神器と呪術と包囲網
武勇伝のようにどこか誇らしげに、デルピュネの語りは続く。
「それからは、ご存知の通り――抜け殻になった聖女様の体をお借りして、この村に潜伏していたのです。そして、ここに隠されているはずの神器、レーヴァテインを探し続けていましたのです」
神器と言った。やはりあれはただの剣ではなかったのだ。
「でも……ふふっ、途中でちょっとしたトラブルが起きてしまったのです。剣を集めているところを、娘に見られちゃったんですよ」
デルピュネはそこでわざとらしく口元に手を当て、ペロリと舌なめずりをした。彼女の声色がひときわ甘く変わる。
「……だからぁ、仕方なく。その子の魂も、ついでにいただいちゃいましたぁ」
「――それが、ナノンの事件ってわけか」
デルピュネは満足げに頷いた。まるで誉められた子供のような笑みを浮かべながら。
「そうそう、それですそれです。あの時はさすがに、ちょっとだけ焦りましたけどね」
軽く肩をすくめてみせるが、微塵も後悔の色はなさそうだ。
「でもね、レーヴァテインって、なかなか見つからなかったんですよ。貴重な神器だって聞いていたから、見たらすぐに分かると思ってたんですけど……全然」
そこで、彼女は人差し指を立て、得意げに続けた。
「それで、思いついちゃったのです。もう、手当たり次第に剣を集めながら、魂も奪いまくって、ついでにお手紙でも残せば、誰かが怖くなってレーヴァテインの居場所を白状してくれるかもって」
ここまでで経緯は、ほぼ理解できた。悪びれた様子もないその語り口に込み上げる怒り。俺はもう彼女の話を聞く気持ちも失せかけていた。だが、どうしても、ここで聞いておかなければならないことがまだ残っている。
「もう一つ、聞かせてくれ。お前が抜き取ったみんなの魂は――どこにある?」
「魂? あーはははははっ!」
俺の問いに、デルピュネは答えず、その代わりに、目を細めたかと思うと、底知れぬ悪意を秘めた呪文の詠唱を始めていた。
「――静寂に沈む冥き地の奥より、深淵の風よ、銀の糸を断ち切れ。揺らめく魂よ、肉の檻を離れよ――」
全身を駆け抜ける身の毛がよだつような悪寒。肌にまとわりつく空気が重たく、指先から体が冷たくなっていくようだ。
『魂の解放……』
その瞬間、ロイナの警告が飛び込んできた。
――マスター、足元に注意!
はっとして視線を落とす。いつの間にか、俺の足元にうっすらと魔法陣が展開されていた。静かに呪詛の力を高めている闇の魔法陣。咄嗟に俺は戦鎚ソードを収め、輪廻の魔法陣を顕現させる。そして、それを足元に叩きつけた。魔法陣同士がぶつかり合い、光と闇を散らして弾け飛んだ。間一髪、相殺成功。
デルピュネは、俺がレイアの体を傷つけられないことを見抜いている。もはやこちらへの警戒も躊躇もない。
「ちっ、もう少しで魂でるでるだったのに、です!」
舌打ちまじりに吐き捨てながらも、デルピュネは微塵も怯むことはなかった。素早く床に置かれた剣を拾い上げ、そのまま風のように駆け出した。その加速は、俺が超斥力シューズで跳躍したときに匹敵するほどの速さだった。
俺が近づこうとすると、デルピュネは即座に斥力の六芒星魔法陣を展開し、こちらへ向けて撃ち放ってきた。即座に発動できる念動魔法。魔法の衝撃波が床をえぐり、砕けた破片が飛び散った。無詠唱でこれほどの威力を出せるとは、相当な術者だ。
「バレちゃったからには、剣をいただいてさっさと逃げるのが一番です!」
デルピュネは剣を抱え、軽やかに疾走する。こちらはレイアの体を傷つけるわけにもいかず、足止めすら難しい。
だが、焦る必要はなかった。
「ごぎゅっ!?」
突然、デルピュネの身体が空中で弾かれた。まるで見えない壁に突っ込んだかのようだ。そのまま跳ね返り、地面を転がった。そう、ここは、一度かかった獲物が、二度と逃げられないようにわざわざ用意した檻なのだ。
デルピュネが無様に立ち上がったその先に、一人の少女が立っていた。
「……すでにこのアカデミー全体は、儂の結界魔法で覆われておる。お主がどれほどの術師かは知らんが、外へ抜けることなど、容易にできるはずもないのじゃ」
現れたのは、エルマだった。彼女の蒼い瞳は氷のように澄み、そこには静かな怒りが宿っていた。
「お前のせいで、この偉大なる魔王様が、余計な労働を強いられる羽目になったにゃん……覚悟はできてるにゃん?」
低く唸るような声と共に、リリィがゆらりと姿を現した。その手のひらには、赤く脈動する灼熱の魔力が灯っている。今にも、怒りを込めた一撃を叩き込まんとする気配をまとっていた。
「すみません、すみません……でも、レイアお姉ちゃんのふりをして、悪いことをするなんて……私の個人的な意見ですみませんが、絶対に、許せないです」
ミーアもまた、迷いのない瞳で前に出た。その身体は既に擬態を解き、半身をバジリスクの姿へと変え、邪眼を鋭く輝かせている。
どれほど強力な魔術師であろうとも、俺も含むこの四人に囲まれたら、もはや逃げ場はないだろう。さすがにデルピュネも、それを悟ったらしい。肩を震わせながら、怯えたように後ずさった。
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