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雪の精霊~命のきらめき~  作者: あるて
第1章 充電期間

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36/74

第36曲 『YUKIの応援ありがとう恩返し企画!』フィナーレ

今日のテーマソング

https://www.youtube.com/watch?v=AS1QyzOafd4&list=WL&index=7

『JACKPOT』

蒼狼あおかみルナ

 ステージに立つ。そして軽く深呼吸。


 やがてレイラさんの曲が始まる。


 それに合わせて自分なりのアレンジを効かせて歌い上げていく。


 最初は余裕の表情を見せていたレイラさんだが、徐々にその表情が驚愕に変わっていく。


 当然だ。プライドを傷つけるだろうけど仕方ない。


 今の彼女には荒療治が必要だ。


 わたしに才能があるという言葉は否定しない。わたしはそれを神様が与えてくれたギフトだと思っているから。


 だけど才能があるからといって努力をしないというのは大間違いだ。


 わたしが今まで聞いてきた曲の量、声をどのように出すかを研究し練習してきた時間、あらゆるダンスをマスターするべく費やしてきた時間まで否定されるのは我慢ができない。


 それを証明するため、今回はテクニックだけに注力して歌い上げた。


 勉強して身につけたものを発表する論文のようなものだ。


 曲が終わり、マイクのスイッチを切るころにはレイラさんの表情は完全に驚きに変化していた。


 わたしが隣に戻っても反応すらしない。言葉を発することもない。


「ふぅ。リスナーさん達、今回のゆきの歌声どうだった?」


【すごいとしか言いようがない】【こんなにテクニックがあったなんて】【レイラより圧倒的】【こんなのまだ隠し持ってたんだ】【ほんと底なしだね】レイラさんの時以上の賞賛の声が並ぶ。レイラさんはそれを見て唇を噛む。


「ありがとね、みんな。でもね、いつものわたしと比べたらどうだったかな?」


 わたしが一番聞きたかったこと。


 そしてレイラさんに伝えたかったこと。


【なんか物足りない】【いつもの震える感覚なかった】【ゆきちゃんの歌声はいつも心に響いてたのに、それがなかった】この意見がある意味歌というものの本質であり、レイラさんに欠けているもの。


「それじゃ、連続になっちゃうけどもう一曲わたしがいっちゃうね」


 茫然自失といってもいい状態のレイラさんを置いてわたしはそのまま配信を続けていく。


 今度は小手先のテクニックなんかに頼らない、いつものわたしの歌い方で。


 何度も聞いて曲に込められたメッセージを読み取り、その気持ちに寄り添うように情感を込めて歌い上げる。それがわたしのスタイルだ。


 レイラさんは衝撃を受けたような表情。


 生で聞いた私の本気の歌声に何を感じてくれているだろう。


 やがて歌い終えたわたしは俯いているレイラさんに近づき、彼女に問いかけた。


「あなたは一体何と戦っているの?」


 弾かれるように顔を上げた彼女の目には困惑の色が浮かんでいる。


「コメントを見て」


 コメ欄には【これこれ!ゆきちゃんの歌だ】【この心を揺さぶられる感じ、たまらない】【ゆきちゃんの歌だ~。なにがどう違うかなんてわかんないけど、さっきと全然違う】という感想が並ぶ。


 みんなわたしの意図を察してくれたのだろう。


 いつものように高速でコメ欄が流れることはなく、レイラさんでも目で追えるようコメントを極力抑えてくれている。


「歌ってさ、テクニックを競うものじゃなくて何かを伝えたくて歌うものだと思うんだ。

 その歌詞に込められた思い。

 それを曲に乗せて聞いてくれる人の心に届ける。」


 レイラさんは黙ってわたしの目を見据えている。


 その瞳に先ほどまでの敵意の色は見当たらない。


「歌は競技なんかじゃない。勝ち負けだってない。

 Vtuberとして活動してる以上どうしても登録者数っていう数字を追い求めてしまうかもしれないけど、それは多くの人に歌声を届けるための手段であって結果じゃないんだよ。

