魂集めのスペシャリスト
もちろん、俺のこの推理だけでレイアを犯人と断じるには根拠が足りなさすぎる。なにより、本物のレイアがこんなことをするとは思えない。だからこそ、俺は、何者かがレイアになりすましている可能性を疑った。
しかし、彼女に俺の元の名前を直接尋ねても、さっきのけん玉のように微妙にはぐらかされて確信にまでは至れなかったり、問い詰めすぎれば疑いを察知して逃げられるかもしれない。だから俺は、確実に尻尾を掴むことができ、罠にかかれば、決して逃げられないこの手を考えた。
「バレちゃいましたです。いやぁ、よく気づきましたぁ。さすが元首様、感心しちゃいますです」
偽レイアの口調が大きく変わり、唇の両端が吊り上がる。それは、もはや聖女の面影もない邪悪な笑みだった。
「せっかくあの聖女様といっぱいおしゃべりして、いろーんなことを聞き出したのに……あーあ、全部台無しなのです」
表面上のやりとりでは気づけないほど、言葉遣いも表情もレイアらしさを巧みに模していた。おそらく、レイア本人から多くの情報を手に入れていたのだろう。話し方のトーンや身振りさえ、そっくりだった。
いつから入れ替わっていたのか――考えられるのは、俺たちが森でキマイラ討伐をしている間に、アースベルに巳人の襲撃のあったあの日。それを防いでくれたのもレイアだった。しかし、以降、彼女は体調不良を理由にあまり表に出なくなり、診療所も閉ざされていた。思い返せば、あれが偽者へのすり替わりの起点だった可能性が高い。
ならば、本物のレイアはどこにいる――? その疑問が脳裏をよぎった瞬間、凍えるような寒気が背中を這い上がってきた。
「ご推察の通り、私は聖女様ではありませ〜ん。魂集めのスペシャリスト、魂でるでる、デルピュネちゃんですよ」
偽レイア――いや、デルピュネは、笑みを崩さぬまま、突きつけられた刃を気にもせず、役者のように両腕を広げて見せた。
「でもぉ、この身体自体は本物なのです。聖女様のね。だから、傷つけないことをおすすめしますですよ。外側はそのまま、中身だけ……聖女様の魂を抜き取って、代わりに私の魂が入っているのです。あーははははっ!」
明るい声色に狂気が混じっている。
「レイアの魂を……抜き取った……?」
予感が、最悪のかたちで現実となって突きつけられた瞬間だった。
「聖女様の魂を手に入れるのは、そう簡単じゃなかったのです。なにせ、私の魂でるでるの魔法は呪い系。強力な加護をお持ちの聖女様には効かないんですもの」
「……じゃあ、どうやってレイアの魂を抜いたんだ?」
俺の問いに、デルピュネは嬉々として身を乗り出す。
「ふふふ、そこ、気になりますよねぇ? 教えてあげますです! 答えは――『セイズ』。聖女様に、魂を肉体から分離するセイズの魔法を教えて差し上げたのです!」
セイズ――自身の魂の力を引き出す、ヴァナヘイムの秘術……
「本当はね? 二人きりでセイズの練習しているときに、魂が抜けかけたところをピュネッともぎ取るつもりだったのです。でもねぇ、魂の離脱って……慣れないうちは痛くて苦しいんですよ。あの優しい聖女様、練習ではなかなか本気で魂を出してくれなくて。たくさん出しちゃえば、と〜っても気持ちがいいのに……です」
デルピュネはくすくすと笑い、まるで子どもが悪戯の成功を語るかのように続けた。
「だから、仕方なく――巳人たちをけしかけてあげたのです。本物の戦場なら、多少の苦しみなんて気にしてられませんものね? おかげで、聖女様、ちゃんと全力でセイズを発動してくれましたです」
「つまり――キマイラを使って、巳人たちをけしかけたのも……お前の仕業なんだな?」
俺が問いかけると、デルピュネは満面の笑みを浮かべた。
「はいっ、その通りなのです! 特に、オルム村出身の巳人たちは申人に対して根深い恨みを抱いていますからね。少しささやいてあげれば、勝手に燃え上がってくれるんですよ。おかげで、思った以上に順調にコトが運んだのです」
陶酔に浸るような甘い声で、デルピュネは冷酷な内容を語った。こいつ、レイアやアースベルを何だと思っているんだ……
「それにしても、聖女様のセイズ、素晴らしかった。さすがは聖女様。あんなに甘美で、神々しく、強力なセイズを見たのは私も初めてだったのです。そして聖女様は、限界を超え、魂を自らの肉体から引き離してくれた……しかも、魔力もほとんど使い果たしていて……」
うっとりした眼差しで、抱きしめるような仕草をしながら、デルピュネは素敵な思い出を振り返っているようだった。
「あとは、もう――ピュネッと、いただいちゃいましたぁ! あーははははっ!」
一見、無邪気にも見える笑顔の裏には、あまりに冷酷な残虐さが潜んでいた。
疲れた時に魂を出してると、デルピュネちゃんに取られちゃうぞ。
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