第40曲 大晦日メランコリー
今日の挿絵はわたしの愛娘が描いた「ひより」です。
お仕事のご依頼はわたしでも受け付けています。
ギャラリー:https://48743.mitemin.net/
クリスマスイブ翌日。
予定していたクリスマス配信は滞りなく済むどころか、キリママがクリスマスプレゼントとして無償提供してくれたサンタコスのおかげで大盛況。
年内の配信はその放送でおしまい。
お正月休みで1週おやすみになり、次リスナーさんに会えるのは2週間後。
お正月は家族を優先させてもらうということで他のVtuberさんがやっているようなカウントダウンライブはできませんと伝えた。
みんな残念がるかなと思ったら【家族思いのゆきちゃんが好き】【お正月はゆっくりしてね】【そのシスコンぶりがいい】とおおむね好評だった。
誰がシスコンだ。
自覚してるけど。
1年を締めくくる配信ということで選んだ曲は『断ち切れない想い』と『笑って生きていこうぜ』を唄った。
どちらも明るい未来に向かって希望を持って突き進む内容の歌詞。
想いはちゃんと伝わり、【元気が出た】【来年も頑張ろう!】【今年よりいい年になりそう】というコメントをいただけた。
歌でリスナーさん達と会話できたようでとても嬉しい。
配信終了の時間が近づくにつれてリスナーさんから別れを惜しむ声が増えてきて、名残惜しくなってしまう。
でも別れは必ず訪れるもの。
それが早いか遅いかは別として……。
後ろ髪を引かれながらも配信は終了。
これで今年の活動は終了!1年目の成果としては文句のつけようもない充実した年だったな。
クリスマスが終わると世間はすっかり正月モードに衣替え。
師走の空気感が一気に増してくる。
わたしにとって大晦日、元旦は少し憂鬱な日でもある。
おせちはちゃんと作ってあるから料理を作るのはあと年越しそばだけ。
その点はラクチンなんだけど、問題はその後に待ち構える初詣。
初詣で毎年着せられるのが振袖。
しかも縁起物だからということで毎年新調するのだ。
もったいないからいいと言っても、今年わたしが着た振袖は来年以降他の姉妹が着るから5年はいけるので大丈夫って。
いやいや、なんでわたしが一番最初なのさ!
本来未婚女性の晴れ着なんだよ!?女性の!
それでも4姉妹に加えてお母さんまであれでもないこれでもないと振袖選びに熱中している状況ではわたしの異論など通るはずもなく。
こうして選ばれた今年の振袖はわたしらしいと情熱的な赤を基調にし、キレイながらも存在感のある冬牡丹が誂えられたけっこう派手なもの。
わたしにはよくわからないけどこれは目立つだろうなぁ……。
思った通りだった。
赤は縁起のいい色だけど、やっぱり目立つ。
予想通りというか、あちこちで声をかけられ写真を撮らせてくださいと頼まれてばかりで一向に目的地に近づくことができない。
うちの姉妹たちはというと少し離れたところから微笑ましい顔でわたしを見守りながらりんご飴をかじっている。
わたしも食べたいのに……。
外国人観光客、同じ学校の生徒たち、お年寄りといろんな人たちから声をかけられて写真を撮られまくる。
空腹を我慢していると途中でおばあちゃんが綿菓子をくれた。やった!
でもわたしが綿菓子を持っていると「かわいい~!」という声と共にまた人が集まってくる。
なにこの無間地獄。
こうなるから振袖はイヤだって言ってるのに……。
「やっぱゆきの振袖姿いいよなぁ」
あたしがゆきを見ながらそうつぶやくと、焼きトウモロコシにかじりついていた茜が即座に反応。
「アップにした髪がいい」
わかる、わかるぞ~!
「普段は髪を下ろしてるから見えないけどうなじもいいなー。なんてーか、色気がすげー」
本当に男なのか、ゆき。
「ほんとに人間離れしてますねー」
そう言ってる楓乃子はベビーカステラを無心にほおばりながらゆきを眺めてる。
それにしてもよく食うな、この姉妹!
ひよりはまだりんご飴にかじりついてるってのに。
てかおっそ!まだ食ってたのか!
「ゆきちゃん早くこっちに来ないかな~」
確かに。いつまで捕まってるんだあいつ。
予想はしてたけど。
「アメリカに引っ越す前も捕まってたよな、ゆきの振袖姿」
「昔から似合いすぎてた」
次はやきそばか。
「ここにも振袖姿の美女が4人もいるのにね~」
ようやくりんご部分にたどり着いたな。
「ゆきちゃんは別格ですから。あの美貌に抗える人なんていません」
で、焼き鳥ね。ゆきが恨めしそうにこっち見てるぞ。
「はぁ~やっと終わった……。お腹空いた……」
声をかけてくる人も一段落してみんなと合流。
「ゆきちゃん、おつかれさまです~」
呑気か。いろんなもの食べてるのずっと見てたんだからね!こんちくしょー。
「こうなったらやきそば大盛りむさぼってやる!」
空腹で半泣きになりながらそう宣言したら全力で止められた。なんで!?
「イメージが壊れるからやめろ」
そ、そんなぁ……。綿菓子をちぎって食べながらこの世の理不尽に思いを馳せる。
「ゆきちゃんには綿菓子が一番似合ってるよ!」
綿菓子でお腹がふくれるか!
せめてと思ってベビーカステラを買いに行く。
さっきかの姉も食べてたしこれはいいでしょ。
「一口で食うなよ?」
だからなんで!?
