・・」
「ありがとう」
カレンは白い手で、翔太の濡れた小さな頭を撫でる。思わず翔太は顔を赤らめる。
「西原」
「なんなりと」
「行くわよ」
「仰せのままに」
「君もね」
「え?」
カレンは翔太に微笑んだ。
その③に続く
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