第2曲 ただいま!
挿絵提供:ひらじ様
X:@hirazi_illust
ギャラリー:https://hirazisora.wixsite.com/home
広沢悠樹、13歳。中学2年生の男子。
日の光を浴びて光沢を放つ、腰まで伸びた美しい黒髪はまるで絹糸のごとし。
大きな瞳からは温和ながらも強い意志を感じさせる。
長いまつ毛はまばたきのたびに音がしそうなほど。
鼻筋がすっきり通っており、しっとりとした薄めの唇からは年齢とは不相応の色気が漂う。
整った目鼻立ちはまさに神の細工ともいうべき黄金比。
空想世界から抜け出してきたかのようなその美貌には老若男女問わず魅了されてしまう。
その姿に衆目が集まる。振り返る者、立ち止まって見とれてしまう者。
その姿はとにかくどこにいてもすぐわかる目立つ存在。
対面を歩いていたサラリーマン風の青年が電柱にぶつかった。
しこたま顔を打ち付けた青年が恥ずかしげに顔を上げると偶然わたしと目が合ってしまった。
「くすっ」
思わずこぼれてしまう微笑み。それを見て青年の心はノックアウト。完全に呆けている。
なにか言いかけるが、言葉にならない。
紺色のブレザーをまとい、日本人離れした長い脚にはアンバー色のスラックス。
静かに歩く姿には気品が漂い、神聖不可侵のオーラをまとっていて近づくことさえはばかられる。
* * *
「やっぱり日本に帰ってきても反応は同じかぁ」
ひとりごちる。
まだ3歳だったあの雪の日以降、両親、姉に妹が一気にできて5人家族になった。仲のいい家族だったけど6歳の頃にわたしを育ててくれていた父が事故で他界。
一時は悲しみに暮れその後しばらく4人家族で過ごしていたが、わたしが9歳の頃に母が再婚。新しいお父さんと、2人のお姉さんが増えた。
その結果両親と姉3人妹1人、そしてわたし。合計7人の大家族に。
新しいお父さんの転勤に伴い一家そろってアメリカに移り住んでいたが、両親の仕事に目途がついたのと1歳下の妹の中学進学がちょうど重なったのを良い機会として、つい先日約四年ぶりに日本へ帰国した。
わたしは幼少の頃から女の子だと思われてきた。今の容姿に関してもちゃんと理解はしているつもりだ。
「まぁこんな見た目じゃ仕方ないよね。最近はズボンタイプの女の子もいるらしいし」
幼いころからとびきりの美少女(?)であったわたしはテレビ収録を見学に行った際にスカウトされて5歳で芸能界入り。
キャラクター名、雪の精霊『ピーノちゃん』として子供向け番組に出演。
そのテーマソングは子供向けに作られた曲でありながら大人でも口ずさんでしまう軽快なリズムとダンスで大流行し、記録的な売り上げを達成。
楽曲は作詞作曲からダンスの振り付けまですべて自分ひとりで作成した。
神様から与えられたギフトのひとつ、音楽に対する天才性に加えてこの容姿は話題性抜群。瞬く間に世間から注目を浴び、一世を風靡した。
しかし活動期間2年足らずで芸能界を引退。理由は非公開。
それでもその卓越した歌とパフォーマンスは今でも時折話題に上り、カラオケで歌われる曲ランキングの常連。
芸能界を引退しても歌とダンスが好きなところは変わらず、アメリカでもいくつかの曲をリリース。
しかし覚えたての英語での曲作りは幼いわたしには無理があったようで、ヒットするにはいたらなかった。
このままじゃダメだと、思い切って活動を休止。
語学力向上、歌唱力の研鑽、そしてダンスを極めるためにジャンル問わずあらゆる種類のダンスを吸収し、再び世界に歌を届けるための学習期間としてアメリカでの時間を過ごした。
結局アメリカでの芸能活動はほとんど行わないまま帰国。
日本でもわたしの芸能界引退後の行方などは知られていなかったので、今のわたしを知る人間はほぼいない。
ピーノちゃんの設定は神様から与えられた使命をゆきに伝えた「雪の精霊」をそのまま名乗り、性別は不詳ということにしてあった。
それでも実際は女の子に違いないと噂され、当時からそれを疑うものはいなかった。
よく見れば昔の面影はあるが7年という歳月を経て少し大人びた雰囲気になったわたし。
街を歩いていてもこの美少女がかつての天才子役だと見破れる者はいなかった。
それでも、わたしはれっきとした男の子なんですけど!
