第62曲 風紀委員参上!
春の陽気な空気が爽やかな早朝。
校門前に立つわたしと、眠そうな谷村副会長。
そして威風堂々と仁王立ちしている2年生の風紀委員長の御手洗薫先輩と風紀委員たち。
「おはようございます!生徒会長の広沢悠樹です!気軽にゆきと呼んでくださいね!今日はよろしくお願いします」
こちらは1年生ということもあり、先輩の顔を立ててこちらから元気に挨拶をした。
しかし、御手洗先輩はこちらを一瞥したものの、返事はない。
おやおや?
なんだか敵視されている感じ?
はじめてレイラさんと会った時のあの視線を思い出した。
「御手洗委員長!まだまだ若輩者ですのでご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いしますね!」
ダメ押しでさらに下手に出てみた。
するとようやくこちらに向き直り、わたしの顔を正面から見据えてきた。
ちゃんとわたしの顔を見たのは初めてなのか、一瞬目を瞠っていたけどすぐに表情を引き締めてきっぱりと言い切った。
「あなたが噂の1年生で会長になった広沢さんですね。
先に行っておきますが我が校では伝統的に生徒会と風紀委員は犬猿の仲なんです。私どもも慣れあうつもりはありませんのであしからず」
慣れあうつもりがないのはいいとして、その理由が「伝統的」ねぇ……。
ま、今日は顔合わせみたいなものだしことを荒立てる必要もない。
そんな「伝統」なんて気にもしないけど。
「そうですか!それではこれから仲良くやっていきましょう!
さっそく生徒が登校してきたようなので業務に映りましょうか。
よろしくお願いします」
あえて仲良くしましょうとわたしが言ったことに面食らったような顔をしていたけど、今は無視無視。
とりあえず目の前の仕事に集中する。
登校時間なんてそんなに長いものではないのですぐに予鈴が鳴り、遅刻者の処理は生活指導の先生に任せてわたし達は撤収。
「今日はどうもありがとうございました!初めての業務、とても参考になりました。ありがとうございました!」
こちらは友好的なムードを崩さずフレンドリーに話しかけたが、御手洗先輩はまたしても一瞥をくれただけで返事はなし。
そのまま立ち去ってしまった。
こりゃ、結構根は深いのかな?
また一緒に仕事をする機会はあるだろうし焦らずとも今は様子見でいいだろう。
そう思っていたら意外と早くその機会は訪れた。
しかもけっこう大きめの事件となって。
2年生のあるクラスでいじめが発生していることが発覚。
生徒会と風紀委員合同で調査と聞き取りを行うことになった。
「役割分担としてはどうしますか?」
生徒会と風紀委員の合同会議で聞き取り調査をすることが決定したのでそれぞれの担当を決める必要があるだろうと思い尋ねてみた。
返ってきた答えはある程度想定内。
「風紀委員で加害側の聞き取りと処分を決めますので、生徒会のみなさんは被害者の方でも周囲の方でも好きな人に聞き取りをされればいいですよ」
はい協調性ゼロいただきました。
この異常なまでの敵意の根源はどこから湧いてきてるのだろう。
「処分まで風紀委員が決定する権限を持っていると?」
気になった点を聞いてみた。
すかさず御手洗先輩の視線は鋭くなり、食らいつかんばかりの勢いで反論してきた。
「処分の提案をして職員会議に提出するのです!生徒会の出番はありません!」
あ、これ図星突いちゃったやつか。
そりゃそうだよね。決定権まで与えてしまったら強権すぎる。
「生徒会にも提案をする権利はありますので。聞き取り調査を行った後でまた話し合いましょうか」
正直何を言っても平行線にしかならないだろう。
無理筋な話を延々と続けるくらいなら撤退に限る。
三十六計逃げるに如かずってね。
それにしても気になるのは被害者側の聞き取りをする気がないってところだ。
原告不在の裁判なんて聞いたこともない。
最初から有罪確定で話を進めようとしているようにも思える。そんなことをしてしまったら中世魔女裁判と変わらない。
推定無罪の原則からも外れている。
とりあえず話を聞かないことには判断のしようもないので、谷村先輩とともにさっそく当該クラスへ聞き取りに向かうことにした。
「以前は仲が良かった?」
周囲の人たちにまず聞き取りを行ったところ、皆が口を揃えてそう言ったので少々驚いた。
もともと被害者の方も加害者側のグループの一員でしかもリーダー格の一人だったという。
以前はよく一緒につるんでいて遊びに行ったりもしていたらしい。
それがある日を境に敵対するようになり、数で勝る加害者側の一方的な暴力につながっていったとか。
「これって本当にいじめなんですかね」
谷村先輩にそう尋ねると同じ意見のようで「怪しいもんだ」という答えが返ってきた。
ちゃんと調べてみればもっと単純な問題のような気がする。
ここは本丸を攻めるしかないな。
被害者の先輩の名前は鬼嶋というらしい。どこにいるかを尋ねてみたらいつも校舎屋上にいたというので早速赴いた。
屋上のドアを開けて見まわすとちょうど隅の方でフェンスにもたれかかり下を見下ろしている生徒を見つけた。
多分あの人かな。
「あの、すいません。鬼嶋先輩で間違いないですか?」
「ん?あぁ、会長か。俺に何か用か?」
わたしのことは知っていてくれたみたいで話が早くて助かる。きっと目的も察しがついているだろう。
「いじめがあったという報告があったので生徒会の方でも調査しているんですよ。それで、被害を受けた鬼嶋先輩にも話を聞いておかない取って思いまして」
わたし達は別に警察官じゃないので、取り調べするわけじゃない。
なのでフレンドリーに接しているのだけど、どうにも鬼嶋先輩を最初に見た時から違和感がぬぐえない。
この人、武道やってるよね。
それなりの実力もあると思う。
そんな人がいじめの被害者?
