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雪の精霊~命のきらめき~  作者: あるて
第1章 充電期間

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第43曲 春、旅立ち

 誕生日が終わると季節はすぐに移ろい、桜が満開になるころ我が中学校でも卒業式が執り行われる。


「ゆき……」


「ちょ、まだ卒業式始まってすらいないよ?」


 あか姉がくっついて離れてくれない。


「ゆきと離れるのヤダ」


 幼児退行しちゃってるよ……。


 わたしの制服の裾を握ってすっかり小さくなってしまっているあか姉。かわいい……。


 じゃなくて!


「もうすぐ卒業式始まっちゃうよ?早く教室に行かないと」


 そうやって説得すると渋々、ほんとーに渋々ながらも教室に向かっていくあか姉。ほんとに……。


 あか姉のことは心配で仕方ないが、わたしにも役目がある。

 

 成績が全教科満点のわたしは在校生代表に選出され送辞のスピーチを任されているのだ。


 チート人間だからあんまり誇れるようなことでもないんだけどなぁ。



 

 卒業式が始まり、体育館で待機していると卒業生たちが入場してきた。


 あか姉発見。


 普段通りの無表情だけど、なんだかいつもより小さく見えるのは気のせいかな。


 よく見たら視線がこっちの方を見てあちこちさまよってる。わたしを探してるな、あれは。


 小さく手を振ったら気が付いたようで少し安心したような表情になった。わたしは参観日の父兄か?


 厳かな雰囲気で式は進行し、わたしの出番が回ってきた。


「本日、ご卒業を迎えられた○○中学校の卒業生の皆さん、誠におめでとうございます。在校生を代表し……」


 わたしは用意していた原稿を両手で持ち、滔々と送辞を読み上げていく。内容覚えちゃってるけど形式も大事。




 ゆきの声を聞いているだけで安心できる。静かに、だけど良く通る透き通った声が耳朶をくすぐる。


 目を閉じて聴いているとゆきがすぐそばにいるような気になってつい手を伸ばしてしまいそうになる。


 この1年間、ゆきと一緒に登下校した思い出。


 決して特別なものではないけど大切な思い出。


 体育祭でのゆき、かっこよかったな。


 あのジャンプ、まるで豹みたいだった。


 それに。


 卒業式の最中だというのに少し微笑んでしまったけど、わたしの些細な表情の変化に気づく人はいない。


 ゆき以外は。


 微笑みながら思い出すのはゆきのチアガール姿。可愛かった。


 家でもう1回着てほしいと頼んだら断固拒否されたけど。


 思い出すのはゆきと過ごした時間のことばかり。ゆきの声に聞き惚れながらもう戻らない過ぎ去った時間に体を浸らせる。


 やがてゆきの声が聞こえなくなり、壇上からもいなくなる。


 そして前期生徒会長が入れ代わりで登場して卒業生の答辞。


 でもそんなの目に入らない。


 スマートな体を上品に揺らせながら歩くゆきを見つめる。


 もうすぐ卒業式も終わっちゃうな。




 在校生の送辞も済んで自分の役割が終わった後の卒業式は正直言って退屈だ。


 校長先生やPTA会長、来賓の方などのあいさつを何気なく聞きながらあか姉の様子を伺ってみるとなんだかそわそわしている様子。


 小学校の入学式を見守る母親のような心境で、本当に大丈夫か心配になってしまう。


 頑張れ!あか姉!


 そして締めとなる卒業生へ送る歌と校歌斉唱。


「広沢悠樹さん、壇上までお願いします」


 ……?


 なんか呼ばれたような気がするけど……。


「広沢悠樹さん?壇上までお願いします」


 やっぱり間違いじゃなかった。なんだ?


 疑問を抱きながらも呼ばれた以上は向かうしかない。壇上へと上がると瑞穂先生が近づいてきた。


「突然ごめんねぇ。卒業生のほぼ全員から送る歌をゆきちゃんに歌ってほしいって要望があってね」


 いやいやいや。


 そういうのって事前に打診があったりするものなんじゃないの?


