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雪の精霊~命のきらめき~  作者: あるて
第1章 充電期間

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第49曲 海!そして……

「着いたぁ!」


 電車に揺られること40分。わたし達5人は最寄りの海水浴場に到着した。


 より姉が自動車免許を去年取ったので、レンタカーを借りようかと言う話も出たんだけど海で泳いだ後は絶対眠くなるとわたしが猛反対して結局電車で来ることにした。


 より姉だけに負担をかけるのは嫌だし、帰りの運転を気にして楽しめなかったらもっと嫌だからね。


 ただ、電車で着たことによって解決できなくなってしまった問題がひとつだけある。


 わたしがどこで着替えをするか、ということだ。


 わたしが普通に男子更衣室に入っていくと騒ぎになるんじゃないかという懸念がある。というか間違いない。


 うぅ……。れっきとした男の子なのに……。


 あたりを見回すとちょうど近くに公衆トイレがあったので、思い切ってそこで着替えることにした。


 土産物や飲食をするお店が複数入った建物で、多目的トイレもあったのでそこを利用することに。


 わたしが男子トイレを利用するとすれ違う人がみんなぎょっとした顔になるんだよね……。




 水着への着替えが終わり、待ち合わせをしていた場所に着くともうすでにみんな到着していて、シートとパラソルを準備しているところだった。


 着替えるの早くないか?絶対女性陣の方が時間かかると思っていたのに。


 さては服の下に着込んでたな。


「遅くなってごめん!手伝うよ」


 パラソルの設置を手伝おうとポールを持つとあか姉に止められた。


「ゆきはお弁当作ったからいい。休んでて」


「確かに早起きはしたけど、わたしも男なんだから力仕事は任せて欲しいんだけど」


 そう言って手伝おうとするとより姉が笑いながらわたしからポールを取り上げてきた。


「あたしらとそんなに腕力変わらないくせに何言ってんだ。逆に邪魔だから座ってろ」


 ぐぬぬ……人が気にしてることをズケズケと……。


 反論できないけど。


 結局基地の形成にわたしは関与することができず、ボーっと見てるうちに拠点が完成。


 とりあえず貴重品はコインロッカーに預けて、最低限必要なお金は防水財布に入れて水着に挟んである。


 よっし遊ぶぞ!