どうしてわたしだけこうも注文が多いのか。みんな好きなものバクバク食べてるってのに。
ひよりはようやくりんご飴食べ終わってわたしのベビーカステラ奪いに来てるけど。
一個ずつ渡してたら餌付けしてるみたいで楽しくなってきた。かわいい。
とりあえず食べるもの食べたからみんなで参拝しに行こうってより姉が言いだした。
わたしまだほとんど食べてないんだけど……。
空腹を抱えたまま大鳥居をくぐり、境内の中に入ると人でごった返してはいるものの雰囲気は厳かなものに変わる。
ここからは神様の住む領域。真摯な気持ちで向き合わないと。空腹だけど!
参拝の順番が回ってきて、賽銭箱に五円玉を投げ入れる。
二礼二拍手一礼。
手を合わせて目を閉じる。
神社の神様にお願いするときは、自分の住所氏名を心の中で伝えてから自分は今年こういうことを頑張りますから、お助けくださいとお願いするのが正しいらしい。
その土地の神様によって参拝のマナーも違うから一概には言えないんだろうけど。
わたしが願うのはひとつだけ。
(わたしが支えますのでわたしの家族がみんな健康で実りある日々を送れますよう見守っていてください)
全員参拝が終わって再集合。
「ゆきちゃんはどんなお願い事したの?」
ひよりが振袖の裾をひらひらさせながら聞いてきた。ヤダかわいい。
「ないしょ。お願い事は人に言うと叶わないんだよ」
「え!そうなの?じゃ、ひよりもナイショだ」
より姉がわたしのそばにやってきた。
より姉の振袖姿は今年成人になるだけあって、大人びている。キレイだな。
「ゆきのことだからお願いはどうせ家族のことだろ」
そう言って肘でつついてくる。
図星。なんでわかった。
わたしが無言でいると呆れたような顔をしてる。
「あのな、ゆき。人のことを願うお前の優しさはかけがえのないもんだ。でももっと自分を大事にしてもいいんだぞ」
その顔は最初の呆れ顔と違って、優しげというか心配げといった表情をしている。
わたし別に自分のことをないがしろになんてしてないよ?
意味が分からずきょとんとしているといつもの表情に戻ったより姉がわたしの背中を叩いた。
痛いってば。
「ま、分からなければいいけどな。でもいざという時はちゃんと自分の事も考えるんだぞ」
いざってどんな時?
むー。なんか大人が子供を諭しているみたいで面白くない。
わたしだって今年で14歳になるんだからね!
「どうせゆきは自分のことを願わないだろうと思って代わりにお願いしておいた」
より姉とのやりとりを聞いていたのか、今度はあか姉が横に来てそんなことを言う。
確かにみんなのことお願いしたけど、そんなに心配されるほどのことかなぁ……。
「ゆきは自分の事は後回しにする。それがいつかゆきを傷つけることになるんじゃないかと心配」
わたしが傷つく……。
よく分からずにいるとそっと手を握ってきた。
「でも大丈夫。ゆきはわたしが必ず守る」
いつもの無表情だけどその眼は優しくて、とてもきれいで色っぽい……。
女の子はずるいな。
男のわたしよりずっと早く大人になっていく。
たったひとつしか歳は違わないのに。
少し早くなった心臓の音を誤魔化すように、わたしは少しいたずらな笑顔であか姉に向き直った。
「こう見えてもわたしは強いんだからね!簡単に傷つけられたりしないよ!」
そう言ってにかっと笑って見せた。
「強いのは知ってる。でも固いものほど壊れやすい。ゆきはもっと柔らかくなってもいい」
握った手に力を込めながらそう言ってくる様子は懇願しているかのようで。
わたしそんなに危なげなのかな……。
「わかったよ!今年は少し肩の力を抜いてみるから、そんな心配そうな顔しないで。わたしも何か買ってくるね」
詰め寄ってくるあか姉の無自覚な色気に心臓が耐えきれなくなりそうになったわたしはそう言って逃げ出してしまった。
「ほんとゆきちゃんは頑固ですね、茜」
ふと横を見ると楓乃子が立っていた。
今度はいちご飴か。最初にりんご飴食べたのに。でもおいしそう。
「そのくせとても繊細ですから。見ていて心配になりますね」
さすが実の姉妹といったところか。
考えが同じ。その上変なところだけ鋭い。
普段はボーっとしてるくせに。
「わたし達全員で支えてあげれば大丈夫だと思う」
わたしがそう言っても楓乃子の表情は変わらない。むしろ少し真剣な眼差し?
「ゆきちゃんは繊細とはいえ表面上の強さだけではなく芯の強さも持っていますから。わたし達では力の及ばない時もあるかもしれませんよ」
ギクッとした。力の及ばない……。
「危うい?」
そう問うと楓乃子はいつもの微笑に戻る。
「ゆきちゃんはどこか生き急いでいるように感じますからね。どこかでポキッと折れてしまわないか、想いが先走ってしまったりしないか。そんな不安がありますね~」
ぼ~っとした顔してやがるくせによく見てる。それだけ好きか。
でも楓乃子相手といえど想いの強さでは負けない。
「その時はわたしが全力で守る」
力強くそう言い切ってやった。
すると驚いたような表情をしてこちらを見た。
「あらあら、頼もしいですね。でもわたしだって……ね?」
思わせぶりな言い方をして。
でも楓乃子らしいライバル宣言だ。
わたしは少し微笑む。
楓乃子は気づかない。
わたしの表情の変化に気づくのはいつだってゆきだけだ。
「かの姉、あか姉~!何してんの、はぐれちゃうよ~」
少し先に進んでいたゆきに呼ばれ、わたし達姉妹は急ぎ足になった。
年があけたらすぐにゆきの誕生日だ。




