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雪の精霊~命のきらめき~  作者: あるて
第1章 充電期間

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55/74

第55曲 救いの歌

作中歌

「君の痛みを奪えないから」

蒼狼(あおかみ)ルナ【Official】

https://youtu.be/yreXKXtu5xI?si=lnoAXieMkjs_YXEv

 家に帰ると予想通りというか、当然というか姉妹たちに囲まれてしまった。


 ひよりは帰り道でちゃんと説明したのになぜどさくさに紛れてがっちり腕をホールドしてるのかな?嬉しそうな顔しちゃってまぁ。


「みんな心配かけてごめんね。学校で保健の先生に叱られちゃったよ。でもおかげで自分の限界も知ることができた。もうわたしは大丈夫だよ!」


 3人揃って心底ホッとした表情。それだけ心配かけてたんだね。


 ごめんね。……みんな大好き!


 感極まってしまいみんなまとめてハグ!


 こういう時はもうちょっと体が大きかったらよかったのにーって思っちゃうんだよね。


「あ~やっぱりゆきちゃんはこうでないといけませんわ~」


 うっとりしてるねかの姉。お待たせしてごめん。


「ゆき。心配した」


 そうだよね。もう大丈夫だよあか姉。


 だから泣かないで。


 最近泣き虫になっちゃったね。ごめん。


「ちょっと悔しいな。ゆきを元気づけるのはあたしらの役目だって意気込んでたんだけどな。先を越されちまったか」


 冗談っぽく言ってるけど本当にそう思ってくれてたんだってわかるよ、より姉。


 ありがとう。


「そんなことないよ。みんながいたから昨日の出来事に耐えられたんだから。みんなが居なかったらきっと今頃寝込んで学校にも行けていないよ」


 これは本心だ。どうにか平静を保っていられたのは姉妹がいたおかげ。


 逆説的だけど、たとえ崩れてしまっても支えてくれるという安心感があったから持ちこたえることができた。


 誰もいなければ食事も喉を通らなかったことだろう。


「まだまだわたしは未熟だから。たくさん心配かけちゃったね。ごめんね」


 さらに腕に力を込めると「苦しい~」と顔まで潰されてしまってるひよりから苦情が来たので解放してあげる。


 そんな下の方でしがみついてるからでしょ。


 リビングに移動するとちょうど例のニュースが流れていた。


 一瞬みんながわたしの方を気遣う視線を送ってきたけどもう大丈夫。


「心配しなくてももう大丈夫だから。それよりもさ、亡くなった子のために何かしてあげられることってないのかな……」


「あの子、このみちゃんって言ったか?」


「うん、あの子のお母さんがそう言って呼びかけてるのを聞いてたから」


 みんなでうんうんと唸りながら頭をひねるもののなかなか妙案というのは都合よく湧いてきてはくれない。


 なんでも直感で片付けてしまうメガネの万年小学生名探偵は現実にはいないものだ。




 浮かばないものは考えていても仕方がないのでとりあえず食事。


 食事と後片付けを終えて、昨日サボってしまった動画投稿のためスタジオに下りていく。


 機材をセットしてさぁ歌声を録音しようとした時に思いついてしまった。


 来たよご都合主義の神様!わたしってば冴えてる!


 わたしには歌があるんだからそれを使わない手はない。


 さっそくとばかりに今日の録音をきっちりと済ませてしまう。やることがあってもみんなに届ける歌に手抜きはしません!


 そして曲作りにとりかかり、頭をフル回転させる。


 考えること数分。


 おかしい。


 何の歌詞も曲も浮かんでこない。


 思い浮かぶのはAEDの衝撃音とあの子の「お母さん」という言葉ばかり。


 いつもの調子が全く出ない。


 調子が良ければ2日で1曲くらいは完成させるというのに。


 自分の心の中を覗いてみても、もう引きずっている痕跡はない。


 なのに何も浮かばない。こんなの初めてで戸惑ってしまう。


 こうしてわたしは初めてのスランプに直面することとなってしまった。




 丸2日考えても何も浮かばず迎えた土曜日。


 今週は諦めるしかないかなと思って配信準備を始めるとすでに同接が230万。


 はぁ!?


 またチャンネル登録者数超えてるし。これってきらりさんとのコラボの時以来?