「たまにはかっこいいって言われてみたいな……」
こんなわたしでも年頃の男の子らしい望みくらいはある。
かわいいって言われても嬉しいけどね。
そして今日からいよいよ新学期。帰国後初の登校。
帰国から今日までそんなに日数もなく、荷解きなど引っ越しの後片付けに忙殺されていたため外に出るのも何日かぶり。
春の空気を胸いっぱいに吸い込み、転校生ならではの不安とワクワクを抱え、もうほとんど散ってしまった桜並木を抜けるわたしの足取りは軽かった。
そして学校に到着したはいいものの。
「はぁ、やっぱり緊張するよぉ」
転校初日を迎えたわたしはまず最初に職員室へ顔を出す。
他の生徒が登校する前、けっこう早朝に学校へ到着したので誰にも出会うことはなかったのだけど、職員室に入り名前を名乗るなりどよめきが起きた。
ですよねぇ。不本意だけど。
職員たちは転校してくるのが男の子だと聞いていただろうに目の前にいるのはどこからどう見ても美少女。
動揺するのも当然だよね。
まぁこれも誰かと初めて顔合わせをするときには恒例の反応なので慣れたもの。気にしても仕方がない!
わたしの担任は福山瑞穂先生というまだ若い女の先生。優しそうな先生でよかった。
「瑞穂先生って呼んでね。……はぁ……それにしてもこんなキレイな男の子なんて今まで見たことないわぁ……失礼だけど本当に男の子なのよね?」
瑞穂先生は信じられないと言った様子で念押しをしてきた。
念押しされるほどなのか……。
「こんな見た目なのでよく言われますけど、生物学上はしっかりオスに分類されていますよ。」
冗談交じりに答えるとまたしてもため息を漏らす。
「いろんな人がいるとは思っていたけどホントに世の中は広いのねぇ」
まだ信じられないと言った様子の瑞穂先生。
苦笑いするしかない。あはは……。
そうしているとわたしと同じく今日が転校初日になるひとつ上の姉である茜、通称あか姉が登校してきた。
朝待ちきれなくて先に出てきたからちょっと怒ってる?目が怖いよ?
妹の陽愛の方は今年入学なので入学式にも出席しており、新入生扱いなのでもう教室にいる。
あか姉と2人で生徒指導の先生や学年主任の先生、教頭先生に校長先生の紹介を受けあとは簡単な学校の紹介。
それらを終えて少し待機しているとホームルームの時間になり、わたしとあか姉はそれぞれ担任の先生に引率され、編入されるクラスへと向かう。職員室を出てからは別々の方向だ。
瑞穂先生に連れてこられたクラスの前で待機。扉上のプレートには2-4って書いてあるから4組か。
アメリカに転校したときもそうだったけど、やっぱりこの瞬間はどうしても緊張する。
教室の中で先生から転校生のお知らせがされ、期待に満ちたクラスメイト達の歓声が聞こえる。なんだ男かよなんて落胆の声も。やっぱりかわいい女の子が転校してきた方が嬉しいよね。
ごめんよ、男で。
やがて先生の合図が聞こえてきたので扉に手をかける。
乱暴にならないよう静かに扉を開け教室の中に足を踏み入れた途端、それまで騒がしかった教室内が水を打ったようにしんと静まり返った。
教室中の視線が集まる。
視線を浴びることには慣れているが、この静寂には少し不安を覚える。わたし、まだなんもしてないんだけど……。
先生に促され、まずは自己紹介ということで黒板に自分の名前を記入。書道が好きで、毛筆硬筆ともに習っていたので字はキレイに書けているはず。
「今日からお世話になります、広沢悠樹といいます。
家族からも『ゆき』って呼ばれてるのでみんなもゆきって気軽に呼んでくれると嬉しいです。
ちなみにこんな髪型をしていますけど、れっきとした男子です。
それに自分の事を『わたし』と呼ぶのも変かもしれませんが小さいころからの習慣なのでもうこのままでいいやと思っています。あはは。
アメリカから帰国したばかりなので日本の習慣と少しずれたところがあるかもしれませんが、よろしくお願いします。」
目立ちすぎず地味すぎず、転校初日のあいさつとしては問題なかろう。
しかし反応がないな。
見まわしてみるとみんな呆気にとられたような顔してる。この見た目で男の子ってのは日本では受け入れてもらえないのかな?
