機械の感情・人間の感情
―――戦場に行くような気分だな。
喧々囂々としたその空間に行く気分は、まさしくそれにそっくりであった。それほど緊張していることの表れであろう。別の意味で、足取りも重くなる。
これほどの騒ぎになっているにもかかわらず、まだ騒ぎ始めて短いからか、それとも妙な幸運に恵まれたのか、部外の者が邪魔に入るということはなかった。元は災害時に避難してきた民間人の休息所として使われる想定で作られているため、防音もある程度整っているという有り難さ。外にも声は漏れにくい。
ここがそもそも空挺団員の待機室で基本的には空挺団の人間以外誰も入ろうとしないし、今は既存の任務に出ている者は緊急の出撃に備え誰も出ることはないからなのだろうが、少なくとも今に限っては、途轍もなく有り難いことであった。
邪魔を受けずに、彼らを説き伏せる時間を得ることができたのである。
相棒の聖人君主っぷりに呆れ果てた末、さすがに任せておけぬと出張ったはいいものの、はてさて、どうしたものやら。とにかく、俺は間に割って入った。向こうは、まだまだ議論の真っ最中である。
「おーい、ちょっといいかー?」
……そんな一声で声が向けられるわけもなく、すぐそばにいた人がちょっとこっち向いてすぐに視線を戻してしまった。まあ、当然であろう。
ただ、俺が近づいたことには和弥と新澤さんは気づいたらしく、「止めるの手伝ってくんね?」と言わんばかりに助け舟を求める視線を送ってくる。焦燥感も半分以上混ぜた様子で。だが、あの二人だけである。
……まあ、気づくわけもないか。
俺は一息いれ、大声で叫んだ。
「……はいストァーップッ!!」
室内でこれほど大声で叫んだのはいつ以来か。正確な日時を思い出す前に、目の前言似た集団が一気に静まり返り、その音源に視線を向けた。その先にいたのは、さっきからきょとんと突っ立っている我が相棒である。
「……あ゛」
ユイの存在には最後の最後まで気づかなかったらしい。彼らは一斉にユイの存在を確認すると、文字通り固まった。だが、固まったのはユイも同じだった。一斉に雁首向けられたと思ったら唖然とした表情で固まられたうえ、さっきまでの空気が空気なので「え? え?? え???」とおどおどし始める始末である。もちろん、俺に助け舟を要求する目線を向けられても困る。
……とはいえ、確かにこうなるくらいなら一時的に席外してもらったほうが良かったかもしれないと思わなくはないが。
「とりあえず、場所はわきまえましょうね。あと、ロボット云々に関しては俺に質問してください。少なくともここにいるメンツの中では俺が一番知ってるので」
これ以上の空気が持続するのはマズいだろうし、いったん俺のほうに戻す。すると、さっそく手を挙げる人が一人。擁護派か批判派かは知らないが、すぐに発言権を与えた。
「はい、どうぞ」
「念のためきくんだが、彼女って本物か? ついこの前までは偽物だったんだろ?」
「ご安心ください、本物ですよ。何なら確かめます?」
「ちょっと触ってみてもいいか?」
「どこを?」
「色々と」
「新澤さん」
「ふんっ」
「ぐぇっ」
新澤さんのスリーパーホールド炸裂。素早い対応に俺は心の中で拍手喝采。ナチュラルにセクハラをしようとした傍若無人な彼は直ぐにその口を黙らされた。
彼の質問はこれでいいだろうと判断するや、すぐにその続き。
「はい、他どうぞ」
「一応聞くんだけどさ、彼女が今偽物って可能性は消えたんだよな? 後ろからぐさーなんてやだぜ俺?」
「大丈夫です、消えてますよ。後ろからさすなんて言っても、今まで幾らでもそのチャンスがあったのにそれをやらなかったのは余りにも不自然ですしね」
「油断させるだけって可能性は?」
「させ過ぎですよ。今まで幾らでもありました、それこそ戦場にいる間に後ろから銃でも使って撃てば「敵がやった」ってことにして逃げれますからね。それをしなかったあたりですよ」
