第92曲 ストーカー退治?
より姉が知らない男を追いかけて走ってくる。
追いかけられている男はなんだか嬉しそうな顔をしている。でもなんか目が血走ってて怖い。
しかも近づいてきているのに勢いが衰えない! まさか飛びついてくる気か!?
予想的中。その男は両腕を広げてわたしに飛びかかってきた。
条件反射って怖いね。
脳が勝手に不審者と判断したのか、わたしは懐に潜り込みひじを男の腹部にめりこませた。そのまま勢いを利用して巴投げの要領で後ろにポイ。
もんどりうって背中を床にたたきつけられた男はそのまま腹と背中を抑えて悶絶。
「あーやっちゃったかー」
後ろから追いかけてきたより姉がおでこに手を当てて天を仰いでいる。
「な、なんだったの?」
まだ事態が呑み込めていないわたしはそう問いかけるしかない。
「そいつだよ」
何が?
「そいつがあたしに付きまとってた男だよ!」
えぇぇぇ? どゆこと? なんかわたしに向かってきたんだけど?
「ごめん、意味が分かんないから順番に説明してくれる?」
「だから元々ゆきのファンだって言っただろ? で、あの時の配信を見て同じ学校に通うあたしがお前の姉だってことを知ったわけだ」
うん、そこまでは分かった。それでなんでより姉に一目惚れしてストーキングしてるんだよね?
「そいつが言うにはあたしにも惚れたと。そんであたしと結婚すればお前も妹になって一石二鳥って理屈らしいんだがな」
はい? イミガワカラナイヨ。
大体妹ってなんだ。弟だよ。
「結局は誰が目当てなの?」
「両方。あたしが思うには主にゆき」
なんだこいつ。どういう思考回路をしてればそういう結論に至るんだ?
まだ痛みで唸っている男のそばにしゃがみこみ声をかける。
「おーい、生きてますかー?」
へんじがない、ただのしかばねのようだ。
「い、生きてます」
あ、返事した。よかった生きてるみたい。見たところ怪我もなさそうだし、大丈夫そうだ、うん。
「ゆきに会わせたらこうなりそうだからイヤだったんだよなぁ」
いやあれは正当防衛でしょ!?
いきなり飛びかかってこられたら誰でも……避けるくらいはするでしょ? 投げはしないかもだけど……。
「いきなり投げないって言ってなかったか?」
はい、言いました。ごめんなさい。
「だっていきなりのことだったんだもん……」
一応言い訳みたいなことは言ってみる。
「いきなりで投げちまうのはおまえくらいのもんだ」
返す言葉もございません。
それにしても。
「どうする? コレ」
「知らねーよ。ゆきがちゃんと話をつけてくれるんだろ」
そこまでめんどくさそうにしなくても。確かに面倒な相手っぽいけど。
とりあえず起こすか。
「ほら、男の子でしょ。いつまで痛がってんの。シャキッとしてまずは座る!」
しこたま打ち付けたであろう背中をさすってあげながら声をかけた。
「あ~ゆきしゃんのおててちっちゃ~い。幸せ~ムフフ……」
うわぁ……ぶっ叩きたい。あとゆきしゃんゆーな。
「いっでー!」
もう叩いてた。
でもおかげで目も覚めたでしょ。さっさと起きろ。さっきから人が集まってきて注目されてるぞ。
「これは失礼しました。僕は依子さんと同じファッションデザイン学科の服部半兵衛と言います」
そこは半蔵じゃないのか。竹中と混じったのか。
しかも話してみたら意外と真面目そうじゃん。さっきの『ゆきしゃん』は何だったんだ?
「ゆき、気にしなくていいぞ。コイツの本性はただの変態だから」
本性? ってことは普段猫をかぶってるってことか。
「変態とは失礼ですね。依子さんへの愛は本物ですよ。それにしてもゆきさん……フヘヘヘ」
うわぁ。これほど説得力のない愛の告白聞いたことないよ。それに最後地が出てるぞ。
こんなやつにより姉を任せるなんてとんでもない話だ。ここはビシッと言ってやらないと。
「失礼ですがそんな告白の仕方で女性が落とせるとでも思っているんですか? おまけにより姉は表情を見ればわかるように、明らかに迷惑と思っています。それでも追いかけまわすというのは、もはや愛ではなく独りよがりのエゴでしかないです。ストーキングとなんら変わりませんよ」
これだけ強く言えば少しは反省するだろう。
「あぁ、ゆきしゃんやっぱり可愛い! ゆきしゃんからのご高言、ありがたく賜りました。これは何がなんでも依子さんと結婚して、晴れて妹となったゆきしゃんを毎日愛でなければ」
ダメだこいつ。全然聞いちゃいねー。あと妹じゃねーっつってんだろ。
このタイプの変態は初めての経験だからどうしたらいいものか対処に困るな。
めんどくさいから投げちゃおうかな……。
「ゆき。ダメだぞ」
より姉に思考を読まれた。冗談だってば、そんな簡単にぽんぽん投げたりしないよ。多分。
でも話せば話すほどイライラしてきそうだし、どうやって説得しようかな……。
そうだ!