回りくどい話をしても仕方がないので、直球勝負に出ることにした。
「どこの道場で習ってるんですか?」
驚いた顔をしているので意味が通じたようだ。私の予測は間違ってなかったみたい。
「なんでわかるんだ?」
「わたしも少しは武道をかじっていますから。体つきや歩き方、立ち方なんかである程度は分かりますよ。多分空手じゃないですか?」
珍しいものを見るような目でしばらく観察されてしまった。
なんかヤダ、この沈黙。
「何がちょっとかじっただ。そんなことわかるなんて相当な実力がないとできねーだろ」
笑いながらこっちに近づいてきた鬼嶋先輩。
わたしの前へあと数歩というところまで来た瞬間に正拳突きを放ってきた。
わずかに体をひねるとわたしの顔のすぐ前を拳が通り過ぎていく。伸びた腕を両手でつかみ、勢いを殺すことなくそのまま地面に組み伏せた。
「いててて!悪かったって!ちょっと試してみたかっただけだから!」
嘘つけ。本気で拳突き出してきたくせに。
わたしが手を離すと鬼嶋先輩は肘をさすりながら立ち上がる。手加減はしたからちょっと痛いだけでしょ。
「そーいや、前に会長の姉ちゃんが言ってたこと思い出してな。「うちの弟の強さは本物」って言ってたからよ。どんなもんなのかなってな」
話し方まで真似しなくても。おかげであか姉だってすぐわかったけど。
「まぁ今のでとんでもねーバケモンだってことは分かったけどな。あんな最小の動きでいなされるとは俺もまだまだだわ」
朗らかに笑ってる場合か。
「こんなとこで暴力沙汰起こしてどうするんですか。鬼嶋先輩まで停学になっちゃいますよ」
停学という言葉にピクリと反応した鬼嶋先輩が詰め寄るようにして問いただしてきた。
「待てよ、あいつら停学になるのか?」
まだ確定したわけではないけど、鬼嶋先輩から話を聞こうともしない風紀委員のやり方から見ても最初からいじめと断定して処分しようとしているようにしか見えない。
今の時代、いじめはけっこう問題視されるので停学は免れないだろう。
「まだ決まったわけじゃありませんけど、このままではおそらく」
わたしがそう答えると鬼嶋先輩の表情が歪んだ。
大体真相が分かってきたわたしは問い掛ける。
「どうします?放っておけば停学になるでしょうけど」
じっとわたしの顔を見つめてくる鬼嶋先輩。なんだか値踏みされているようだ。きっとわたしが信頼に値する人間かどうか考えているんだろう。
「俺が本当のこと全部話したらあいつらの停学を止めてくれるか?」
「必ず」
わたしが即答したことで信頼できると判断したのか、鬼嶋先輩は本当のことを話してくれた。
全部聞き終わったわたしが最初に思ったこと。
くだらねー!
そんなことが原因でここまで大騒ぎにする!?
思いっきり脱力しているわたしを見て鬼嶋先輩もそのくだらなさに気が付いたのか、頬をかきながら弁明してきた。
「いや、俺も最初はここまでの騒ぎにするつもりはなかったんだよ。でも引っ込みがつかなくなったってゆーか寄ってたかってってところが頭にきたとゆーか」
「それにしたって下らなさすぎます!ほんと男ってしょーもないプライドだけは高いんだから。はぁ~」
もうため息しか出ない。でもまぁこれを報告すれば大ごとにはならずに一件落着かな。
「会長、実は女なのか?」
「男ですよ!」
そういう意味じゃないっての。
「鬼嶋先輩も反省文の提出くらいはあると思うんでちゃんと書いてくださいよ」
「めんどくせーな。でもわかったよ」