「ごめんね、突然で。今日の朝のホームルームで全クラスから要望が出たらしくてね。急遽お願いすることになったのよ」


 いや、確かに送る歌も校歌もクラスで練習していたから問題はないけど、合唱のはずがまさかの独唱!?


 卒業式でそんなの許されるの?


「ダメ、かしら……」


 そんな上目遣いされても……。


 ふと卒業生を見渡してみるとみんな期待に満ちた目をしている。


「はぁ。わかりました。歌いますよ」


 大勢からあんなキラキラした視線を送られたらイヤだなんて言えないよ。


 わたしは人々に幸せを届ける雪の精霊なんだから。


 その後、わたしは卒業式の定番ソングと校歌を歌ったんだけど、びっくりするほどの大盛り上がり。


 いや、ライブじゃないんだから。


 立ち上がってリズムに乗って跳ねていた人もいたな。


 この選曲でよくそこまでノリノリになれるな!びっくりだよ……。


 あか姉はなんだかご満悦の様子だけど。


 校歌斉唱まで終わるといよいよ卒業式も終了で卒業生が退場していく。


 あ、あか姉のクラスの番だ。


 ……いやあか姉こっち見すぎ。振り返ってまで見なくても。


 ちゃんと後で会えるでしょ。




 あか姉の見送りも済んで外に出ると、少し強めの風が桜の花びらを運んできた。卒業かぁ。


 来年はわたしの番だな。


 その後はこの学校でひよりがひとりぼっちになっちゃうけど大丈夫かな。


 なんて兄バカぶりを発揮しているとあか姉のクラスの人たちが卒業を祝い、お互いに別れを惜しんでいる場面に遭遇した。


 あか姉もクラスメイトと談笑しているようだ。


 無表情だけど。


 卒業の感動とかはないのかな?


 友人との別れを惜しむ時間を邪魔したくなくて遠巻きに眺めていると、ビックリするくらいの目敏さでわたしを発見したあか姉。


 クラスメートを放置して一直線にこちらに向かってくる。


「ぐえっ」


 そのままの勢いで突撃されたもんだから変な声出た。


 痛いし!


「もう、どうしたの?」


 胸に顔を埋めてきたので頭を撫でてあげながら優しく問いかけた。


「寂しい」


 鼻声だ。


 泣いてる?


「ゆきと会えなくなるなんて。この世の終わりだ。生きていく自信がない」


 極端すぎぃぃ!


 マジ泣きになってるし。


 さっきまで無表情でクラスメートと会話してたじゃん!


「家に帰れば会えるんだし、今生の別れじゃないんだから。それに来年になればまた一緒に登校できるよ、今度はかの姉と3人でね」


 そう言って微笑むと顔を上げてすがりつくかのように近づいてきた。


 近い近い近い!


「本当?ちゃんと同じ高校に来てくれる?ゆき成績優秀だから進学校に行ったりしない?」


 今日のあか姉はいつもと違って子供みたいだな。


 子供をあやすような感覚で頭を撫で、安心させるような声で語りかける。


「心配しなくても大丈夫。大学まで進学する気なんてないし、ちゃんと同じところに行くよ。自由な校風っていうところに魅かれてるしね。それにその高校に入ってやりたいこともあるからさ」


 そう言うとようやく安心した表情になり、今度はわたしの心臓の音を聞くかのような姿勢で顔をくっつけてきた。


 いや、恋人同士の抱擁みたいで……少し恥ずかしいんですけど……。


 ほらみんな見てるから!微笑ましい光景を見守るような優しい目で!


