第42曲 ゆき、14歳②
帰り道、ご機嫌なわたし。
「よっしゃー黒帯2つで合わせ二段~」
試験はあっという間に決着がついた。わたしのスピードに相手が付いてこれず、懐に潜り込んで背負い投げ。
技量を見るまでもない瞬殺の一本だ。
これでひとつ課題はクリアした。
あとは来年の誕生日を迎えたらVtuberの仮面を脱ぎ捨て、わたし自身として世間に歌声を広めていく。
わたしデビューまであと1年!この1年も精いっぱいみんなに幸せと元気を届けるぞ!
軽い足取りで家路についていたけど、いざ自宅を前にしてわたしの気分は一瞬にしてしぼんでしまった。
真っ暗。
いつもならリビングに温かい光が灯り、姉妹たちの談笑の声がきこえてくるのに……。
静寂に包まれ、暗がりの中ポツンとそびえるその家はまるで自分の家じゃないみたい。
沈んだ気持ちで鍵を開け、扉を開けて誰もいない家の中へ向かってつぶやく。
「ただいま~」
靴を脱いで玄関に上がった瞬間。
パパパパん!
敵襲!?思わず身構えたそのとき、リビングからわたしの一番大切な4人が飛び出てきて一斉に声を張り上げた。
「ゆき!お誕生日おめでとう!」
何が起こったか分からず固まったままのわたしはまだ戦闘態勢のまま。
「ゆきちゃん、なんで構えをとってるの?」
「今日でゆきも14歳」
「どうだ?ビックリしただろー」
「こんなおめでたい日を忘れるわけがありませんよ」
そっか、ちゃんと覚えててくれたんだ。
一気に体から力が抜けた。
安心したわたしは思わず両手を思いっきり広げて目の前にいた4人をいっぺんに抱きしめていた。
「ありがとう。ありがと。こんな祝い方してくれるとは思ってなかったから本当に嬉しいよ」
もちろん嬉しいし、喜んでいる。
みんながわたしを驚かせようとしてくれたこともありがたい。
でもそれよりも忘れられてなくてよかったって思いが勝ってしまうのは祝ってほしいって求めてしまっていたから?
ダメだ。
わたしの使命は幸せを与えること。
求めてしまってはちゃんと使命を果たせなくなってしまう。
これ以上みんなに余計な気づかいをさせるわけにはいかない。
「もうほんとビックリしたよ!でもほんと嬉しい。ありがとうね」
笑顔で感謝の意を伝えようとした。
「……」
姉妹全員が何も言わず、じっとわたしの顔を見つめている。
あれ?みんな黙ってどうしたの?
「ったく、寂しかったならそう言えば……まぁいいや!さっさと中に入ろう!」
寂しかった……?わたしは寂しかったの?
そうじゃない。それは関係ないことだ。
本当は誰よりも一番最初に「おめでとう」と言ってもらいたかった……。でもそれは甘えなんだ。
そんなことを言うと絶対にみんな「ごめん」と謝ってくる。
そんなことさせるわけにはいかない。
心の内はひた隠し、何事もなかったかのようにうなずきリビングに向かう。
あれ?でもひとつ気になることが。
「う、うん。でもみんなごはんは?」
「だからサプライズパーティーだって言ってるじゃん!ゆきちゃんって天然?」
言っている意味が今ひとつ飲み込めず、よく分からないという顔をしていたのかあか姉がひよりの言葉を補足する。
「今日はゆきが主役。ご飯はわたし達が作った」
あか姉たちが?確かにみんなある程度は料理ができるのは知っているけど。
いざなわれるままにリビングへ足を踏み入れると壁にはケルトを切り取り作った文字で『ゆきHAPPY BIRTHDAY!』の文字。
色とりどりの生地を使っているようで、ご丁寧にイルミネーションで周囲を囲みキラキラと瞬かせている。
そしてテーブルに並ぶのはこの短時間で作ったとは思えないほどのごちそうの数々。
中央にはケーキ。
ろうそくの数は大きいのが1本と小さいのが4本。
どこからどう見ても誕生日パーティー。
きっとわたしの反応を楽しみにしながら準備していたんだろうな。
