第73曲 合唱コンクール
クラスでの練習は、まずソプラノ、アルト、テノール、バスの4パートに分かれてのパート別練習から。
最初にわたし抜きで歌ってもらい、全体の雰囲気を掴ませてもらった。
みんな真剣にボイストレーニングに励んでいるようで以前より確実に声量も上がっている。すごい!
それからわたしも参加して全員の歌声を合わせる。
最初のうちこそわたしが走りすぎてしまうこともあったけど、何度か繰り返していくうちにだんだん呼吸が合ってきた。
そこからはフレーズごとの強弱やリズムなんかについて話し合っては歌っての試行錯誤を繰り返し、全体的な統一感を出していく。
もともと意識の統一は得意なわたし達。まだ入学して間もないけれど、この数か月で培ってきた友情は本物だ。
練習を繰り返していくうちに本当にみんなとひとつになれているような手ごたえを感じ始めた。
相変わらずわたしの歌声は頭ひとつ抜けているけど、みんながそれを補うかのように強弱をつけてかぶせてくるので逆にきれいなハーモニーとなって返ってくる。
練習期間は約3週間。
1週間が経つ頃には全員のレベルも相当上がっていた。
みんなわたしが教えたことを逐一実行していて、腹式呼吸や息継ぎの仕方などについてはほぼ完ぺきだ。
ボイトレや肺活量の鍛錬も欠かしていないのだろう。練習をするごとに合唱の迫力が増していくのを実感できる。
そして4パートがそろっての合同練習は最初からかなり完成度の高いものになっていた。
「これいけるんじゃねーか?」
誰かがやや興奮気味にそう言った。
「だよね!どうせなら優勝狙いたいね」
興奮が伝播する。
「でもただの合唱だけじゃ弱いよな。せっかくうちにはプロがいるんだし!」
おや? なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ。
「そうだな。ゆき会長のソロパートなんかあると迫力がとんでもないことになるんじゃね?」
やっぱりそうなるか。でもそれっていいのかな?
「わたし企業には所属してないけど、一応歌でお金稼いでるプロだよ?プロがアマチュアの大会でソロパート歌っていいものなの?」
そう言うとみんな顔を見合わせて「どうなんだろう?」という表情。
ここは音楽の斎藤先生に確認しておくべきだろう。
「問題ないでしょ」
そんな簡単に答えていいの?
「歌手っていう職業はあるけど、日本の職業に配信者っていうカテゴリはまだないからね。厳密にはプロとは言えない」
な、なん……だと?
わたしはプロじゃなかったのか……。所詮まだまだアマチュアってことか。
「先生、なんか会長ヘコんじゃったよ」
「あープロじゃないっつっても厳密にはって話だぞ。それでメシ食ってる以上は広義ではプロだろうな。法律にはないってだけで」
だよねだよね!? ゆきちゃん復活! よかった、自称プロじゃなくて。
これでもプライド持って配信活動やってるからね。なんちゃってプロなんてことになったらさすがに凹む。
「会長生き返った。でもこれでゆき会長のソロパートが作れるってことだね。先生、どのあたりがいいと思う?」
「そりゃ会長の成長を活かすならサビんとこだろ。ハイトーンボイスを会場に響かせたら大迫力だぞ」
わたしはさっきから黙って聞いているけど、やるとは一言もいってないんだよなぁ。
でもさすがに逆らえる雰囲気ではない。
また目立っちゃうんだろうな。歌で目立つ分にはまぁいいんだけどね。
「それじゃ、さっそくゆき会長のソロパートを交えて練習しなおそう!」
やる気満々のクラスメートに連行されるかのように引きずられていくわたし。本人の意向はなんら影響を与えることなくソロで唄うことが決まった。
で、結局わたしはどこを唄えばいいのか。さっきから議論は紛糾していてなかなか決まらない。
サビの部分を唄うことは決まっているのだから、最初のサビか最後のサビかどちらかに決めるだけなのに。
「しょっぱなからドカンとかましていきなり聴衆を釘付けにするほうがいい」
という意見。
「最後にインパクトを与えてその余韻を引きずったまま終わらせる方がいい」
反対意見はそんな感じ。
いやどっちでもインパクトはあると思うけど。
なんだか自分が景品にされてしまったような複雑な気分。
特賞は液晶テレビだろ!いや温泉旅行だ!みたいな。
わたしが決めていいかな?
