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雪の精霊~命のきらめき~  作者: あるて
第1章 充電期間

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第53曲 支え

 翌日、少し寝坊してしまったわたし。


 リビングに下りていくといい匂いがする。


 誰だろうと思いキッチンを覗くとお母さんが立っていた。


「あれ?まだ起きる時間には早いでしょ?」


 わたしの問いには何も答えずにお母さんが口にしたのは昨日の事だった。


「夜に依子から全部聞いた。あなたのことだから平気な顔して朝ごはん作りにくるんだろうなとは思ってたけどね」


 なんで勝手に見抜くのよ。ってお母さんだもんね。


 わたしも黙ってお母さんの隣に立ち、頭をその腕に預けた。


「あなたは甘えたい時いっつもこれね。本当に甘えかたがへたくそなんだから」


「わたしはこれがいいの」


 朝ごはんのいい匂いが立ち込めるキッチン。わたしとお母さんがいるけど静かな空間。


 すごく落ち着く。あの時の天使様は今も健在だ。


 ふいにポンポンと背中を叩かれた。なに?


「依子もひよりもね、泣いている時はこうしてあげると泣き止んだのよ」


「わたし泣いてないよ?」


 おかしなことを言う。わたしはただ甘えていただけ。


「そうね、あなたは泣いたことなんてないもんね。表面上は。でも心のほうは?」


 心臓をきゅっと握られたような気になった。


 痛いとこ突いてくるな。でも悪い気分じゃない。


 わたしはまた何も答えず、お母さんの腕に顔をグリグリしてやった。


「こそばいってば。……ゆき、お母さんは何も言わないけどいろんな人の言葉を聞いておいで。

きっとみんなゆきのこと考えてる。いろんなことを言われると思う。

そんな言葉をたくさん聞いて、あなたなりに真摯に向き合って考えてみなさい。

それでも結論が出ない時はお母さんがまたいくらでも甘えさせてあげるから。」


 真面目な顔でしっかりとその言葉を受け止め、黙ってうなずく。まだ背中ポンポンしてるし。


「泣きたかったらいつでも胸を貸してあげるからね」


 冗談めいた仕草でわたしを抱きしめようとするお母さん。


「ん、今は大丈夫。じゃあ朝ごはんはお母さんに甘えてもう少し横になってていい?」


「お母さんたちが家を出る時に起こしてあげるから。依子たちの事はお願いね」


 その言葉にうなずいてわたしは自室へと戻り、ベッドへと倒れこんだ。


 正直とても助かった。あの子のことがいまだに頭から離れない。


 わたしは一体何をしたんだろう。もっと他にできることがあったんだろうか。


 こんな調子ではちゃんとした朝ごはんを作れたかどうかも怪しい。


 きっとそれも分かった上でお母さんはいつもより早起きしてきたんだろう。まったく、敵わないな。


 そんなお母さんに感謝しつつ、自分の気持ちを整理させたくて自室へと戻った。




「ゆきくんはどうだった?」


 旦那が起きてきて開口一番聞いてきたのはそのこと。


「平気そうな顔してたけどね。あれは相当堪えてるわ。今までで一番じゃないかしら。それより起きてきて最初に言うのがそれ?」


「ごめんごめん、気になってたものでね。おはよう」


 うちでは挨拶徹底!それは親でも変わらない。


 むしろ親が率先してやらないと子供の手本にならない。


「よろしい」


 笑顔でそう答えたのに旦那の顔はまだ真面目くさっている。ゆきの事が気がかりらしい。


「ほんと子煩悩なんだから。本当言うと今日は学校を休ませようかと悩んだくらいにはわたしも心配してる。でもそれじゃ解決しないから」


「そうだね。今はいろんな人の反応を見てみるのもゆきくんにとってはいいかもね。辛い思いもするだろうけど」


 旦那の言うとおりだ。


 ゆきのことだからきっと悩み苦しむかもしれない。


「でも今は大丈夫だって信じてあげるわ。きっと乗り越えてくれるってね」


「そうだね。でも本当にどうしようもない時は……」


「その時は親の出番でしょ」


 そう告げると旦那は微笑んでくれた。


 どうやらわたしの言いたいことがちゃんと伝わったようだ。


 最初は複雑だったけど、この人と一緒になってよかった。子供たちにとっても。



 

