第57曲 新天地!
「あか姉!ちゃんと約束果たしたでしょ!」
高校の入学式が終わって自宅に帰ってきたわたしは開口一番そう報告した。
わたしが他の高校にいってしまうんじゃないかって一番心配していたのがあか姉だからだ。
そしてわたしはこの春、無事にかの姉とあか姉が通う学園に合格して今日が入学式だったわけだ。
「ゆきー!」
わたしの胸に飛び込んでくるあか姉。
「ぐふっ」
だから勢い……。
嬉しそうにスリスリしてるからまぁいいか。
「今日はゆきちゃんの入学祝をしないといけませんね」
かの姉もご機嫌だ。
合格したときもみんなでお祝いしたいと言ってきたけど、わたしが固辞したのだ。
チート能力で合格したわたしとしてはどうもそのことで祝ってもらおうという気になれなかったから。
でも今日は入学祝いだからいいよね。
お祝いってことはケーキも食べられるし!
「ゆきちゃんおめでとう~」
それに対してどうにも覇気がないひより。
一番下だからひとり取り残されてしまうのはどうしようもないとはいえ、お兄ちゃんとしては可哀そうだし心残りでもある。
「ありがと。でもひより本当に大丈夫?来週からひとりでちゃんと行ける?」
「いくらなんでもそれは大丈夫だよ。小学生じゃないんだから。でもゆきちゃんいないのが寂しい~」
しょぼくれたまま脇腹に顔を埋めてスリスリしてくる。猫だな。
試しに喉をこしょこしょしてあげたら心地よさそうにしてた。やっぱ猫だ。
「猫扱いするなー!」
あ、怒った。でも気持ちよさそうにしてたじゃん。
なにはともあれ無事入学できたことだし、今日からわたしも高校生だ。
花の男子高校生ですよ。
いよいよやりたいことができる。
とはいえ、それができるようになるのは2年生になってからだと思っていたんだけどね。
ところが新生活初日、始業式の日に思わぬ話が転がり込んできた。
生徒会長選挙のやりなおし。
通常この学園では毎年12月に選挙が行われ、次の1年の会長が決まる。
そのため新入生が生徒会長を務めるのは不可能だった。
しかし、今年生徒会長をするはずだった生徒が家庭の事情で引っ越し。別の学校に編入してしまったのだ。
おお、なんというご都合主……偶然というか幸運なんだろう。
このチャンスを逃す手はない。
わたしの所属するクラス1年1組の担任、山野健介先生に頼んですかさず立候補の手続きを取ってもらった。
最初は1年生の生徒会長は前例がないという意見もでたそうだけど、そこはさすが公に生徒自治を謳う学園。
生徒の投票に任せてみようということになったらしい。
すると必然的に必要になってくるのが選挙活動と演説の作成だ。
選挙活動については同じ中学から進学してきた文香と穂香、それに木野村君と田村君が手伝うと申し出てくれた。
演説については当然のごとく自分で考える必要があるけど、心配はしていない。
人間本音で真っすぐぶつかればどうにかなるもんだ!
何も考えていないだけとか言うのはナシ。
生徒会長を長期間不在にしておくわけにもいかないので、選挙自体はすぐに行われた。
しかしここで予想もしていなかったことが起こってしまった。
わたしが立候補したことを知った他の候補者たちが全員立候補を取り下げてしまったのだ。
入学前からかの姉とあか姉が人気配信者のYUKIが入学してくるということを宣伝というか自慢しまくっていて、入学した時点でわたしは既に相当な有名人だった。
そんなわたしを相手に争いたくないという理由らしい。
そんなこともあって、今回行われるのは生徒会長選挙ではなく信任投票になってしまったのだ。
それでもやはり演説は必要だ。最悪のケース、おかしな人物だと判断されれば不信任されて落選ということもありえるとか。
そして迎えた信任投票当日。
全校生徒が体育館に集まり、期待感と興奮で空気は熱気に包まれている。
やがて生徒会長信任投票の開始が宣言されると、その熱気はさらに高まっていった。
「それでは生徒会長立候補者の1年1組、広沢悠樹君。壇上までお願いします」
「はい!」
わたしが立ち上がり壇上に向かって歩き出すと、どよめきと歓声が入り混じった。驚きと歓喜の交錯。
「噂通りめちゃくちゃきれいだな!」「細い!足長い!本当に男子!?」
あぁ、懐かしいなこの感じ。
中学に転入したときもこんなんだったっけ。
壇上に立ち、全体を見渡すと生徒一人一人の表情まで良く見えた。
好奇の目で見るもの。期待に満ちた眼差し。胡散臭いものを見るような目も混じっている。
すぅっと息を吸い込み、全体に声が良く通ることを意識してわたしの演説は始まった。
「みなさんおはようございます。今回、生徒会長に立候補しました広沢悠樹と申します。
配信者をやっているので中にはわたしのことを知っている人もいるかと思いますが、友達や家族からは「ゆき」とか「ゆきちゃん」って呼ばれています。
みなさんも当選したあかつきには気軽に「ゆき会長」と呼んでください!」
笑い声が起きる。自分でゆき会長はおかしかったかな?