 コメ欄も開始前から大賑わい。話題はもっぱらこの間の通り魔事件の事。


 やっぱりそうだったか。チャンネル登録者数もすごい勢いで増えていってる。こりゃ200万超えるな。


 やがて待ち時間が過ぎて配信開始。開始と同時にコメント欄は質問の嵐!


 だぁー!ちょっと待って!答えてる暇がないよ!


 しゃーない。不作為に抜き出した質問へ答えていくか。


「えっと何々?格闘技やってますか?そうだよ。柔道と合気道で初段。空手は少しかじっていてアメリカではマーシャルアーツを習ってたかな」


【その華奢な体で!?】【でもあの動きは尋常じゃ無かった】【しかも有段者だったか】【納得】【初段どころじゃないでしょ】


 やはりあのニュースは相当な衝撃を与えたようだ。


 そして驚いたことに、海外からのリスナーさんもちらほら混じっていた。


 なんでもあのニュースはアメリカやヨーロッパをはじめとした海外でも広く報道されており、美少女配信者『ニンジャ・ガール』としてめちゃくちゃバズってるらしい。


 わずか3日で再生回数1億回突破というのだから海外での人気ぶりもうかがい知れる。


 ときどき外国語で話しかけられるので、英語には英語で返事をしたりしていた。


【そういえば帰国子女だった】【めっちゃ流暢】【ほんと何でもできるな】と感心されていたのだけど、次に来た海外からのリスナーさんに返事をした時にコメ欄が騒然となった。


「グーテンアーベント!」


【え?今の何語】【なんかドイツ語っぽかったけど】【ドイツ語でこんばんはだね】【え、ゆきちゃん英語だけじゃないの?】と驚愕のコメントが並ぶ。


 あ、そういえば言ってなかったな。


「ドイツ語だよ!他にも韓国語、中国語、フランス語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、オランダ語、デンマーク語、ロシア語、アラビア語が話せるかな」


 他にも覚えたい言語はあるけど、行く予定もないからいいかと後回しにしてたんだけどな。


 こうやって海外から見に来てくれる人がこれからも増えていくならもうちょっと覚えておいた方がいいかも。


【うそ……だろ?】【どんだけ天才なんだよ】【何リンガルっていうの?】【そこまでいくとマルチリンガルだよ】【いくつ話せるの?】


 また質問が相次ぐ。


「えっとちゃんと話せるのはさっき言ったやつだから、あと英語と日本語を合わせて14か国語かな。

 他にもスウェーデン語やノルウェー語なんかも少しはわかるよ。

 でも海外からのリスナーさんも増えそうだし、中東やアフリカ、東南アジアなんかの言語も覚えておいた方がいいかなぁ」


 しばしの沈黙。何も知らない海外のリスナーさんだけがコメントしてくるのでそれぞれにその国の言葉で返していると一気にコメ欄が動き出した。


【いやいやいや】【そんな「ちょっとレシピ増やそうかな」みたいなノリで言うこと?】【頭の作りどうなってんの?】


 そんなこと言われても……。


 確かに人よりも記憶力のいい自覚はある。なんせチートだし。


 いいことばっかりじゃないんだけどね……。


「けっこう勉強はしたからね!努力の量なら誰にも負けないよ!」


 とりあえず誤魔化しておこう。


 それに今日の目的はそれじゃないしね。


「それよりさ、こないだの事件のことなんだけど……みんなに相談があるんだ」


 わたしはチェアーに体育座りをしてリスナーさんたちに呼びかける。


「少しね、悩んで、苦しんできつかったことがあってさ。

 みんなもニュースを見たから知ってるとは思うけど、あの日被害者は重傷1名死亡1名ってなってたでしょ。

 亡くなった子は小さい女の子だったんだけどさ、わたしが到着したときにはすでに心肺停止状態だったからAEDを使って蘇生処置したんだよ。

 そしたらね。また心臓が動いてさ。ちゃんと息もして声も出してたんだ。

 でも結局亡くなっちゃった。

 わたしがやったことは結果的にその子が痛みに苦しむ時間を延ばしただけなんじゃないかなって思っちゃって」


【ゆきちゃん……】【できることをやったんだからさ】【そんな風に考えないで、悲しいよ】


 励ましのコメントが並ぶ。


「みんなありがとう。事件そのものはもう気持ち的に乗り越えることはできたよ。

 ただ結果的にわたしが苦しませてしまったあの子のために何かしたいんだ」


 またたくさんのコメントが流れていく。


 励ましの言葉だったり、追悼の歌を唄おうだったり。


 でもその歌ができなかったんだ……。


 そうして流れていくコメントの中にある一文を発見してわたしはモニターに食いついた。


【びっくりした】【ゆきちゃんどうしたの】【ゆきちゃんドアップ】【かわいい】


 またコメントが流れてあっという間に消されてしまったけど間違いない!