「実は殺すんじゃなくて、情報収集が目的ってのはどうだ?」
「バレないようにハッキングとかしてな」
「ユイにバレないように慎重にハッキングしようといっても、外部交信が入っただけで即行でアラームなりますんでバレますよ。それがならないようハッキングして裏から操ってってことができるならもう俺ら敵に太刀打ちできません。電子攻撃面では奴らに完敗するしかないです」
「もとい、敵ながらあっぱれ的な意味で」
「乾杯、っていうおやじギャグは求めてません」
……そんな本気のしょんぼりがおされても。
「そんなんできるならさっさと政府なり軍なりの中央のコンピューター直接ハッキングしたほうがいいです。ユイ使うよりよっぽどハードル低いですし、そっからならアラームなしでもしかしたらユイにアクセスできるかもしれませんからね。まあ、下手すれば鳴りますが」
「頭の中弄れないのか」
「弄ろうとハッキングしましたけど、失敗したらしいですからね」
「マジで? 成功したから抜け出したんじゃねえの?」
「逆ですよ。失敗しはしたけど状況判断でそれがいいってことでスパイしただけですよ」
「スパイ? 聞いてないぞそんな話」
「そりゃあ話してませんからね。えーっと、つまり―――」
そこから、ユイが今までどこにいたかの経緯も簡単に説明しながら、質問に答えて言った。正直、ここら辺まで来ると記者会見にある質疑応答じみてきたので、記者会見場とかである演壇がほしいところである。官房長官とかが、あそこで記者からのエグイ質問を余裕で返すあの姿に正直憧れている自分がいる。
皆、ユイが暫くいなかった理由に驚愕していた。案の定ではある。「一言言ってくれよ」という声も少なからずあったものの、その見返りのほうがデカ過ぎて、全体的には「大目に見てもいいレベル」となった。それくらい、大きな情報であったのである。ただし、「ついでに俺の嫁が浮気してないかスパイしてくんね?」という色々と悲しい現状を想像させるようなことを言った奴はもれなく新澤さんが丁寧に退場させた。それ以上はいけない。
また、こうして聞いてみると気づいたのは、皆今まで色々と論争していた根本には“疑問”があり、それが根本だったということである。しかも、それは心配にすら似たものだった。いつしかそれが、自らも気づかないうちに恐怖心へと変化しており、それがあの口論を引き起こしていたのだろう。
人そっくりのロボットというある意味未知の領域にいる存在である。そうなるのも無理はないであろう。何かあると人はそういったものに疑いを向けるものである。今回はその典型例といったところかもしれない。
なら、やることは一つである。こうした話に一つ一つ冷静に答えるだけである。もしかしたら、俺がそういった話に詳しいということも関係しているのかもしれないが、何より、そういった人間に冷静に答えてもらうことで、少なくとも精神的にはある程度楽になる。事実、疑問が解けた者たちは皆安堵の表情を浮かべていた。
疑問を恐怖心を解くことで、この論争に終止符が打てる。
「―――んだもんで、ユイをハッキングして味方にするような能力があるなら、最初っからメインのコンピューター狙うほうがハードルは低い。それだけの話」
「なるほど……てことはだ。最初っから彼女狙う必要性は……」
「ゼロ。それでも狙ったってことは、それが限界か、それに近かったから。でもできなかった。それどころかそれがきっかけで逆の効果が起きた」
「ナンテコッタイ」
「敵さん大慌てか?」
「大慌てで済めばいいっすな。たぶん何人か幹部今頃死んでるんじゃないですかね」
「むしろ今に限ってはそうなってもらっても構わんが……」
「全面同意」
