石像に誓う決意
一連の魂抜き取り騒動は、ひとまずの区切りとなった。だが、まだ終わってはいない。レイアの魂はいまだ戻らず、神の軍勢という新たな脅威も迫りつつある。このひとときは、まさに嵐の前触れなのかもしれない。
そんな中でまず俺たちは、デルピュネが持っていた光を宿した宝石――魂を封じた容器を回収した。そして、それをリリィに託す。
「まったくにゃん……魔王といえば、『魂を捧げよ』と言う側にゃん。なのに、こうして肉体に戻してやるとは、空前絶後の大サービスにゃん」
文句を垂れつつも、リリィの手際は確かだった。次々に閉じ込められていた魂たちが、ゆっくりとその肉体へ還っていく。宝石の輝きが徐々に色を失っていくと、横たわっていた人々の体がかすかに動き出した。間も無く、ナノン、ハンツ、モーリス……自警団の面々が、次々と意識を取り戻していく。
「……うぅ……すごく、長く寝てた気がするの……頭がぐるぐるして……それに、すっごくお腹がすいた……なの……」
一番に目を覚ましたナノンが、寝起きのぼんやりした声でそう呟いた。
「ナノン、無事だったのか! ああ、良かった、良かっただの!」
ダノンが駆け寄り、半ば泣きそうになりながら抱きしめた。ナノンは少し困ったような顔をしながらも、されるがままだった。
続いて、ハンツ、モーリスをはじめ、自警団の面々も次々に目を覚ました。誰ひとり欠けることなく、魂は肉体に戻ったようだ。
「……兄ちゃん、俺たちも、しばらく眠ってたみたいだな」
半身を起こしたモーリスが、隣で呆けているハンツに声をかけた。そして生還を喜ぶナノンとダノンを見る。
「まあ、俺たちの目が覚めてもさ、喜んでくれる奴なんて、いないんだろうけど……」
「わわわ、ハンツさん! モーリスさん!」
声を上げたのはミーアだった。思わず駆け寄る彼女の目には、涙がうっすらと浮かんでいた。
「すみません、本当に……目を覚ましてくれて、よかったです。私……どうしようか……困っていたとろだったんです……」
その表情に、ふたりの男は一瞬ぽかんと口を開け、それからにやけた。
「ミーア嬢……まさか、そんなに心配してくれてたなんて……!」
「俺たち、決めた。これから一生ミーア嬢についていきますんで!」
肩を寄せ合って真顔で言う二人に、ミーアは思わず瞬きを繰り返し、返す言葉に戸惑っているようだった。
「それで……ミーア嬢、さっき言ってましたよね? 困ってたって……何をお困りだったんですか?」
「はい、もし皆さんの魂が明日も見つかってなければ、体の方のお腹が空かないように、石にしてしまおうかどうしようかと困っていたんです」
「い、石……」
「アヒャ、石が怖い……石は嫌ァ……」
ナノンや自警団たちが無事に目覚めたことに、誰もがほっと胸を撫で下ろしていた。だが、その和やかな空気の中で、俺の気持ちは深く沈んでいた。レイアの魂は、まだ戻っていない。
傍らに立っている石となった彼女の体。とても美しいオブジェにも見えるが、そこには温もりも、呼吸もない。彼女の魂を、手段があるかどうかも分からないが、必ず、取り戻す。どんな手を使ってでも。俺はもう一度、心に誓った。
「さて……次はニョルズの神の軍勢か……」
ぽつりと隣でエルマが呟いた。重苦しいその声に、ただならぬものを感じ取る。
「師匠、ニョルズを知ってるのか?」
俺の問いに、エルマは短くうなずいた。その表情は険しく、どこか遠い過去を思い返しているようだった。
「ああ、知っておるとも。ニョルズ――神のひとりにして、かつてウロボロス古代遺跡で儂を封印した者じゃ」
「え……師匠を封印した?」
初めてエルマと会った時、石となっていた彼女の姿が脳裏に浮かぶ。
「……つまり、ニョルズは、師匠よりも強いってことなのか?」
「不意を突かれたとはいえ、まあそうじゃろう。何せあやつは『上級神』――神々の中でも格上の存在じゃ」
さらりと語られた事実に、背筋が冷たくなる。俺にとっては、未だ底の知れない強さを誇る師匠エルマが敵わなかった相手。その神の軍勢が間も無くやってくるという。
「……でも、どうしてそんな存在が、今さら動き出したんだろう?」
俺の疑問に、エルマは静かに答える。
「よほど興味を引く何かが、あるのじゃろう。神というものは余程のことがない限り、動かん。何千年、何万年も生きているせいで、あらゆることに鈍感になっておるからの」
「レーヴァテインというのはそこまで価値のあるものなのか?」
「分からぬが、それを使って何かをしようとしておるのじゃろう。じゃが、あの身勝手なニョルズが考えることなど、十中八九ろくなことではあるまい」
神の理由がどうであれ、相手が誰であれ、俺の決意は変わらない。レイアを必ず取り戻す。
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