 それからしばらくは海の中でみんなに買ってもらったイルカフロートを使ってみんなで遊んだり、波に揺られてただ漂流してみたり夏の海をしっかりと満喫した。


 ずっと水に浸かっているとさすがに手足がふやけてきたので、今度は砂浜でビーチバレー。


 運動の苦手なかの姉が審判で、わたしとひより、より姉とあか姉。


 2チームに分かれて対抗戦。


 みんなそれなりに運動神経がいいので、わたしには敵わないものの楽しく遊んでいた。




 そこに珍客来訪。


「ねね、お嬢さんたち、女ばっかで遊んでないで俺らとも遊ばねー?」


 なぜわたしに声かけた。しかも女ばっかって。しゃーないけどさ。


 わたしが声をかけられているのを見て姉妹たちも近くに集まってきた。


 相手の方を見てみるとけっこうな人数で、8人ほどいる。


 わたしは姉妹たちの方に向かってアイコンタクト。


 これってナンパってやつですか?という意味を込めて首をかしげる。


 しっかりと伝わったようで4人揃ってうんうんと頷く。


 その間もナンパ男たちは何やら話しかけてきているけど、とりあえず無視。


 再度アイコンタクト続行。


 わたしで処理した方がいい?という意味を込めて首をかしげたまま自分の顔を指さす。


 今度もうんうんと頷く4人。


 さすが長年のつきあい、言葉なんてなくても全部通じるのがなんか嬉しい。


 そして今もナンパ男は話し続けている。


 完全に無視されてるのに我慢強いな、この人。


「ねーねー、無視しないでよ。お兄さん傷ついちゃうよ。ただ楽しく一緒に遊ぼうって言ってるだけなんだからさ」


 しつこく絡み続けてくるナンパ男に向き直るとなんか嬉しそうな顔になった。何か勘違いしてるな。


「そっちも5人いるんだし、こっちも8人いるからさ。大勢で遊んだほうが楽しいっしょ」


 それにしても必死だな。鼻息荒いぞ。


 わたしはそんなナンパ男に向かって決めポーズ。


 右手を腰に手を当てて片足に重心を置いて斜め立ち。


「悪いね、お兄さんたち。この4人の美女は全員わたしのもんだ。お引き取り願おうか」


 びしっと左手の親指を自身に向けて声高にそう告げた。


 嘘は言ってない。全員わたしの家族だし。


 相手はあっけにとられたような表情。


 なんだ、よくわからなかったのか?仕方ない、補足してやろう。


「これからみんなで夜の食事を共にして、朝まで5人で仲良く過ごすんだ。お兄さんたちが入り込むすきなんてないんだよ」


 これも嘘じゃない。家に帰ってご飯食べるし、同じ家で朝を迎えるんだから。明日の朝も朝食一緒に食べるし。


 でも相手はすっかり勘違いしてくれたようで驚いた顔をしている。


 このまま引き下がってくれればいいんだけど。




 だけどそう簡単には進まなかった。なんでそこまで必死かなぁ。


「それはお嬢さん欲張りすぎじゃなーい?それに俺の本命の相手は君だしね」


 ぞわっときた!


 本命がわたし……だと?