こんなことをした元凶は少なくともただではすむまいが、自業自得である。勝手にそうなってろと言わせてもらう。
ここまでくると、ある程度空気も和やかになる。先ほどまでの喧々囂々の緊張した雰囲気からはかけ離れた。元々、完全なる悪意からこうした論争を起こした人などいないのである。恐怖は伝染するとはよく言うが、本当にそれが目の前で起きたようなものか。
……だが、一つだけ、解決されていない問題もある。
「……しかし、すごいな」
「うん?」
これもこれで、悪意はない純粋な心境で聞いてきた質問が一つ。
「……もう彼女が問題ありではないってことはわかったが、そこまでロボットによく執着できるなぁと……」
言葉が言葉だったのか、新澤さんが少しムッとしたが、まあ、適当な言葉がなかったのだろう。言わんとすることはわからんでもない。
幾ら人そっくりだとはいえ、確かにもとはといえばただのロボットである。無機物からできたただの機械であり、コンピューターであり、その中にある“意思”は、人が一から作ったものであり、“作られた”のである。
それらを、天然からできているであろう人間が全力で擁護するというのも、考えてみれば不思議な構図であろうことは間違いない。SFフィクションではよくネタにされるものだが、現代においては、こうしたことは日常茶飯事。
……だからこそ、自分なりの考えが必要である。
「……ロボットだからだろうな、俺の場合」
「え?」
フィクションであった話をある程度踏襲するものだとしても、そうでなかったとしても、それがロボットに対する考え方であると、自分なりの“答え”を持つ必要が出てきた。それが、まさしく“今”なのである。
「……さっき、心のなきロボットにそこまで執着する必要はないという疑問があったと思います」
「あぁ、そうだが……」
「それも、ある意味正しい」
「え?」
周囲にいた人らは一斉にあっけにとられたような表情を見せた。たぶん全力否定するとでも思われていたのだろう、「てっきり反発するのかと……」と呟いたのは二澤さんである。それに周囲にいる人らも肯定するように頷いた。
しかし、俺はかぶりを振っていった。
「だって、考えてみてください。相手は機械ですよ、機械? 感情はあると言われている人間とは違う作りしてるんです。そのうえ、人間が一から作ったものです。これもまた、人間とは違う誕生由来。……それが心かって言われたら、少なくとも違うとは言えませんよ」
「……な、なるほど」
相変わらずのあっけにとられた表情。念のため人ごみの隙間からユイを見てみると、聞こえてはいるのか、「ハハハ……」と苦笑しつつどういう表情すればいいのかわからなそうであった。
「……でもですよ」
「?」
問題はここからである。
「自分自身がどういう存在か、どういった性格をしているのかは根源的には他人がするのと同じもので、感情があるかどうかを決めるのも、ロボットであるユイ本人ではなく“俺ら人間側”です。極端な話、その人間がないっていえばない、あるっていえばあることにはなるんです」
「……あれ、一理あるな」
「でしょう?」
自分自身がどういった人間であるか、どういった要素を持つのかは、自分自身がすべて決めることはできない。自分がたとえ真面目な人間であったとしても、他者が「それは真面目なものだ」という評価を下さねば、それが真面目であることに気づかず、結果、自分が真面目な人間であることを自覚しないし、定義づ行けない。
それと同じである。自分に心があるかどうか。心という明確な定義がないものの有無を評価するには、他者の評価が必要不可欠である。逆に言えば、その他者があるなしを決定づける事すらできるのである。
でも、考えてみれば当たり前な話ではある。そして、そうなると最終的には“人間に感情があるか”という話にまでもつれこんでしまうのである。あったとしても、その根拠は何か?