 ベッドに横たわっているからといって眠れるはずもなく、思考の泥沼にはまり込んでいたら部屋のドアをノックされた。


 この家でわたしの部屋のドアをノックするのは両親しかいない。


「お母さんたちもう出かけるからね、あとよろしく」


「はーい」


 ドア越しに交わされる会話。


「行ってきます、気をしっかり持つようにね」


 珍しくお父さんが声をかけてきた。


 2人とも気にかけてくれてるんだな……。


 いつまでも心配をかけていられない。わたしの使命感はこんなことで折れたりしない。


 よっし!みんなを起こしに行くか!




 今日は誰もぐずぐず言わず、すんなり起きてきた。はぁ。


 まだ気を遣わせちゃってるなぁ……。


「みんな暗いよー。朝なんだから元気出さないと!一日が暗くなっちゃうよ」


 みんながじっとわたしの顔を見てる。


 わたしの本当の気持ちを探ろうとしてるな、これは。


 でも。気持ちの切り替えは得意なんだよ。


 いつもの笑顔を見せると少しは安心したのかみんなの表情もちょっとだけ明るくなってくれた。


 でもいつもと違うことがひとつだけある。


 誰もテレビをつけようとしない。


 いつも朝の占いを楽しみにしているはずのひよりでさえテレビのリモコンを触ろうともしていない。


 申し訳ないなとは思うけど、これは正直助かった。


 どうせ朝のニュースで取り上げられるだろうし、まだあのシーンを見せられて平静を保てるかどうか自信がない。


 気持ちを整理してちゃんと向き合えるようにならないと。




 登校途中でもひよりは決して昨日のことには触れようとせず、他愛ない話をしながらのんびりと登校していた。


 周囲の視線がいつもと違うことには気が付いていたみたいだけど。


 ひよりと分かれ、教室にたどり着いた。


「おはようございます!」


 いつもと同じ調子で元気よく入っていった。


 一斉に集まる視線。


 あ、これみんな知ってるやつだ。


「お!昨日のヒーローのお出ましだ!」


 男子生徒の中からそんな声が聞こえた。


 ヒーロー?わたしが?


「おっとヒロインの間違いだっけ」


 教室に笑いが起きる。


 そんなことはどうでもいい。わたしが……。


 きっとこの生徒は昨日のわたしの活躍だけを見てそう言っているのだろう。


 心中おだやかではないが、ここで否定するのも大人気ない。


「男だっつーの。わたしが助けを待つお姫様に見える?」


「見えない」


 即答しやがった。


 わたしが殿様だったら無礼者として一日中畳の目を数えさせてやるのに。


「昨日の疲れがまだ残ってるからちょっと休ませて」


 そう言って机に突っ伏してしまう。


 こうやって外界からの干渉をシャットアウトしているようではまだダメだな。


 気持ちの整理なんて全然ついてないじゃないか。


 わたしが参加しなくても話題は昨日の事件のことでもちきりだ。


 わたしが犯人の男を瞬殺したこと。


 手際よく救助をして回ったこと。


 すごい。誇らしい。頼もしい。などなど。


 違う!わたしはそんなんじゃない!


 あの子を守れなかったんだ……。それどころか……!


 耳をふさぎたい気持ちを我慢しているとやがて予鈴がなって瑞穂先生がやってきた。


「瑞穂先生も昨日のニュースみたでしょ!?ゆきちゃんすごかったよね!うちのクラスの誇りだよね」


 イヤ。わたしを誇りになんてしないで。


「そうね。きっと警察から感謝状がでるんじゃないかしら。ゆきちゃん有名人だし」


 こういう時は自分の知名度が恨めしい。


 感謝状なんていらない。


 もう放っておいてほしい。


「感謝状ってすげーな!なかなかもらえるもんじゃないよな!」


「やっぱりゆきちゃんは素敵なヒーローだよ!」


 男女問わず賞賛の声が相次ぐ。もうやめて。


「ほらほら、ヒーロー本人からも何か言いなよ!」


 とうとうわたしに話題を振られて我慢ができなくなったわたしは勢いよく立ち上がった。



「わたしはヒーローなんかじゃない!!」



 教室中どころか他のクラスまで響き渡るような叫びにさっきまでの喧騒は鳴りを潜め、静寂がやってくる。


「ゆきちゃん?」


 杏奈、そんな目でわたしを見ないで。わたしは罪を背負ってるんだ。


「あの子は確かに息を吹き返した。

 目も開いて「おかあさん」って言葉も出てた。

 でも!結果は助からなかった!