そう思うと飾りや料理のひとつひとつが全て愛おしく思えてきた。
「ほんと、何度もびっくりしすぎて気持ちが追い付いてこないよ」
心からの微笑み。今度はみんな何も言わずに微笑み返してくれた。
「さ、せっかく作ったのに冷めてしまいますよ。早く席につきましょう」
みんなが席につき、ケーキのろうそくに点火し照明が落とされる。
4人が声を揃えて歌うハッピーバースデーゆき。音ずれてるし……。
それでもわたしはその歌が終わるのに合わせてろうそくを一気に吹き消す。
簡単に消えた。歌で鍛えた肺活量は並じゃないもんね。
姉妹4人で作ったで食事はオードブル形式で、大皿に盛られた数々の料理をそれぞれが勝手に取り分けて食べていく。
どの料理を誰が作ったかすぐわかる。料理にも人柄が出るんだなって思ったら少しおかしくなってきた。
「ゆきちゃん、なんか楽しそう。喜んでくれてよかったよ!」
ひよりの作ったハンバーグは味については抜群だけど形がいびつ。
「とっても喜んでるよ。それにどれも美味しくて次にどれを食べようか迷うくらい」
「これも食べて」
そう言ってあか姉がお皿に入れてくれたのはポテトサラダ。
とっても味が繊細で、丁寧な優しい味。誤解されがちだけどあか姉の本質はこっちだよね。
「あか姉の味好き」
「さっきのセリフから味だけ抜いてもう一回」
何言わせようとしてんだ。
「ゆきちゃ~ん!わたしの作っただし巻きも食べてほしいです!」
かの姉がむくれた顔をしてわたしの皿に盛っただし巻き。
スクランブルエッグ寸前のその姿からは想像もつかないほどふんわり優しくて、まるでかの姉そのものだ。
「ん」
より姉が押し付けてきたのはから揚げ。
豪快に切り分けられたであろう鶏肉にはしっかり味付けがされていて塩もコショウもいらない。
「みんなありがとうね、どれもとっても美味しいよ!」
笑顔。笑顔。
どの方向を見ても笑顔に満ちていて。
うん、結果良ければ全てよし!
それじゃ、お楽しみのケーキといきましょう!
出てきたケーキはお店で買ってきたものだけど、プレートに描かれた文字は手書きのものだった。
「ぷっ」
思わず吹き出してしまった。だって……。
「笑うことねーだろ!けっこう難しかったんだよ!」
わかってるけど!わかってるんだけど見たことないくらい下手な文字がツボっちゃって。
でも込められた愛情が伝わってきて。
涙が出そうだけど、笑ってるからだよ。
「みんなゆきのことが大切なんだよ」
言われなくてもわかってるよ。
十分伝わったよ。
だからそれ以上言っちゃダメ。
温かい笑顔に包まれ、「主役なんだから一番に食べて」とみんなが見つめる中で口にしたケーキ。
甘くておいしいはずの味は少ししょっぱかった。
「来年からはサプライズはなしだな」
より姉がそう言って頭をかいた。ゆきちゃんは今お風呂だ。
「そうだよ!あんな寂しそうなゆきちゃんの顔、もう見たくないよ!」
抗議の意味も込めてわたしがそう言うとあか姉も同意してくれた。
「そうだな。悲しんでた。ゆきを悲しませちゃダメ」
「まぁまぁ、依子さんもゆきちゃんに喜んでもらおうと思って企画したんでしょうから2人ともそんなに責めないの」
かの姉が見かねたのか仲裁してくれたけど、あの時のゆきちゃんの顔が頭から離れてくれないんだもん……。
ゆきちゃんはいつだって家族と一緒にいたいと思ってるんだよ。
だから誕生日を忘れられたように感じてとっても悲しくなっちゃったんだと思う。
「来年は朝からめいっぱいゆきちゃんを主役にしてお祝いするからね!」
「わーった。わーったって。今回はあたしの誤算だ」
より姉が素直に頭を下げる。
みんなゆきちゃんが大好きなんだ。もちろんわたしだって。
「なんなら前夜祭から始めてもいい」
そこまでやったらさすがのゆきちゃんもびっくりするだろうけど。
でもそれくらいゆきちゃんのことが大切なんだよね、あか姉。