一抹の不安が胸をよぎったが、やがてそこかしこから声が聞こえだす。
男子からは「え?男子?」「え?かわ……え、男?」「うそだろ……」「どうみても……え?」と、やや錯乱気味の声がちらほら。
ちゃんと男です。受け入れて。
女子もわたしの容姿に衝撃を受けたのは同じみたいだけど、衝撃の種類がちょっと違うようで「キレイ……」「男子に負けた……」「肌きれいすぎ。色しっろ」「まつ毛なっが」などとため息交じりの声が多い。めっちゃ見られてるし……。
最初は声もなかったクラスメートたちだったけど、ただ驚いていただけだったみたい。口火を切った生徒たちから始まりすぐにみんなが一斉に騒ぎ出した。
マジ大騒ぎ。
蜂の巣をつついた騒ぎってのはまさにこういうことを言うんだろう。いろんな質問が飛んでくるけどみんな一斉に話すものだからハッキリ言って何も聞き取れない。いやいや無理無理。
聖徳太子でも30人超は無理でしょ。
先生が静かにするようにと注意しても騒ぎが収まるまで少し時間がかかってしまった。
他のクラスの迷惑になるから落ち着いてね。
それにしてもわたしってそんなにかわいいかな、えへっ。
褒められること自体は嬉しい。ちょっと複雑だけど。
ただ「かっこいい」はもう諦めた方がよさそうだ。
転校初日にして想定以上の騒ぎになっちゃったけど、おおむね好意的な反応で歓迎はされているようなのでとりあえずは安心かな。
ホームルームが終わり授業が始まる。授業中もみんなちらちらとこちらを見て落ち着かない様子。
4年ぶりに日本の学校で受ける授業だから不安に思っていたけど、国語関係以外は内容も大差ないので安心した。勉強に関しては問題ないと思う。
内容が全然違って全部最初から覚えなきゃいけないとかだったらさすがにめんどくさい。まぁわたしの場合チートみたいな能力があるから可能ではあるんだけど。
授業は問題なかったけど、休み時間のたびにクラスメイトが大勢押し寄せて質問攻めになるのにはまいった。
日本人って転校生にこんなに興味津々だったっけ?
噂を聞きつけて他のクラスからも見にくる人もいたりしてほぼ毎時間教室が満員御礼状態。
特に女の子ってこういうとき容赦ないんだなって知った。
マスコットというかおもちゃというか……。
「めちゃくちゃ髪の毛きれいだけどシャンプー特別なの使ってる?」
「つけまじゃないよね!?」
「声もかわいいしね。ほんとは女の子なんじゃないの?」
「肌も白いしすべすべ~!スキンケアってどうしてるの?」
容姿と言うか美容に関する質問を矢継ぎ早にしながら髪から顔、手までめっちゃ触ってくる!
おさわり禁止~!
中身はれっきとした男の子なんです!
そんなにあちこち触られると恥ずかしいというか……誰か助けて……。
男子はというと少し遠巻きにしながらわたしが女子に囲まれてもみくちゃにされているのを眺めているだけであんまり近づいてこない。
同性なんだしもっと気軽に話しかけてほしいんだけどな。
質問攻めの中、杏奈と呼ばれている子が興奮気味に訊ねてきた。
どうやらクラス委員らしいけど、なんか鼻息荒いよ?
