第45曲 新学期!
春休みが終わっていよいよ新学年だ。
わたしが通う中学は毎年クラス替えが行われるので、まずは自分がどのクラスになったのか掲示板で確認しないといけない。
「え~っと……広沢悠樹はっと」
順番にさがしていくと……あった!3年4組だ。
ラッキー。また同じ4組だから体操服のゼッケン張り替えなくて済むや。
さっそく教室に行こうと思い掲示板の前から移動すると急に声をかけられた。
「ゆきちゃ~ん!また同じクラスだね!」
杏奈が喜んだ顔をして寄ってくる。他にも2年生時のクラスメートが集まってきた。
「わたし達も一緒だよ~」「わたしも!卒業までよろしく~」
再び同じクラスになった女子がわたしの周りに集まって騒いでいる。
ふと掲示板の方を見ると今度は男子たちが集まっており、傍から見たその様子はちょっと様子がおかしい。
その反応は通常と違い、ハッキリ言って常軌を逸している。
両手を天に向けてガッツポーズをしている者、奈落の底に突き落とされたかのような顔で膝をつく者。
羨ましいと怒りながら蹴りを入れている者。
それを満足そうな顔で軽く受け流している者。
何にそんなに喜んだり悲しんだりしているのか、まさに天国と地獄と言った様相。
いやいや、どうしたんだ君ら。
クラス替え程度でその反応は過剰すぎやしないか?
わたしが見ている方向に気が付いたのか、杏奈がニヤニヤしながらわたしの肩に腕をまわしてきた。近い……。
「男子どもはゆきちゃんと同じクラスになれるかなれないかであの状況だよ。罪作りな女だねぇ」
ケラケラ笑っている。
わたしが原因だと?
「わたしはオ・ト・コ!男です!」
それにしても男子……最近どんどんおかしな方向に行ってないか?
気を確かに持てよ?
杏奈は余程ツボにはまったようで男子の方を指さして腹を抱えて笑っている。
人に向けて指を差しちゃいけません。
「いや、おんなじ学校にいるんだからそんなに変わらなくない?」
すると指を立てチッチッチっと舌打ちをしてきた。いいんちょ?そんなキャラだったっけ?
「わかってないね、ゆきちゃん。同じクラスになれることのありがたみを」
杏奈の目がキラリと光る。
「同じクラスになった男子はゆきちゃんの体操服姿を見放題!さらにその並外れた運動神経を間近で見られる上に、夏!夏にはなんとそのナイスボディを惜しげもなく晒した水着姿まで拝めるんだよ!」
めっちゃ熱く語っとる。惜しげなく晒しとらんわ。
「いや、十分恥ずかしいんだけど」
「おまけに毎日授業中その美しい横顔をずっと眺めていられるんだよ!その価値たるや、まさにプライスレス!」
聞いちゃいねー。
授業中は黒板見てください。
「あーもうわかったって。どうせわたしは珍獣ツチノコゆきちゃんですよ」
「珍獣なんてとんでもない!国宝だよ!芸術品だよ?」
落ち着け。
これ以上杏奈のキャラが崩壊する前に止めておかないと。
「とりあえず教室へ向かおうか!」
何を言っても熱くなっていきそうなのであえてスルー。他の面々を連れて歩き出すと「待ってー」とついてきた。
3年生は3階なので一番上まで昇っていかないといけない。なんで一番年上が階段を使って最上階まで行くことになるのか疑問だ。
お年寄りは労わりなさいというのが日本の常識じゃなかったのか?
できればラクチンな1階がよかったのにな。
教室に到着すると新しいクラスメイト達はほとんど揃っていた。杏奈が熱く語っていたせいで遅くなったからだ。
自分の名前が書かれた机を発見し、カバンを置くと文香が隣にやってきた。
「またお隣同士だね~!今年も仲良くしてね!」
いい笑顔。文香は去年転校してきたときから、なんというか、よく懐いてくれている。
ちっちゃくてかわいいからハムスターみたい。手に乗せたい。
3年生になっても隣同士なのか。文香ってばけっこう抜けてるのかよく教科書を忘れてくるんだよね。
教科書を見せてあげるのはいいけど、机をくっつけているから距離が近いんだよね。
文香は嬉しそうにしているけど。
わたしを男として見ていないのかやたらとくっついてくるのもけっこう困りもので。
やっぱりさ、わたしも健全な男子としていろいろと感じてしまうわけで……。
特に触覚と嗅覚が……。
そんなことを考えていると急に背中に重みを感じた。この柔らかい感触は……!
「わたしもいるぞ~」
穂香!?なんで後ろから抱き着いてんの!あぁ、また触覚と嗅覚が!
「乗っかるなぁ~」
後ろから乗り上げるように抱き着かれ、腕力からっきしなわたしはジタバタするしかない。
面白がって余計に体重をかけてくる穂香。
余計に!感触が!潰れてるから!
