黄昏の天使たち
エルマは全ての防御結界を解き放ち、大魔法発動のための魔力集中に入る。当然、その隙を突くように、敵の呪詛が一斉に襲いかかってきた。空を黒く染めるほどの呪いの魔法群。俺は即座に詠唱を開始した。
「至れ、我が工房。顕現せよ、魔道具十二番!」
魔法陣が閃き、そこから黒き石板が浮かび上がる。魔道具十二番『魔法ブースター』。一度きりの使い捨てだが、魔法の力を大きく増幅させる魔道具だ。
「遠方の地に導け……邪なる魔法よ!」
そして、俺は転送魔法を発動すると同時に、魔法ブースターを叩き割る。暴風のように膨れ上がった魔力が、一帯を包み込む。その途端、降り注いでいた呪いの魔法が、遥か遠方へと転送された。師匠と同じ魔法は使えないが、魔道具と組み合わせれば、俺にもこれくらいの芸当はできる。
そして、二秒後。巳人たちが一斉に何かに怯えながら全速力で後退を始めた。おそらく未来視で何かを察知したのだろう。
――よし、五秒は稼げた!
後半はラッキーだったが、やり遂げた俺はエルマを見る。
「上出来じゃ!」
エルマが満足げに叫ぶと同時に、足元から奔流のように魔力が噴き上がった。幾重にも重なる魔法陣が次々と浮かび上がり、それらは精緻な機械装置のように連動し、回転し、噛み合いながら空間全体を歪めていく。
『――空間☆崩壊!』
エルマの魔力が爆発的に放出され、空間そのものが裂ける。虚空に穿たれた巨大な裂け目は、地獄の門のようにあらゆるものを引きずり込んでいく。
「こっ、これは……まずい、でございます!」
シレーヌの声に焦りが滲む。セイズを使っていない者たちは抗う間もなく次々と引き込まれ、悲鳴とともに姿を消した。距離を取っていたセイズ状態の女たちも、もはや未来を読んだところでどうすることもできず、徐々に吸い寄せられていく。
「ロリババ賢者、見た目に似合わずやるにゃんね」
それは、リリィが珍しく素直に賞賛するほどの威力だった。
「さすがに連発はできんが、これは儂の空間魔法の中で最強の一発じゃ」
この一撃で全てを終わらせられるのではないか、俺がそう思ったまさにその時だった。眩い光のヴェールが空間の裂け目を遮った。そのまま裂け目を押し返して封鎖し、吸引を強制的に停止させた。そして、その光の中から、二体の輝ける存在がゆっくりと姿を現す。それは人の形をしていながら、ヒトではないモノ。
「ワタクシたちの天使――フレイと、フレイアのお出まし、でございます」
シレーヌが恭しく一礼し、名を告げる。
時は黄昏。薄闇を明るく照らす光に包まれ、そこに降臨したのは、あまりに美しい存在だった。白銀に輝く甲冑をまとい、背からは純白の六枚翼を広げた一人目の天使――フレイ。切り揃えられた金の髪、冷静な光を宿す蒼の瞳。まるで神の意志を代行する機械のような、威風堂々たる姿。
そしてその隣に並ぶ、もう一人の天使――フレイア。彼女の姿を見た瞬間、俺は息を呑んだ。フレイと同じ六枚の羽を持ち、外見こそ神々しい装束を纏い、艶やかな光のヴェールに包まれていたが、その面影は、間違いなく、レイアだった。顔立ち、雰囲気、佇まい、そして眼差しまで同じだ。俺でも見るだけでわかる。レイアの魂は、そこにある。
「あれが天使か……まさか、儂の切り札『空間⭐︎崩壊』を防ぐとはのう……」
息を切らせたエルマが思わず唸った。
「天使の能力は、ヒトの限界を軽く超えているのでございます。そしてセイズを常時発動し、数秒先の未来を見通すことも可能、でございます」
シレーヌは勝者の余裕を滲ませた声で告げた。フレイとフレイアは空中を優雅に舞い、俺たちの前に静かに降り立つ。
「遅くなったな」
天使フレイがシレーヌと短く言葉をかわす。その声は感情を排したような無機質な響きだ。その言葉に応えるように、シレーヌが恭しく一礼し、朗らかに笑みを浮かべながら言葉を返す。
「なんの、フレイ様。セイズの使えぬ男たちは多大な犠牲を払いましたが、我らが主力――セイズの使い手である女たちは、いまだほぼ無傷、でございます」
「……しかし、それはおいたわしいこと」
もう一人の天使フレイアが静かに口を開いた。フレイとは異なり、その声音には、深い慈愛が宿っているようだった。痛みを知る者が、他者の痛みに共鳴するかのように。そして、それはまさに、レイアの声そのものだった。
俺の胸が締め付けられる。あれはレイアではない。だが、俺は――本当にあれを壊すのか?
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