心では返答とは呼べない。そのようなあいまいなものを出されても根拠としては不十分であるし、ぶっちゃけこうともいえる。「そもそもどの生命体にもなんて感情もんはない」。実は、「感情」というものの定義によってはこうも言えてしまうのである。
しかし、それで納得する人間はまずいない。では、こうして誰かが少し焦っていたりするのはなぜか説明できない。
それらを説明するために、人はこう呼んだ。“感情”と。そして、“心”と。
「―――つまり、感情がどういうものかっていうのは人が勝手に決めたんですよ。感情に限りませんが、昔の人が色々な体験を通じて、いろんなものに名前と定義を加えた。でも、時がたつにつれ、曖昧なものもどうしてもでてくる。感情がその一例です」
だからこそ、余計深く考えたら余計答えがでなくなる。これはある意味デリケートかとつかみどころのない問題。だから、こういうのは自分で判断するしかない。
結局、それに対して感情があると認識しているのは人間の勝手な“直観”である。そもそも人間に感情があるといってもそれを認識してくれる“相手側の人間”がいなければそれは成立せず、自分も感情がないということもできるようになってしまう。
そういった感情は、単体ではただの反射・代謝反応でしかなく、それをみる他者がいて、初めて「感情」として認識し、そして成長していく。
それに感情があるかどうかを決めるのは人間であり、人間がそれに感情があると認識できれば、それは感情があるということである。
……どうとも解釈できる考え方である。だが、そもそも感情という明確な定義がない者に対する考え方としては、これが妥当という考え方もできるのだ。少なくとも、俺はそういった立場である。
「……ていうと、ロボットに感情があるかどうかは人が勝手に決めれるのか?」
「大雑把に言ってしまうとそうなります。そもそも、定義とは言いましたが、定義も不変的なものではないですからね。日本語の幾つかの諺みたいに、時がたつにつれ意味が変わってくるものがあるように、定義も変わるときは変わります。もしかしたら、ユイみたいなのが現れた現代は、そうした定義が若干変質してくる時代にあるのかもしれませんし」
「すんげぇ哲学してんなお前……」
「ロボットとかSFやってるとこうなっちまうんすよ」
まあ、俺だけだろうが。
また、そうなるとロボットと人間の感情に違いがあるかという話になる。人間がそれに感情があると認識できれば、それは感情があるということにすらなるというのは、先に話した通りである。
ではその違いとは? 人間には感情はあるがロボットにはない。あるとしてもそれまがいのもの。だが、結局はそれを決めるのは周りの第三者である俺たち人間であり、周りの判断によってあるともないともいえる。そして、それは俺ら人間自身にも言えることである。
例えば、生まれた時からそれは感情でないと教えられて成長すれば「感情」というものは自覚できなくなる。感情という言葉は存在しても、それが位置付ける定義や意味が違えば、別のものを艦上と呼びはすれど、本来感情と自覚すべきものを別の言葉で表現し、定義づけるかもしれない。言葉遊びの類ではあるが、逆を返せば、ものの定義や存在意義はそれだけ“曖昧”であることの証左でもある。
では、ユイの「感情」はどうなのか?
確かに、構造や生成方法は違うが、発達過程は人間と同じく周りから学んでできたもので、はじめはそれほど抑揚がなかったのに今では明るい元気な性格になった。それはなぜか?
答えは単純である。ユイ自身が俺たちを見て学んだからに過ぎない。
AIの学習能力がそれを行ったという意味では、人間も同じである。俺たち人間も結局感情自体は同じ人間から学び、そしてそれを他者から「感情と呼ぶ」ということを学んでそう呼んでいるだけ。
もとからある程度性格が決まってたといっても、それは人間でもDNAなどというもので一種の地盤が出来ている。地盤がないと何もできないのは人間も同じだし人のことは言えない。
もしこれが違うというなら、構造等は違うはずなのに感情はあると言えるといっている人間以外のほかの動物や植物等はどうなのか?これは感情表現は人間と違うのにあることはある。どういうことなのか?