「ちょっとみんなごめん!コメント少しの間だけ控えて!」


 ぴたりと止まるコメント。こういう時にすぐにお願いを聞いてくれるのがわたしのリスナーさんたちの特徴。


 とても優しい人たちだ。


 珍しく何も流れてこない画面を凝視しながら、わたしは緊張した声でゆっくりと問い掛けた。


「もしかして、あの亡くなった子のおかあさんですか?」


 しばしの沈黙。きっと今頃タイピングをしているんだ。そう信じてる。


「はい、このみの母です」


 やっぱり!見間違いなんかじゃなかった!


 でも少し怖い。文句を言いに来たのかな。


 結果助からなかったこと、中途半端に覚醒させたおかげで苦しみが長引いたこと。


 そばでそれを見ていたお母さんはさぞかし辛かっただろう。


「ごめんなさい!わたしのせいでこのみちゃんを余計に苦しませることになってしまって……」


 それ以上言葉が出てこない。心が痛い。


 それほど経たないうちに【それは違います】とモニターに表示され、目を瞠る。


 何が違うの?結果的に亡くなってしまったんならあのまま逝かせてあげた方がよかったんじゃ……。


【あなたのおかげでこのみにお別れを言うことができました】


 …………。


【このみは「お母さんごめんね」と言っていました。でも微笑んでいました】


 このみちゃん……。


【なんの前触れもなく突然理不尽に命を奪われかけたところを、あなたのおかげでお別れする時間をいただけたんです】


 お別れの……時間……。


【わたしはあなたに感謝しています。きっとこのみも】


 感謝……。


【だから上を向いてください。歌ってあげてください。このみのためにも天まで届くような歌声をお願いします】


 言われた通り上を向いた。天に昇ったこのみちゃんを仰ぎ見るように。そして涙がこぼれないように。


 しばらく目を閉じたままそうしていた。


 だけど次に前を向いた時には、わたしの心に決意が生まれていた。


 そうだ。とってつけたようにこのみちゃん個人に向けた歌を作ろうとしたっていいものができるわけない。


 歌はみんなに届けるものだ。


 このみちゃんを思って歌うことでいろんな人の心へ届くように。


 だったらすでに持ち歌の中にあるじゃないか。


 あれを歌おう。このみちゃんへの追悼の気持ちを込めて。


 このみちゃんはこの世にはいない。


 もう会えないけれど心だけは寄り添ってあげられるように。


「わかりました。歌います。お母さんも、天国のこのみちゃんに届くように歌いますので聞いてください」


 マイクを持ち、少し後ろに下がる。


 ダンスは踊らない。追悼の意を込めて歌うのに踊りはいらない。


「それではきいてください。『君の痛みを奪えないから』……いつまでもこのみちゃんの心に寄り添っていられますように」


 天まで届けと、声を張り上げて歌い上げる。


 天国のこのみちゃん、きいてくれているかな。




 歌い終わり、1分間の黙祷。


 ありがとう、このみちゃん。わたしもっと強くなるよ。


 あなたみたいな子をこれから一人でも多く救えるように。


 深々とお辞儀をしてモニターの前に戻るとコメントが溢れかえっていた。


【泣いた】【涙がとまらない】【絶対に天国まで届いてる】


 感動に包まれたコメント欄。


 その中にしっかりと見つけたこのみちゃんのおかあさんのコメント。


【ありがとうございます。きっとこのみも喜んでいます。これからのご活躍、応援させていただきます】


 こちらこそありがとう……。




 この配信は感動を呼ぶ神回としてとてつもない勢いで世界中に拡散し、チャンネル登録者が世界中から集まり爆増。


 ついに300万人を突破した。




 そして間もなくわたしは中学卒業を迎える。

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