生徒たちの間から質問の声が上がった。
「女の子?いえ、れっきとした男の子ですよ!
BLの可能性?ないない、ないよ!そこ、残念そうにしない!
胸?Cカップだよ!ホルモンの関係でこーなったの!赤くなるなら聞くな!
てゆーかなんで質疑応答になってんの!」
さらに笑い声が多くなる。
なんでそっち方面ばっかり興味を持つのか。
軌道修正して演説に戻す。
「オホン。わたし個人の話はそれくらいにして。
みなさん!ハッキリ言ってこの学校居心地良くないですか?
校則はゆるめだし、先生方も優しくて話をよく聞いてくれる。あんまり個人には関係ないけど伝統だってある。
でもね!伝統があるっていうのは素晴らしいことだけど、その反面もったいないと思うことありませんか?
たとえば学校のイベントでこんなことやりたいなって思っても「このやり方がうちの伝統だから」って流されたり。
せっかく画期的なアイデアが出てきても伝統というものが逆に足枷になって消え去ってしまうこともあると思うんです。
でもわたしが主催する生徒会ではどんな些細な意見も、たとえ一見馬鹿げたような意見でも決して無視することなんてありません!
生徒会専用の匿名投稿可能なSNSを設置します!そして寄せられた意見は全て拾って議題にかけます!
わたしが生徒会長でいる間は「言いたいけど言えなかった」なんて人を絶対に作りません!
例えば学内にある自動販売機のドリンクを全部100円にしたりとか!
例えば地域を巻き込んだ壮大なイベントを企画したりとか!
予算などを考えると無理な話に聞こえるかもしれませんが、割と本気で考えています。
一見無理そうなことだって、見方を変えれば実現できるかもしれない。
常識や伝統にとらわれて最初からあきらめてしまうのはもったいない!
学園祭も体育祭も、他のイベントだってもっと生徒の自主性と創造性を尊重して、最高に盛り上がるものにしましょう!
この学校にしかできない、わたし達にしかできないものに!
去年がこうだったからはもういらない!わたし達はわたし達自身の手で学園生活を作っていくんです!
この学校で過ごしていくのはわたし達なんだから!
もしご要望があるなら、わたしも歌って踊っちゃいますよ!」
ここで笑顔のピースサイン。
すると体育館全体から大歓声が上がった。
そんなにわたしの歌声を聞きたいと思ってくれてるのかな?
それだけ期待されると嬉しいな。
「みんなありがとう!リクエストにはちゃんと答える生徒会長になります!
高校生といえば思春期最後の学生生活。
勉強だってもちろん大切だけど、せっかくの青春時代をしっかりと謳歌して一生記憶に残るものにしましょう!
人生は20歳までに体感時間で一生の3分の1が過ぎてしまうらしいです。
わたし達は今、そんな大切な時間を生きている!
高校生活はその中でも特に貴重な3年間!
その少ない時間をもっと有意義に過ごせるように。
毎朝来るのが楽しみになるような学校生活を送れるようわたしがサポートします!
今もし楽しくないと思ってる人がいたらいつでも生徒会室で待ってるから!
もし来る勇気がないならわたしの方から見つけてみせる!
わたしはたった1人の生徒でも見捨てたりなんかしない!
わたし達はもっと高校生らしく、若者らしく!
馬鹿みたいに笑って。
もっと無茶して。
もっと泣いて。
もっと自由に!
自分らしく生きていいんだ!
この学校に来てよかった、生きていてよかったってみんなが思えるように全力で支えていきます!
だからみんなの一票と協力をわたしにください!
わたし1人ではできないことでも、みんなで力を合わせれば先生たちが驚くようなことを実現させることだってできます!
1人の力には限界があります。でもそれを束ねることによって大きなうねりを作ることだってできるんです。
わたしはみなさんひとりひとりと向き合い、全力を注ぎます!皆さんも少しだけでもいいからわたしに力を貸してください!
わたし達全員の力を合わせてこの学校をよりよい場所にしましょう!
こんなわたしですが、何卒よろしくお願いします!」
「これは投票するまでもないですねぇ」
山野教諭が言い、校長と顔を見合わせ苦笑する。
それくらい圧倒的な量の拍手と大歓声に包まれて所信表明演説は終わった。
「全校一致じゃないですかね?教師生活もずいぶん長くやってきましたがこんなの始めて見ましたよ」
校長も目を細めてまぶしいものを眺めるかのように壇上に立つ生徒を見ている。
「これは我々もこれから忙しくなりそうですね」
周囲の教師陣も校長と山野教諭の会話を聞いて微笑んでいる。
壇上に立ち笑顔で手を振っているあの人物には人を惹きつける何かがある。
彼の熱意にこたえるかのように、生徒たちの歓声と拍手はいつまでも鳴りやまない。
学園の歴史に残るような生徒会長が誕生したかもしれない、そんな予感がする光景だった。