 これだけ美女が揃っている中から男を選ぶとは。


 内情を知らないとはいえ不憫だ。


「ほら、あっちにいろいろ食べ物や飲み物なんかも用意してあるからさ。一緒に行こうよ」


 とわたしの腕をつかんでくるナンパ男。


 もうね、なんか必死すぎて哀れだよ。泣けてきちゃうよ。


 でも、わたしを女と勘違いしてるのなら女性の腕をいきなり掴むなんてマナーがなってない。


 こんな輩をわたしの大切な4人の天使に近づけさせるわけにはいかない。ちょっと痛い目を見てもらうか。


 相手は8人もいるけど、どいつもこいつも体つきが貧弱だ。問題ないだろう。


『りんご!』


 裂帛の掛け声とともに腕をつかんでいた男の体はわたしの背負い投げで宙を舞っていた。




「やっちゃったなー。ゆきを怒らせるとは馬鹿なやつらだ」


 謎の掛け声とともにぶん投げられたやつの連れは当然激昂してゆきに突っかかっていく。


『ゴリラ!』


 またゆきの腕をつかんだ男が投げ飛ばされた。背負い投げ2人目。


「ゆきちゃんならこれくらいの人数なんともないでしょうね」


 楓乃子の言うとおりだ。


『らっぱ!』


 しびれを切らしてとうとうゆきに拳で殴りかかっていった男がその場で半回転して地面にキスをする。今のは合気道だな。


「それにしてもゆきちゃん、全員わたしのもんだって……」


 頬を染めるひより。気持ちは分かる。あたしも驚いたし。


『パイナポー!』


 また殴りかかっていった男が今度はゆきのキレイな足でまっすぐにあごを蹴りぬかれた。空手か。


 さすが帰国子女。パイナップルの発音がきれいだ。


「朝まで一緒。嘘じゃない」


 嘘は確かに言ってない。家族だし同じ家で朝を迎える。


 その割には顔が真っ赤だぞ、茜。


『留守番電話!』


 ゆきを捕まえようと両手を広げて襲い掛かってきた男のみぞおちに容赦なく肘を叩きこんでいる。痛そう。


 で、そこは「ぽ」じゃなくて「る」で始まるんだな。


「それにしても男の子たちを前にしてビシッと言い切ったゆきちゃん、凛々しくてカッコよかったです」


 それも分かるぞ、楓乃子。あの時のゆきの表情、相手を見据えて自信満々に言い切った言葉。


 カッコ良すぎだろ。まだドキドキしてら。


『わんぱく小僧!うに!』


 突進してきた相手をそのままの勢いで投げ捨て、別の男にぶち当てて2人同時にノックアウト。


 掛け声もちゃんと2人分。これで残るは最後の一人だ。


 さすがに相手もゆきの実力がわかったのか、完全にひるんでいる。


 それでも男のプライドだろうか、ファイティングポーズは崩していない。


「ところでさ、より姉」


「なんだ?ひより」


「なんでゆきちゃんしりとりやってんの?」


「知らね」


 楽しそうで何よりだ。それにしても強いのは知っていたけど、ここまで圧倒的とはなぁ。


 8人もいたのにここまで3分も経ってねーぞ。しかもしりとりするくらい余裕があるってことだろ?


 本気出したらどんだけなんだよ。


『にゃーー!』


 考えるのがめんどくさくなったのか、謎の奇声を発して最後の相手に飛び蹴りを食らわせる。


 ちゃんとしりとりできてるけどな。




「インドの山奥で修行してきなさい」


 最後の相手に必殺ライダーキックをお見舞いしたわたしは伸びてる男たちに向かって決め台詞。


 決まった。


 とてとてと小走りでみんなの元に戻ると笑顔で出迎えてくれた。


「おつかれ、どこも怪我してないか?」


 心配してくれてたんだね、ありがと、より姉。


「全然ヨユー!あれじゃ道場の白帯の子の方がまだマシだよ」


 実際ど素人もいいとこだったから、あんなのいくら束になってもわたしの敵じゃない。


 それでもあんまりいい気分じゃない。


 しつこいナンパ男を撃退するためとはいえ、暴力を振るって喜ぶような野蛮人じゃないもの。


 でも余計な心配をかけたくない。


 だから笑顔は崩さずスマイルスマイル。


 息もほとんど乱れてないしね。


「また変なのにからまれてもイヤだし、そろそろいい時間だからもう帰ろっか!」


 すっかり興を削がれてしまい、遊ぶような気分じゃなくなったっていうのが本音だけど。


 もうすぐ日が傾き始めるというのも嘘じゃないしね。


 荷物を全部片づけて、さぁ着替えようかと更衣室と多目的トイレに分かれようとした時ひよりが「あっ」と何かに気づいたような声を出した。


 なんだろうと思っていると素早くわたしに近づいてきて、衝撃の事実を耳打ちしてきた。


「水着着てきたから帰りの下着忘れちゃった。ゆきちゃん持ってたら貸して?」


 なぁ!?


 いや、持ってるけど!


 さすがにそれはと思い、ひよりの耳にささやき返す。


「お姉ちゃんたちに頼みなよ!わたしの持ってるのは男物だよ?」


「ヤダよ恥ずかしい!ゆきちゃんのじゃないとイヤだ!」


 恥ずかしいの基準おかしくないか?


 でもそこまで言うなら仕方ないなと思い、わたしはカバンの中からそっと下着を取り出して他の姉妹に見つからないようにこっそり渡した。


「ありがとうね、ゆきちゃん!洗わずに返した方がいい?」


 悪戯っ子のような顔でそんなこと言うからデコピンしてやった。


「痛い!ひどいよゆきちゃ~ん」


 お兄ちゃんをからかった罰です。




 わたしは手早く着替えを済ませ、急ぎ足で女子更衣室の前に向かって周囲を伺った。


 さっきの男たちが復讐を考えてもおかしくない。


 下手をすると人数が増えているということもある。


 だけど杞憂だったようだ。


 そこまでの度胸はなかったみたいで、賢明なことだ。


 姉妹の前で本気を出して喧嘩する姿なんて見られたくないしね。


 周囲にそれらしい影のひとつもなかったので、近くにあったベンチへ腰掛けてみんなを待っていた。


「お待たせ~」


 その声に反応して顔を上げるとちょうどみんな揃って出てきた。ひよりの様子をそっと伺うと若干顔が赤い。


 だから言ったのに……。


 ひよりがそんな顔してるとこっちまで恥ずかしくなるでしょうが!