「あのー紛糾してるとこ申し訳ないんだけど……」
「ゆきちゃんも先にサビ歌う方がインパクトあっていいと思わない!?」
「いや、余韻の方が大事だよな!?」
とばっちりきた。ぶっちゃけどっちでもなんだけど、それ言うと怒られそうだしな。
「よし、決めた。会長権限でくじ引きにします。
このまま話し合ってもきっと平行線だしね。
それにわたしはどっちに決まっても聴いてくれている人の心にひびくような歌を唄うよ」
「おおー」「さすがゆき会長」
いや、こんなとこで感心されても。
最初からこうしとけばよかったとは思うけど、わたしが関与しないうちに話がはるか先まで進んでいくんだもの。
優勝を狙いたいという話からなんでこうなったのやら。
くじ引きの結果わたしはラストを飾ることに。
いざ決まってみれば先に歌う方がいいって言ってた人も「余韻もいいかも」とか言い出すんだから。
なんだったんだあの熱い議論は。
でもとにかく方針は決まった。あとは本番に向けて練習を重ねていくだけだ。
みんなのコンクールにかける情熱はすごくて、放課後も用のある人以外はほぼ全員が残って練習しているくらい。
わたしは生徒会の仕事もあるのでずっと一緒にいることができなかった。
でも仕事がひと段落つくと先輩方が「後はこっちでやっておくから」と私と文香を送り出したりしてくれた。
こうしてたくさんの人の協力も得てほぼ完ぺきと言えるくらいの出来まで持っていくことができたころ、指導してくれていた山野先生に尋ねてみた。
「合唱コンクールって来年もあるんですよね?なんで今年はみんな自信満々でこんなに熱量が高いんでしょうね」
普通に疑問に思ったことを言っただけなのだが、山野先生に「何言ってんだコイツ」というような目で見られてしまった。
アホの子見るような目やめて?
「何言ってんだお前」
目だけじゃなく口でも言われた。
「そんなのお前がいるからに決まってるだろ。お前の存在がみんなの心に火をつけたんだよ」
わたしが?首を傾げて自分を指さすとため息をつかれた。
さっきからちょいちょい失礼じゃありません?
「自分の実力わかってないのか?そんだけ大量のチャンネル登録者抱えてて。
広沢、お前の歌には人の心を動かす何かがある。
だからみんなお前を信じて練習に打ち込むことができてるんだよ。
そこは自信を持っていいところだと思うぞ」
つまり、みんなわたしに期待していると。さりげにプレッシャーかけてきやがったなこの担任。
でもそうなるとわたしの責任は重大だな。
そこはいつもと変わらず全力を出すだけなんだけどね。
歌に関して手を抜くなんてわたしにはありえないことだ。
みんなの期待が一身にかかっていると思うと本番が楽しみになってきた。
そして梅雨も明け本格的な夏が迫るころ、合唱コンクールが始まった。
今回は学内での催しなので、競争相手は同じ学校の生徒だけだ。
でもこれだけ練習したんだ。どうせなら県大会、その上の全国まで目指してみたい。
実際にコンクールが始まってみると、他のクラスとの実力差は明らかだった。
全校生徒を余裕で収納できる広さを持った講堂が狭く感じられるほどの歌声が聴衆の鼓膜を震わせる。
わたしのソロパートなんてなくても圧勝といえるくらいに素晴らしいアンサンブル。
ただわたしがいなくても圧倒的だからと言って自分のパートで手を抜くなんてことをするわけがない。
合唱で聴衆に十分な衝撃を与えた後、本気で唄うわたしの声でトドメだ。
聴衆はしばらく声も出せないほどの衝撃をうけていたみたいだけど、やがて万雷の拍手でその出来を讃えてくれた。
当然のようにコンクールの金賞は我がクラスに授与された。
次は県大会だ!




