フレイの剣ブレイズソード
鋭く張りつめた空気が、その場を包み込む中、フレイが静かに口を開いた。
「敵は――三体。迅速に排除する」
フレイの声は、ただ任務を遂行する機械のようだった。
「俺に任せておけ。巻き添えになるな……近づくべきではない」
その言葉とともに、フレイが前に進み出ると、酉人、巳人の兵たちがざわめき、まるで潮が引くように一斉に後退する。それが当然であるかのように。彼の背中には、誰も踏み入れぬ絶対の領域が存在しているようだった。
そして、その背後に立つのはフレイア。穏やかな微笑を浮かべたまま、ただその場に在るだけで、世界の秩序を体現しているかのような存在感がある。
俺、エルマ、リリィの三人は短く視線を交わし、息を合わせるように身を寄せた。フレイの放つ異質な気配に警戒を強める。
「天使……魔力量は魔王クラスに匹敵しておるな」
エルマの分析の目には、警戒が宿っていた。
「……魔王が本気で戦える相手……楽しみにゃん」
リリィが呟いた声には、しかしいつもの戯けた調子がまったくなかった。彼女の本能が、フレイを強敵と捉えている。その瞳には純粋な闘志だけが灯っていた。
そのフレイが、静かに一歩を踏み出し、
『ブレイズソード』
その刹那。彼の手に光が収束してゆき、一振りの剣の形なって現れた。それは焼けるような輝きをまとっている。
その次の瞬間――フレイの姿が消えた。
弾丸のような速度で、彼はまっすぐこちらへと飛び込んできた。
ーーオート回避、発動します。
ロイナの警告が走る。俺は斥力の魔法によって自動的に後方へと引かれ、光刃の軌道から逃れる。
リリィは即座に地を蹴って跳躍。エルマは足元に転送陣を展開し、寸前で姿を滑らせるように消し、数歩先の位置へと移動していた。
フレイの光の剣が一閃。空気が裂け、瞬間的に生じた衝撃波が地をなぎ払い、風圧による砂塵が視界を遮った。
リリィは怯むことなく、すでに詠唱に入っている。エルマは冷静に、幾重もの多重魔法陣を展開していた。
「三体なら、やはり三本か」
フレイが無表情のまま、呟いた。するとまた別の光が噴き出す。音もなく、追加で二本の光の剣が空中に形成された。
俺は思わず問いかける。
「手はもう一本しか空いてないぞ。三本剣を出したところで、どうやって使うつもりだ?」
「剣を持つ必要など、ない」
フレイのその言葉が引き金だった。三本の光剣が、一斉に宙を舞う。空間を滑るように滑走し、三方向から同時に襲いかかる。狙いは、それぞれリリィ、エルマ、そして俺。どうやらこれは、フレイの意思に従う、自律戦闘の武器のようだ。
光の刃は、こちらの動きを読み切ったかのような精密さで、首元、心臓――急所ばかりを正確に狙ってくる。
「勝手に動く剣でも、当たらなければ意味ないにゃん」
リリィは涼しい顔で身をひるがえし、弾丸のような斬撃を軽々といなした。
「儂は体術は得意ではないのじゃがのう」
エルマはぼやきつつ、あちこちに転送を繰り返して回避している。
ーーマスター、オート回避を発動します。
俺はいつものオート回避だ。リリィやエルマのようにカッコよく避けることはできず、プログラム処理になされるがままにあっちこっちに飛ばされている。その間にも、リリィの詠唱が響き渡る。
「黄泉の門よ、今ここに開かれよ。冥府の深淵より来れ、終焉に潜む終焉の刃!」
『死の鎌』
詠唱が完了するや否や、空中に現れた魔法陣が黒く脈動し、そこから出現したのは、漆黒のオーラをまとった巨大な地獄の鎌だ。その刃が一閃すると、宙を舞っていた光の剣のひとつが弾き飛ばされた。
「剣を攻撃しても意味ないにゃん。本体を叩くにゃん!」
リリィはその鎌を己の体の周囲に旋回させ、そのままフレイへと突進する。だが――
「通ずるは天の白銀の門……呼び起これ、穢れを遮る聖なる光の結界――」
そこでフレイアの詠唱が完成した。
『光壁!』
まばゆい白光が走り、空間に巨大な光の障壁が出現する。リリィの突撃と鎌の斬撃は、その聖なる防壁に触れた瞬間、あっさりと弾かれた。
「痛いにゃん……!」
空中で身を翻しながらも、リリィは受けた衝撃に顔をしかめる。冥府の鎌は光の力によって霧のように霧散した。
フレイは無言でただ静かに片手をかざした。空間から、次々と、光の剣が生成されていく。一本、また一本と……いや、今度は十本、二十本。鋭く煌めく刃たちは、すべてがこちらを狙っている。それは『神の裁き』を具現化したかのような光景だった。
複数人を同時に攻撃できるフレイと、防御に徹するフレイア――これは完全な役割分担。しかも未来が見えているという……突破は、容易ではなさそうだ。
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