 帰りの電車内。楓乃子、茜、ひよりはもう眠ってしまっている。あたしも少し眠い。


 ゆきだけが元気そうに鼻歌なんて歌ってやがる。どんなけ体力あるんだよ。


「より姉、今日はありがとうね。わたしのわがままにつきあってくれて」


 突然ゆきがそんなことを言い出した。


 ただみんなで遊びに来ただけだぞ?


「なんだよ、急に改まって。なんかあったのか?」


 少し心配になったので問い返すと、ゆきは視線だけをこっちに向けて微笑んだ。


 なんだよ、その悲しそうな顔は。


「もう成人したし、より姉だけには言っておくね。他のみんなにはまだナイショで」


 そう言って目を閉じて少しの沈黙を挟んでから、意を決したようにゆきはひとことだけつぶやいた。


「わたし、色が見えないんだ」


 え?


 ……色が?


「……わたしの目はどの色も見えない。

 普通の色盲って光の3原色のうちひとつかふたつが見えないんだけど、それって先天性のものがほとんどなんだ。

 でも後天的に色がみえなくなると、稀に全色盲って言って何の色も見えなくなるんだって。

 その稀な全色盲になっちゃった珍しいケースがわたし。

 わたしの世界はいつもモノクロの世界。……昔の白黒映画と同じなんだ。

 いくら季節が変わってもわたしの目に映るのは白と黒だけ。

 だから季節感というのをあまり感じたことがなくてさ。

 ……でも今日はみんなと遊んで、夏を感じることができた。だからありがとう、だよ」


 そんな……。


 言葉が出てこない。衝撃が大きすぎた。


 だから花見の時、桜の花びらを雪と間違えたのか。


「木々の緑も、空の青も、色とりどりの街の看板も、キレイな景色もわたしには全部同じ色。

色彩図鑑で濃淡を覚えたからそれで色の判別はしてるんだけどね」


 それは天才のゆきだからできることだろう。


 細かい色の違いを白黒の微妙な濃淡で覚えるなんて普通の人間にはできることじゃない。


 今まで誰にも気づかせずに隠し通してきたのは並大抵の努力でできることじゃないだろう。


 このことを隠し通すのにどれだけ苦労をしたのか、どれだけ辛い思いをしてきたのか想像するだけで胸が痛くなる。


「ゆき……」


 世間は色盲の人に配慮したようにはできていない。


 信号だってそうだし、ちょっとした注意書きだって重要な部分は色を変えたりしている。


 機械なんかのボタンだって色分けで機能を区別していたりする。


 赤が見えなければ肉の焼き加減だって普通はわからないだろう。


 でもゆきの料理の腕は本物だ。


 それらを判別して普通に暮らしてきた裏にどれだけの努力が眠っているのか。


 それにゆきが隠していることはまだあるだろう。


 もっと重い十字架を背負っているような気がする。


 天はゆきにたくさんの才能というギフトを送ったけど、奪ったものだっていろいろあるんだろうと思う。そのひとつが色だ。


 かける言葉が見つからない。涙が溜まっていくのがわかる。


「わたしの世界はいつだって雪景色。小さいころのあの時と同じ……」


 寂しそうにそう言って手を伸ばすゆき。


 まるで降りしきる雪の結晶を受け止めるかのように。


 その刹那。


 それは涙のせいか、幻覚か。


 ゆきの伸ばした腕が透けていくように見えた。


「ゆき!」


 思わずそう叫んで咄嗟にゆきの腕をつかんでいた。


 放っておいたらそのまま消えてしまいそうな気がして……。


「どうしたの、より姉?わたしはちゃんとここにいるよ?」


「……あぁ、そうだな。……ちゃんといる」


 しばしの沈黙。


 そしてわたしはゆきにお願いをした。


「……ずっとそばにいてくれよ。いつまでも……」


 ゆきは今まで見たこともないくらいの優しい笑顔で答えてくれた。


「ずっとそばにいるよ。この命ある限り……」

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