レーヴァテインの在処
室内の空気が張りつめる中、俺は静かに問いを投げた。ニテロはすぐには答えなかった。視線を伏せ、しばしの沈黙のあと、ぼそりと答える。
「……少し、鍛冶屋のまわりを歩いていただけにて」
しかし、リリィが即座に切り込む。
「でも、あの時鍛冶屋の近くには誰の気配もなかったにゃんよ。この魔王リリィは誤魔化せないにゃん」
自信を持ったその言葉に、ニテロの眉がかすかに動いた。もはやごまかしは利かないと悟ったのか、やがて、重い口をひらく。
「……実は、ラードーン遺跡の山の麓に、少し用があったにて」
「山の麓……? なぜそんな場所に? しかも、あの暗い時間に一人で?」
俺の問いに、ニテロはわずかに目を伏せ、鍛冶師として焼けた両手をじっと見つめた。
「……それを話すには、某の『魔剣』にまつわる秘密に触れねばならぬ。それは……明かすわけにはいかぬにて」
魔剣――それはニテロの過去と深く結びついた存在だった。そして、今まさに狙われているのもまた剣。これは単なる偶然ではなく、どこかに、繋がりがあるのかもしれない。そのとき、サードンがふと口を挟んだ。
「そういえば、ニテロ。最近は、あんたさんの剣……昔ほど売れてないって噂を聞いたさー。腕が鈍ったなんて思えないし、何か、心に迷いでもあるんじゃないのかさー?」
ニテロは静かに言葉をこぼした。それは溜まりに溜まった大きなため息を吐き出すかのようだった。
「かつて……某の剣は、呪われた秘境の地の魔剣として、異端の輝きがあった。しかし、今ではすっかり観光地になってしまったこの地では、もはや異端の輝きはなく、ただの土産物と同じ……某の剣の価値も薄れてしまったにて」
その声には、時代に置き去りにされてしまった者の寂しさが滲んでいた。サードンも、その気配に気づいたのか、少し同情するように言葉を添えた。
「……そうだったのかさー。うちらは人が増えて、暮らしが楽になったって、それだけで喜んでた。でも、あんたさんには、そういった思いがあったんだな……そういえば、観光地化にも、アースベルの建国にも、あんたさんは最初から反対してたさー」
その言葉に、ふと、俺の心の奥に引っかかっていた記憶が浮かぶ。アースベル建国の際、住民投票でたった一票だけ反対票があった。その時、誰のものか明かされることはなかったが……今ならわかる。あれは、きっとニテロの一票だったのだ。
「……某は、ただ、受け継いできた伝統を守りたかった。それだけのことにて」
その言葉は、言い訳でも抗弁でもなかった。ただ、ニテロという職人が、自分の心に正直であろうとした結果なのだろう。誰にも、それを否定する権利はない。
短くそう語ったあと、彼はいったん息を整え、続けた。
「……だが、今回の事件については、某は一切関わっておらぬ。そもそも、他人の魂を奪う術など、持ち合わせておらぬにて」
その言葉に、偽りは感じられなかった。だが――
「とはいえ、事件当時の行動に明確な証言ができない以上、疑いを晴らすことはできない」
俺は厳かに宣言した。
「ニテロ、真実が明らかになるまでの間、君は監視下に置かせてもらうことにする。残念ながら、この中で最も疑わしいのは、君だ」
ニテロは、黙ってうなずいた。抵抗の色は見えない。ただ、その瞳の奥に、寂しい光が見えたような気がした。俺はニテロに申し訳ない気持ちを抱きつつも、息を整え、話の流れを変えた。
「――もうひとつ、伝えておくことがある」
皆が再び注目することを確認してから、俺は言葉を続けた。
「今回、犯人が残したメッセージを見て、俺もさすがにレーヴァテインが何なのか、察しがついた」
驚いた表情を見せるみんなを前に、俺ははっきりと告げた。
「でも、それをそのまま犯人に渡す気はない。レーヴァテインは、すでに俺がある場所に隠した。その場所は――」
誰もが俺の次の言葉、その在処に注目していた。
「俺の『元の名前』に由来する祭壇の下だ」
その瞬間、空気が揺れた。どよめきが広がる。
「……元の名前って?」
「リバティさんって、本名じゃなかったんだの?」
「ちょっと待つのじゃ。そんな大事なことを今ここで言うてしまってよいのか? この中に犯人がいるかもしれんというのに……」
困惑と疑念が広がりかけたのを制するように、俺はゆっくり首を振った。
「心配はいらない。俺の元の名前を知っている者なんて、ほとんどいない。師匠にさえ伝えていないんだ。元々気に入っていなかったこともあって、この世界に来てからは、ほとんど口にさえしていない。それに、最も疑わしいニテロを事実上捕らえた今、もう同じ事件は起きない可能性は高い。そう願いたい」
俺のその言葉に、部屋のどこかで、誰かがごくりと息を呑み込む音を立てた気がした。
次回、ついに犯人が明らかにーー
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