「あなた、いつもわたしの配信見てくれてるんですよね? ありがとうございます。ところでハンドルネームは?」
「Vtuberの頃からずっと欠かさず見ています! ハンネは『半蔵』です!」
かかった! ってかそっちで半蔵名乗ってるんかい。やっぱ意識してんじゃないか。
それはともあれ、これで主導権はこっちに移った。
「半蔵さんね、いつもコメントくれているのよく見てますよ。でもね、これ以上より姉につきまとうようならわたしのチャンネルに出入り禁止」
「わっつ?」
なんで英語。
「だから出禁にしますよ。もう未来永劫わたしの姿は拝めません。それでもいいですか?」
これでも引き下がらないようだったら正直手詰まりなんだけど、さぁどう出る?
ん? なんか下を向いてプルプルしてるけど、持病かなんかかな? 変な病気持ってないだろうな。
答えを待っていると突然、竹中だか服部だかが起き上がって必死な形相で訴えてきた。
「そんなの! 僕から生きがいを奪うようなものですよ! 僕はいつだってゆきしゃん一筋なんですから!」
あ~あ。とうとうボロが出ちゃったよ。まぁより姉の表情を見る限りとっくにわかってたみたいだけど。
それにしてもいい加減ゆきしゃんはやめてほしい。さっきから鳥肌が止まんない。
「本音が出ましたね。わたし一筋だって。やっぱりより姉のことはわたしに近付くための手段としか考えてないんでしょう」
しまったという顔をしてやがる。今更もう遅いよ。
吐いた唾は呑み込めない。もういい加減これで観念してくれないかな……。
「……わかりました。依子さんの事はきれいさっぱりなかったことのように忘れます」
言い方。さすがにより姉も怒るぞ。
「そのかわり!」
なんだこやつ。この期に及んでまだ交換条件とか言い出すつもりか?
「サインください」
なんだそりゃ。まぁそれくらいならいいけど。
「これを家宝にして、いつかゆきしゃんをお嫁さんにするための励みにします!」
「ぶっ飛ばすよ?」
「手間かけさせて悪かったな」
帰り道、より姉がぽつりとそんなことを言う。
もう、みずくさいなぁ。
「より姉のためだったらあれくらいどってことないよ。もっと早く行ってくれたらよかったのに」
この程度別にどってことないのに。
より姉はどこかバツが悪そうに頬をかいている。
「だってあんな変態だぞ? ゆきにあんなの見せたくねーっつーか。近寄らせたくなかったんだよ」
わたしのためか。なんともより姉らしい理由だけど。
「でもそのおかげで楽しみにしていた文化祭も来れなかったでしょ? あんなのが来てもすぐに追い出してたのに」
完全に不審者だもんね。見つけ次第追放だ。
「あ、文化祭に行かなかった理由はそれじゃねーんだ」
え? どういうこと?
あいつが関係ないとしたら来なかった理由が分かんない。
首を傾げていると、ものすごく照れくさそうな顔をしながら紙袋を渡してきた。そういえば講義が終わってからずっと持ってたね。
なんか顔が赤いけど何が入ってるんだろう。
中身を見てみると……、これは服? より姉、もしかして……。
「わたしが作った配信用の衣装。きっとゆきに似合うと思ってずっと作ってた。文化祭の日はこれの仕上げをしたくて」
「そんな急がなくてもよかったんじゃないの? 何かの記念日ってわけでもないでしょ?」
特に今日渡さなくてはいけない理由というのがわからないので率直に聞いてみた。
「年末年始は休みになるから学校の設備使えねーし、あたし来年卒業だろ? そろそろインターンシップとか始まって忙しくなんだよ。だからゆきの誕生日に渡すためには今のうちに作っとく必要があったんだ。本当はその日にわたすつもりだったんだけど、今回は心配かけたし世話にもなったからその礼だ」
真っ赤な顔しちゃってもう。せめてこっち向いて話してほしいな。
でもそっか。わたしの誕生日に間に合わせるため……。
「ありがとう、より姉! すっごく嬉しいよ! 次の配信の時にでもさっそく着てみるからね」
その気持ちがとても嬉しくて、すぐにでも着てみたい衝動にかられたけど、ステージ衣装って言ってたから配信の時までお預けだ。
より姉も満面の笑顔になってくれた。
「本当だな!? 絶対だぞ! 絶対に次の配信で着てくれよな」
なんでそんなに必死なのさ。そんなにせっつかなくてもちゃんと着るから。
それにしてもインターンか。
もうすぐより姉も社会人になるんだね。時間の経つのは早いな。
わたしの時間ももうすぐ……。
「どうした? ゆき」
少し物思いにふけっていたら顔を覗き込まれていた。近い。
「なんでもないよ! より姉はあと1年もしたら卒業なんだなと思ってさ」
じっと見つめてくるより姉。
うちの姉妹は変なとこでわたしの表情の変化に敏感だからなぁ。余計な事考えたらだめだな。
「おまえがそういうならそれでいいけどな。あーあ、もうちょっと学生やってたいなー」
時間は止めることができないからね。仕方ない。
そうやってみんないつかは大人になっていくんだ。
その中でわたしは……。
そして迎えた配信日。
「あの時やけに必死だったのはこういうことだったのか……」
ドレスっぽい生地が見えていたから安心していたわたしが迂闊だった。
隙あらば露出の高い服を着せようとして来るより姉の趣味の事をすっかり失念してたよ!
紙袋から取り出してみると出てきたのはシンプルながらも上品さの漂う黒のドレスと胸につけるコサージュ。
袖がないのはまだいいよ。だけどね……。
胸元ばっくり! 背中がら空き!
どこのハリウッド女優だよ!