 わたしのしたことはただあの子が痛みに苦しむ時間を延ばしただけ!

 ヒーローなんて呼ばれる資格わたしにはないの!」


 叫びの声が止んでも誰も言葉を発しない。


 ただ沈黙が漂う教室。


 こういう時にその沈黙を破るのはさすがというか担任の瑞穂先生。


「ゆきちゃん、大丈夫?」


 その声かけは正直ありがたかった。


 多分今の教室にわたしの居場所はない。


「気分が優れないので保健室で少し休んできます」


 そのまま立ち去ろうとすると声をかけられた。


「ゆきちゃん!わたしが付きそうよ!」


 文香、ありがとう。でも大丈夫だよ。


「ひとりで行けるから。ありがとうね」


 そんな心配そうな顔しないで。


 わたしは平気だから。少しだけ時間をちょうだい。


 そのまま教室を出て廊下に出た。


 背後の教室からは物音ひとつ聞こえない。


 そりゃそうだ。嫌われても仕方ないよね。




 ゆきのいなくなった教室。沈黙の時間は続く。


 やがて誰かがぽつりと言った。


「なんであんなに怒るかな、広沢のやつ」


 悔しさの混じった声に何人かの同調者がうなずく。


「ゆきちゃんは怒ってなんかいないよ。悲しかったんだよ。助けたはずの女の子が亡くなったことが」


 悲しそうにつぶやく文香。


「それはあいつのせいじゃ……!」


「そうだね。ゆきちゃんのせいなんかじゃない。でもあの子はあんなだから。全部自分で背負い込んじゃう」


「痛みを長引かせただけ……か」


 腕を組んで木野村大地が考え込んでいる。


「それでもあいつはできるだけのことをやったはずだ!結果は残念だったけど、普通の人にはできないことをあいつはやりとげたんだよ!」


 そう言って憤るのは槇塚龍一郎。2年の時からのクラスメート。


「それでも、ゆきちゃんはまだ女の子が亡くなったことを自分のせい、いや、苦しませたと思ってる。」


 杏奈はそう言ってゆきが出ていった教室の扉を見つめている。


「優しすぎるんだよ、ゆきは。目に映る者全てを守りたいなんて思ってる。そんなことできやしないのに、諦めようとしない。そんなワガママな奴なんだよ、ゆきは」


 穂香が優し気な、それでいてどこか悲し気な表情で下をむいたまま語る。


「広沢だって神様じゃねーんだ!できることとできないことくらいあらぁ!それをあいつは!」


 バレー部の今年のキャプテン、田村実。


「こりゃ、帰ってきたら説教の時間だな。いいかな?瑞穂せんせー」


 野球部キャプテン、木野村君のリーダーシップによってクラスの意見が一致した。


「友人想いのクラスメートを持ってゆきちゃんも大変ね。多分3限目の数学の時間には戻ってきてるでしょ。その時にね」


 苦笑しながらも友人のためにここまで真剣に話し合える生徒たちを誇りに思う担任の福山瑞穂教諭。数学担当。27歳独身。婚活中。


「なんか誰かに余計なことを言われた気がするけど、みんなそれでいいわね?それまではゆきちゃんのこと、少しそっとしておいてあげて」


 全員から小学生のように素直な返事が返ってくる。


 ほんとに良い子たちだ。


 これもゆきちゃんの影響が大きいだろう。


 彼が入ったことでクラスの空気は大きく変わった。


 そして彼が落ち込むだけでみんなこんなに真剣に考える。


 この子たちの担任になれてよかった。


 だけどあと少しでこの子たちも卒業を迎える。


 もっとこの子たちと過ごしたいな、と思う瑞穂先生(27歳独身)だった。

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