「―――答えられます?」
「……答えられねえわ。構成部品が違うだけで、厳密な構造は同じって言えるのか?」
「定義を変えればそうとも言えます。これはあくまで、考え方や定義づけの仕方の一例といったほうがいいかもしれません。ですが、こうも考えられますよ、という点では、これも必ずしも変とはいえないかもしれませんが」
「……待って、頭混乱してきた。つまりどういうことだ?」
何人かは頭を抱えて「????」とはてなマークを作っていた。哲学過ぎたらしい。もう少しン簡潔に述べる。
「えっと、つまり、感情っていうのは、結局は人間もロボット、ここでいうアイツも、第三者から学んで、そして第三者がそれを「感情と呼ぶ」ことで成り立っているだけに過ぎないってことです」
つまり、その第三者がそれを感情と呼べばそうだしそうでないといえばそうではなくなる。第三者がどう考えるかによって、いろんな事象はいろんな形に変化するということで、それに感情も含まれるということである。
ユイのものも、構造等は違えど結局ほとんど同じもの。それが感情ならそうだしそうでないならそうでない。
人間との区別はつかないうえ、俺たち人間も人のことを言える立場の存在ではない。となると、最終的に、そいつに感情があるかどうかを決めるのは、俺たち人間ということである。
「ユイのような人間そっくりのロボットのことを考える事で出る答えは、間そのものを哲学的に考えたときの答えの究極的な形でもあると考えられます。今の心の有無みたいに」
「前にここら辺に詳しい友人から聞いたことあるな。ロボットを考えることは、人間を考えることだって」
「簡潔かつ明瞭な表現でしょうね。実際その通りで、さっきから哲学的になっちゃったのも、結局はそこが原因なんです。人間そっくりの奴が出てきたら、本物の人間と偽物の人間の区別をどうしてもつけようとして、そうなると人間ってなんだっけ?って話になっちゃうんです」
SF鉄板ネタのこれも、結局は人間が自分たちが本物の人間だ、と言いたいがためにそうなってきている気がしなくもない。もちろん、区別をつけるならつけるでいいが、無理くりしようとするとこうなってしまう。人間が人間らしいことをしていれば……といっても、それすらも定義とするには問題大有りなのである。
人間を人間たらしめるかは他人の判断によるため、ユイが人間と考えるなら人間だし、逆も然りである。人間にだって、昔親から虐待受けまくって本来の感情の表現の仕方を忘れてしまった子だっているかもしれない。そういう子供は、傍から見れば何に対しても無表情な「ロボット」に見えるかもしれない。逆に、ユイみたいにロボットであるはずなのにいろんな要素が人間そっくりであった場合、ロボットではなく「人間」に見えるかもしれない。結局、両者を分けている線なんてこれほどにも薄いのである。
そして、ユイに対しては人間的な要素はあれど細かく見るとロボット的要素があるため、ユイに対しては自他共に「ロボット」という判断をしているだけにすぎないわけで、ましてや、自我や感情は確かめようがない。
極端な話、それっぽく振るまえさえすればそれはもう外からはあるように見えてしまうからである。これは、所謂哲学的ゾンビと同じ話である。
「……長くなりましたけど、結局人とロボット両方を分けてる壁なんてそんくらい脆いものですから、正直考えるだけ無駄ですよ。そっち考えるくらいなら、もう自分たちなりにアイツにはある、アイツにはないって決めちゃってそれであとは自由にふるまうのが一番手っ取り早い気すらします」
「勝手にか?」
「勝手にです。ちなみに、俺はあります?」
「そりゃあるだろ」
即答の二澤さんに同意の頷き。では、
「じゃあ、アイツは?」
「うーん……」
指さした先にいたユイ。当然、いきなり指名されたため「へ?」と困惑気味。さっきまでの俺の長話に真剣に耳を傾けていたと思ったらこれである。そして、またもや雁首そろえて自分のほうに向かれたので、やっぱりおどおどし始める。お前、普段は堂々としてるのになんでこういう時は慌てるんだよ。
「アイツか……」
「うーん……」