ジタバタを繰り返してどうにか魔の手から逃げ出した。
ふう、危なかった……。何がって?聞くな。
で、周囲の男子は何羨ましそうに見てんだ。
羨ましがるのはわたしが穂香にされてたことだろ。
わたしの方を恨めしそうに見るべきじゃないか?
羨望の眼差しを穂香に向けてるのはどういうことかな?
こっちを見やがれ!
「相変わらず穂香はゆきちゃんのこと好きだね~」
いや、呑気だな文香さん。わたしはそれどころじゃなかったんだけど。
この学校でのわたしの扱いは一体なんなんだ。
クラス替えをしても仲の良かった3人が一緒にいてくれるおかげで不安はないけど、仲が良すぎて距離が近すぎるのも困る。
思春期真っ只中の健全な男子だということをどうも失念しがちだからな。この人たち。
そしてクラスが変わったことで新しくクラスメートんなった人も多く、またしても遠巻きに眺める男子たち。
指くわえんな。
同性なんだから気軽に話しかけてほしいんだけどな。
2年生から一緒の生徒はもうフレンドリーに接してくれてるんだし。
「広沢、あと1年よろしくな!」
気さくに話しかけてくれる木野村君。
「今年こそは俺も満点とって見せるからな!」
意気揚々な学年2位の槇塚君。
「またバレー教えてやるからな!」
なんか下心が垣間見える田村君。
そして今は女子に囲まれてるイケメン澤北君。
この4人は特に良く接してくれる数少ない男子生徒。
これはまた『男友達獲得計画』発動かな。
前回は珍妙な人が現れてウヤムヤになったからなぁ……。面白かったけど。
あの先輩も卒業しちゃったなぁ、元気かな。
ちゃんと異性のパートナー見つけてね。
チャイムが鳴ったので席について待っていると担任の先生が入ってきた。今年も担任は瑞穂先生だ。
わたしが容姿や体育の着替えや水着の件などもろもろの事情を抱えているので学校側も配慮して去年と同じ先生に担任を務めさせてくれたのだろう。
だって入ってくるなりわたしに向かって手を振るんだもの、瑞穂ちゃん。
余計に注目されるからやめてほしかった。
ホームルームは手短に済んで始業式のため校庭に向かう生徒たち。
わたしも移動しようと歩いているとふいに声をかけられた。
「ひ、広沢さん!」
さん?君じゃなくてさん付け?まぁよかろう。
「せっかく一緒のクラスになれたし仲良くしてくれたら嬉しいです!」
なぜに敬語なのか。そしてどうしてそんなに緊張しているのか。
「こちらこそよろしくね!えっと串本君だっけ」
ここは友好的に笑顔であいさつ。
「はい!」
なんだその無駄にいい返事。
はにかむな。
それだけ言うと串本君はそそくさと前の方にいた友人たちの元へ。
友人たちとよくやったのなんだと話している。
なんだったんだ一体……。
「相変わらず無自覚にたらしこんでるなぁ」
穂香がニヤニヤしながら横に並んできた。
誰がたらしこんだ、誰が。
「異議あり!わたしなんもしてない!」
「やっぱり無自覚だな。というか鈍チンか」
なんでフレンドリーに接しただけでディスられにゃならんのだ?
「ちゃんと毎朝鏡見てるか?ゆきは老若男女を惑わせる魔性の女ってことをもっと自覚した方がいいぞ」
「オトコだよ!」
わたしをカトリーヌ・ドヌーヴみたいに言うんじゃないよ。
れっきとした男です。
校庭に到着すると間もなく始業式が始まる。
誰か手を振ってるなと思ったら遠いところからひよりがこっちに向かって飛び跳ねてアピールしていた。
良く見つけられたなぁ。
どんな視力してんだろ。あ、先生に注意されてら。
退屈な始業式が退屈に始まり退屈な校長先生の話を退屈しながらボーっと聞いている。退屈だ。退屈って5回言った。
もっとウィットに富んだ話し方できないもんなのかなぁ。
わたしなら何話すかな。
自分が壇上に上がって演説してる姿を想像してみる。
うん。悪くない。
でも中学は義務教育だしなぁ。あんまり無茶もできない。
学校の雑用係にされるくらいならあと1年は大人しくしておこう。
かの姉とあか姉が通う高校は生徒自治を謳う自由な校風って聞いてるしね。やるなら進学後だな。
よし、先の目標がまたひとつ決まった。
それまではVtuberに専念するとしよう。
とりあえず3年生になって最初のイベントは修学旅行だ。
外泊が初めてってわけじゃないけど、学校イベントとしてのお泊りとはわけが違う。
小学校の修学旅行はアメリカにいたから行けていないのでこれが初参加。
あか姉も去年修学旅行での話を淡々と楽しそうに話してたし、わたしも今から楽しみだ。