 わたし達歌を唄う者にとっての結果はどれだけ人の心を動かすことのできる歌を届けられたか。

 わたし達は聞いてくれる人がいるから唄うことができる。

 さっきレイラさん、リスナーさんのことをリスナーって呼び捨ててたよね。

 聞いてくれる人への感謝を忘れてしまったらそれはもう自己満足の世界だよ。

 お風呂で鼻歌を歌うのと変わらなくなっちゃう。

 聴く側の心を忘れてテクニックだけを追い求めたところで感心されることはあっても感動を生むことはないんだよ。」


 呆然とした表情でわたしの言葉に耳を傾けていた彼女がつぶやいた。


「感動……」


 何も言わずただうなずき、レイラさんの肩に手を置いてわたしは続ける。


「さぁ、歌って。あなたの心をわたし達にも見せて。聴かせて」


 彼女はうなずき、ステージに向かって歩き出す。その瞳にはもう敵意も優越感もなくただ強い意志だけが宿っていた。


 その歌は先ほどまでのテクニックに頼ったものではなく、まだ拙いながらも確かに彼女の心を感じさせるものに変わっていた。


 レイラさんのポテンシャルも元々高いものを持っている。これから先、彼女はさらに成長して素晴らしいアーティストになっていくだろう。


 わたしもいつまでも同じ位置にいればたちまち追い抜かれてしまう。


 もう一度気を引き締めなおし、さらなる高みを目指していかないと。


 歌い終わり戻ってきたレイラさんの表情はとても晴れやかなものだった。


「ゆきさん、ごめんなさい。わたしあなたに嫉妬していました。

 同じ歳で同じような時期にデビューしたのにあなただけがどんどん先に進んでいく。

 わたしは負けたくなくてただひたすらテクニックだけを磨き続けました。

 歌の持つ本当の力も知らずに。そんな調子では差が開いていくのも当然ですよね。

 感心と感動。似ているけど全然違う。そのことに気づかせてくれたゆきさんには感謝の言葉もありません。度重なる失礼な態度、すみませんでした」


 そう言って深々と頭を下げるレイラさん。


 わたしは慌てて彼女の肩を掴み引き起こす。


「頭を上げて。わたしこそ偉そうなことを言ってごめんなさい。

 でもようやくレイラさんの心に触れることができたみたいでとても嬉しいよ。

 これからもお互い刺激を与えあって高めあえるような関係になれればいいなと思うんだけど、どうかな?」


 一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに笑顔になって「こちらこそよろしくお願いします!」と言ってくれた。


 そういえばレイラさんの笑顔、始めて見たな。こんなに可愛い顔して笑うんだ……。


「それじゃ、最後にデュエットお願いしてもいいですか?ゆきさんの言う心、重ねあってみたいです」


「もちろん!」


 その後のデュエットはまるで今日のコラボの本当の意味を確認しあうかのように2人の歌声が共鳴しあい、他の誰にも真似できないわたし達だけの想いを響かせることができた。


 それは確かに心を重ねられたような気がして。


「今日は本当にありがとうね、レイラさん。わたしもたくさん学ぶことがあってとてもいい刺激になったよ!」


 とびきりの笑顔でそう伝えると、あれだけ敵意に満ちていた彼女の両目にはみるみるうちに涙がたまっていき。


「ゆきさぁん!こ、こちらこそ本当にありがとうございました!あなたと会えて本当によかった。

 コラボできてよかった。わたし、今日の事絶対に忘れません!」


 そう言ってわたしの胸に飛び込んできた頃には大粒の涙をぽろぽろとこぼしていた。


 なんかいいなぁ、こういうの。


 わたしも感極まってしまい、彼女を抱きしめたまま頭を優しく撫でていた。




「結局おまえもか~~~~~!」


 自宅。姉妹たちの以下略。




 コメ欄も今度は良い意味で大いに盛り上がっていた。


【2人の関係の変化に感動した】【ゆきさんの心を尽くした語りかけに胸を打たれた】【レイラさんも最後はとても素敵な歌声になっていて感動した】【良いライバル関係としての2人に胸熱】などなど。


 そして今回の配信は良きライバル同士の胸熱展開として神回認定されることになった。




 こうしてより姉の助言から始まった『YUKIの応援ありがとう恩返し企画!』は最高の形でフィナーレを飾ることができ、どの回もリスナーさんからは好評の声ばかりが届いた。


 振り返ってみれば本当にいい人たちばかりだったな。


 情熱的で熱量が半端じゃなかった水音紡さん。


 普段は内気で恥ずかしがり屋さんなのに収録となると人が変わったように積極的となり、わたしも舌を巻くほどの歌声を響かせた冬空雪乃さん。


 最初は敵意をむき出しにしていたけど歌を通じて分かりあい、最後は確かに心を重ね合わせることができたような気にさせてくれたレイラさん。


 三者三様ながらもかけがえのない経験を共有することができた。


 連絡先も交換してあるし、みんな別れ際にはいつでも連絡してくださいと言ってくれた大切な友人たち。


 やってよかったな。


 さっそく第2弾の企画を姉妹たちに相談したらなぜか渋い顔をしていたけど。




 こうして日本に帰ってきて最初の年が過ぎようとしていたけれど、わたしにはまだ年末恒例の難関ミッションが残されている。

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