思ったより真剣に考え始めた一同。さすがに今度は俺のほうが若干慌てる。
「いや、別に俺の考えに賛同する必要はないですからね? 俺の言ってることはあくまで考え方の一つってだけの話ですし」
「いやいや、説得力はあった。納得できる部分も多い」
「ゆえに今自分なりに自由に定義づけてる最中だ。ちょっと待ってろ」
「は、はぁ……」
そんなに深く考える必要はないと思うけども……自分なりに考えるって本当に軽く考えて自分の一番スッキリするものでいいって意味で言ったのだが、思ったより深刻に受け取られたようであった。
「あの、別にそこまで悩む必要は―――」
と、一先ずこの真剣みありすぎな空気をなだめようとした時だった。
「おい」
「は、はいッ」
いきなりユイが呼ばれたと思ったら、次に出てきた言葉が、
「アイツのことは好きか?」
「はい?」
おい結城さん一体何言って―――
「はいッ!」
「ええッ!?」
即答しやがった。さらに、
「ライクかラブか、どっちかで答えろ」
「後者のほうで!」
「すでに本人には?」
「告げました!」
「よろしい。奴に感情はある。あの顔を見ろ。満面の笑顔だ。あれが作りものだと思う奴はいるかッ?」
どんな質疑応答しやがってんだこやつ、と思ったが、確かにユイの笑みが尋常でない。天使でも舞い降りてきたのか、いや、そもそも天使ってこんな笑顔見せたっけか。少なくとも後光が見えるくらいにはまぶしいが。
「間違いない、奴のあの顔は本物だ」
「ありゃ後天性のものだ。先天的なものじゃない」
「自分で作ったんだ。あの顔は絶対最初には見なかった」
「こりゃあすごい。俺らはロボットの感情を目の前で見ているのだ」
「えぇ……」
これで納得してしまう俺の味方は一体どうなっているのか……。いや、確かにすんごい笑顔だが。今までに見ないぐらいの笑顔だが。それほどこの問いが嬉しかったのか。言われたこっちはもう軽く赤面する以外どうしようもないのだが……。
「……お前も好かれたな」
「勘弁してください」
二澤さんのつっつかれも、少しの間続きそうである……。
その後、色々と論争の種となっていた件に関しては一応の決着がついた。ロボット以外の件も、先ほどまでの哲学的な話の前では「もう別にいいや」ってことになったらしく、なるようになれ、となったらしい。ただ、不安がないわけではないので、こればっかりは少しの間時間を見て取り除かれるのを待つしかない。
ユイの件に関しても、俺が必死に説得した甲斐があって決着はついた。最終的には皆してユイに頭下げたのだが、逆にユイのほうが「何かやらかしたら即行で言ってください」って言ってきたのを受けて、今度こそ皆参ってしまったのか、
「……天使ですかあなた?」
「へ?」
俺と同じことを考えてしまったらしい。こっちが恥ずかしいからやめてくれ。
結局、この話もいろいろとパニックになってて慌て過ぎたんだろう、ということで話は終わった。ユイの感情云々に関しては、最後は「まあとりあえずあるってことでいっか」ということになったらしい。あっても困るものではない、ということだったが、それもそれで一つの解であろうとは思う。
ようやっと騒ぎを終えた俺は、ユイの礼も軽く受けながら、さっさと部屋に戻って休むことにした。もうすぐ大規模な再反攻作戦になる。今のうちに、英気を養うことにした。
部屋にいって、暫くの間くつろぐ。ユイは少し新澤さんとメンテ日程で話してからくることにしたようで、まだ一人部屋。
……だが、
「……ん?」
そこに走ってくる足音。そして、勢いよく扉を開ける音が響く……
「……あ、お疲れ様ですユイさん」
「あぁ、和弥さん。お疲れ様です。データ収集ですか?」
「ええ、ユイさんから預かったデータ。隠れてコピったんでちょっとね」
「コピったって……」
「まあまあ。しかし、今日は大変でしたねぇ。死線かいくぐって戻ってきたと思ったら、今度はアレですよ」
「ほんとです。しかし、祥樹さんには助けられました。あそこまで擁護してくれるとは思わなくて」
「なんだかんだで相棒ですからねぇ。聞きましたよ、もう告ったって?」
「告ったって、そんな大層なこと言ったつもりは……」