「ね、見た目もそうだし、話し方も女の子みたいだけど恋愛対象は男の子だったりするの?」
いきなりぶっこんだ質問をしてきた!
クラス委員ということで特攻隊員として選ばれたのかいきなりセンシティブな話題に触れてきたよ……。
「小さいころからの習慣というか家族の影響でこんな見た目になっちゃってるけど、中身はれっきとした男の子だよ。別に同性愛とか性的マイノリティの人に偏見なんかはないけどわたし自身が同性に告白されてもさすがに無理かな。同性相手に恋愛感情は持てないなぁ」
男として至極まっとうな返答をしただけだけど、反応は2種に分かれた。
「そっかぁ。ちょっと安心したかも」という意見が大半だったものの、一部「チッ、ノーマルか」って反応が。
舌打ち!?
ノーマル以外に何を期待してたの!?
なんとなく想像はつくけど怖いからそれ以上は聞かないでおこう。
そしてなんで男子たちは少し残念そうにしてるのかな?
わたし男だよ、わかってるよね?
お願いだから気を確かに持ってね?
てゆーか遠巻きにしてる割にはしっかりと聞き耳は立ててたのかい。
それにしても身をもって転校生への関心の高さを痛感させられてしまったので、わたしはあか姉やひよりの事が心配になってしまった。
わたしには姉が3人、妹が1人いる。
同じ中学へ通う3年生のあか姉と1年生のひよりが同じく登校初日。
あと今年高校に入学した楓乃子、通称かの姉とデザイン系の専門学校に入学した依子、通称より姉がいる。
かの姉とあか姉は新しいお父さんの連れ子なので他の姉妹との血のつながりはない。
そして4人とも弟であるわたしの目から見ても超美人。
昔から美人5姉妹なんて呼ばれて近所でもちょっとした有名人だった。
わたしを姉妹のくくりに入れるな。わたしが長男であと4姉妹だよ。
そんな美人姉妹なので変なのにからまれてやしないかと二人の様子が心配で様子を見に行きたい。
けどクラスメートの質問攻めが終わってくれない。
あか姉はもちろん転校生。ひよりも新入生とはいえ以前日本に住んでいた時の小学校からは違う校区になってしまっており知り合いがいない。
心配だったからスマホで無事かどうか確認した。
ところがどうやら向こうは騒ぎになどなっておらず割と普通の対応だったらしい。
おやぁ?
本物の女子だと違うってこと?なんだこの対応の差は。
わたしは珍獣か?
お互いの無事を確認した後、帰りは3人一緒に下校しようと正門前で待ち合わせ。
待ち合わせにはわたしが一番乗りになってしまった。
おかげで二人を待っている間にもいろんな生徒が入れ代わり立ち代わり話しかけてきてここでも集団形成。
他のクラスどころか上級生や下級生もいるんだけど。全校集会か。
そこにひよりとあか姉が連れ立ってやってきたんだけど、2人ともわたしを囲むギャラリーを見て苦笑い。
「すいません、ゆきちゃんの妹です!兄のところへ行きたいので通して下さ~い!」
人ごみをかき分けるようにしてなんとかわたしのそばに近寄ることができた2人。
「さすがゆきちゃん。どこに行っても人気者だね」
ひよりが冷やかすようにわたしの顔を覗き込んでくる。
他人事だと思って。
そう思ってひよりに批難の目を向けると、いたずらっぽい笑顔で「だっていつもゆきちゃんは人に囲まれてるんだもんねぇ」とあか姉に話を振る。
「うん。ゆきは人気者。自慢の妹だ」
っておーい、わたしは弟ですよー。
ナチュラルにわたしの性別を変更するのはやめて。
わたし達3人のそんなやりとりを見てまわりのテンションがさらに上がる。
「美人3姉妹がそろった~!」「みんなかわいい~!眼福」家族が揃えば帰らせてくれるかと思いきやさらに騒ぎだす。
おまえらも3姉妹ときたか。毎回主張するのも疲れるしもういいや。
割と長時間大勢でたむろしていたため生徒指導の先生が注意しに来てくれてようやく解散。
ようやく家路につくことができる。
疲れた……。