「本当?もし違う学校に行ったらついていくから」


 編入する気か!いや、あか姉ならやりかねん……。


「本当だって。わたしの言うこと、信じられない?」


「ううん。信じる。ゆきは嘘ついたりしない」


 ようやく納得してくれたようで顔を上げてくれた。離れてはくれないけど。


 涙を拭いてあげていると、またさらに涙が溢れてきた。あか姉がこんなに泣くなんて珍しい。


 というか初めて。


「でもやっぱり寂しい」


 そんな切ない顔されたら……。みんな見てるけどこんなあか姉を放っては置けない。


 優しく抱きしめて背中に手を回すと、答えるようにあか姉も手を回してきた。


 こ、これって……。


 完全に恋人同士の抱擁じゃない!?


 猛烈に恥ずかしくなってきたのでそっと離れようとしたらさらに強い力で抱きしめられた。


 ちょ、あか姉!?


 顔が熱い。きっと真っ赤だろう。


 あたふたしているとようやく解放してくれたあか姉がわたしの顔を見て微笑む。


「ゆき顔真っ赤」


 誰のせいだと思ってるの!?


 でもようやくあか姉の顔に笑顔が戻った。


 それだけで恥ずかしい思いをした甲斐はあったかな。


「友達ともうお話しなくていいの?他の学校に行っちゃう人もいるんでしょ」


 照れくさいから話を逸らす。


「ゆきがいい」


 あふぅ……。あか姉の言葉は端的なのに直球だから破壊力が高い。


 また顔が熱くなるのを感じる。


「それじゃ帰ろ」


 当たり前のように、自然な動作で手をつないできた。


 本当に寂しがり屋さんなんだから。


 結局わたしたちはずっと手をつないだまま家まで歩き続けた。


 特に会話はない。もともとあか姉が無口だからというのもあるけど、なんだか今は言葉なんて必要ない気がして。


 沈黙が心地いい。


 つないだ手から感じる温もりが愛しい。見慣れた通学路もどこか感慨深い。


 1年間だけ、学校だけの話だけど離ればなれになるのは事実。


 一歩一歩、その過程を惜しむかのように踏みしめながらゆっくりと歩いた。




「あー手つないでる。いいなー」


 何の用事か、外に出ていたひよりに見とがめられてブーイング。


「卒業してあか姉だって寂しいんだよ。いいでしょ」


「そっかぁ。またしばらくあか姉と一緒に通学できないんだね。わたしも寂しいかも」


 しばらく?


「ひよりはどこの学校を受験するかもう決めてあるの?」


 まさかと思い尋ねてみた。


 ひよりには悪いが、わたし達が行く高校は偏差値で言うと中の上。


 対してひよりの成績はというと良く言って中の下といったところ。今のままじゃ合格は覚束ない。


「もちろんゆきちゃん達と同じとこ受けるよ!」


 自信たっぷりにそう答えてくれるけどその自信はどっから来てるのかな?


「そうなんだ!ひよりの場合このままじゃ合格は怪しいし、これからみっちり勉強しないとね。わたしが見てあげる」


 にこやかにそう宣言すると、あとずさるひより。


「げ、藪蛇だった……。勉強はちゃんと自分でがんばるから、うん。ゆきちゃんはVtuberに専念して」


 そう告げると逃げるように家の中へと引っ込んでいってしまった。


 思わずあか姉と顔を見合わせて笑ってしまう。


 ほんとにしようのない子だ。


 でもあぁ見えて頑張り屋さんのひよりの事だ。ほんとうに何とかしてしまうかもしれないな。


 そんなことを考えている間も手はつないだまま。なんだかお互い手を離してしまうのが惜しい。


 でもいつまでも玄関先で突っ立っているわけにもいかない。


「来年がもう今から待ち遠しいね」


 あか姉に語り掛けると、今まで見たことのないような笑顔で「うん!」と返事をしてくれた。


 その表情はとてもキレイで思わず見とれてしまう。


 お互い名残惜しさを抱えつつ、手を離して玄関の扉に手をかけた。

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