「あれ、でもさっき告げたって言いましたよね? 結城さんに」
「好意は示したってつもりだったんですけど……」
「同じような意味でしょ」
「えぇ……。あ、でも、祥樹さん結構哲学的なところまで話してましたよね?」
「ええ。ユイさん意味わかりました?」
「大体……でしたら」
「あ、それでもわかるにはわかるんだ……」
「要は感情あるか無いかなんて他者が勝手に決めてるから、自分にあるかどうかとか考えるなんて無意味だし、考えるぐらいなら自分らで自由に定義づけるぐらいでもいい、てことですよね?」
「超乱暴に言うとですけどね。まあ、俺もあっちの考え方なんすよね。でないと、定義なんてつけ切れませんよ。感情なんて十人十色なのに」
「ですねぇ……しかし、ああいうことまで考えるなんて、案外頭いいんですかね?」
「そりゃあそうでしょうユイさん。なんたってアイツ、超名門の国立海桜学院大学付属の出身ですからね? 頭がよくないわきゃないんですよ」
「え?」
「え?」
「……え、あそこって頭いいんですか?」
「そりゃあそうですよ! 国立海桜学院大学付属中・高等学校っていったら、ロボット工学界で生きるための逸材を送り出している超名門です元々はこの大学が、自身の学校の受講者・受験者を増やすために作ったんですが、今じゃ倍率3~4は当たり前絵、時には5以上です」
「5ッ?」
「5ッ!。入るためには学校の定期試験を常に最低でも8割以上正答してるレベルじゃないと入れないって言われてて、別名『ロボット工学界の灘中・灘高』って言われてるぐらいです。超名門なんすよ。あ、俺もそこに入ってるんですよね、アイツと一緒に」
「……あ、はい……」
「あ、あれ、満面のどや顔したのに反応が……」
「あ、す、すいません……」
「まあいいや。そんで、あんだけ難関なのにそれでも時には倍率5いくぐらい人気が高いのは、それだけ今の世の中がロボットの知識を持った人間を欲しているという裏付けって言われてましてね。ユイさんができるような時代にもなりましたよ。なので、ただの中高一貫校なのに全国的に見ても超名門校の仲間入りを果たすわけです。そして、ここを卒業した学生は、その付属している『海桜学院工科大学』に優先的に入学できて、ここも、別名『ロボット工学界の東大』とまで言われるほどの超名門です」
「と、東大……」
「ええ、東大。また、今の日本のロボット工学研究者のうち結構有名な研究開発とか、ロボット工学関連の受賞をした方の4割方はここの卒業者となりつつありまして、文句なしの、日本屈指の超名門校なのであります。そして、俺はそこの出身です。エッヘン」
「……」
「……あるぇ~無視ィ……これ本当にすごいことなんだけどなぁ……入れただけでもロボット工学知ってる人からしたら尊敬されるレベルなのに……あ、たまに嫉妬もされるけど……」
「……いや、でも……」
「はい?」
「祥樹さん、ぜんぜんそんなこといってなかったんですけど……前に自分は頭悪いからって……」
「はいぃ? そんなわけないじゃないですか。アイツは特に頭良かったんですよ? あの学校でも成績はトップレベルで、次世代のロボット工学界の星として期待されてたぐらいです」
「えええ!? 本当ですか!?」
「え、むしろ聞いてなかったんですか?」
「は、はい……全然」
「あれぇ、アイツならむしろ即行で自慢しそうだけどな……ま、たぶん謙遜したんでしょうな。あの時も大体そんな姿勢だったし」
「……」
「というか、単純に考えて自称ただの頭の悪い陸軍軍人が、国家機密級のロボットのお目付け役をソフトのメンテという名の監視付きの任務が与えられるわきゃないじゃないですか。陸軍軍人でありながら、こうしたロボット工学に十分すぎるほどの知識持ってるから特別に与えられたってだけなのに、頭が悪いなんてことはないですよ」
「た、確かに……え、じゃあなんで……」
「……あ、やべ、そろそろ寝なきゃ。んじゃ、ちょっと俺は自室にこもりますゆえ。ユイさんもあまり無理せず体休めましょうね~。そんじゃ~」
「あ、はい……お疲れ様です……」
「……そんな……前に祥樹さんの言ってることと、全然違う……」
「な、なんで……?」




