奪われた魂
「魂が抜けてるって……それ、大丈夫なのか?」
思わず問い返す俺に、リリィはごく当たり前のことのようにきっぱりと言い放った。
「大丈夫なわけないにゃん。魂ってのは、普通、死んでから抜けるものにゃん。けど生きてるうちに抜けたら……体はもう、ただの抜け殻にゃん。放っておいても決して意識が戻ることはないにゃん。心臓は動いてても、そのまま何も食べられなければ、数日で体の方も死ぬにゃんよ」
ぞわりと背筋に冷たいものが走った。
「……リリィ、なんでそんなに詳しいんだよ」
「なんでって、私はかつて『冥府の女王』と呼ばれていたにゃんよ。ヒトの生き死にとか、魂とか、そのへんは全部、私の得意分野にゃん」
「……ナノンが……そんな、馬鹿な……」
言葉の意味を理解したダノンは、すとんとその場にへたりこむ。
「どうすれば、ナノンは目を覚ますんだ?」
俺の問いに、リリィはあっさりと答えた。
「そりゃ、この娘の魂を見つけて、体に戻すしかないにゃん」
「魂って……どこにあるんだ?」
「そこまでは分からんにゃん」
「いや、得意分野なんだろ? 冥府の女王なんだよな?」
「得意でも何でも、分からんもんは分からんにゃん。もう本当に死ねばいいにゃん」
「この状況で死ねとか言うなよ……」
そして周囲は沈黙に包まれてしまった。とにかく、何か手がかりを探さねばならない。
「ダノンさん、盗まれた剣の方は、大事なものだったのか?」
俺が尋ねると、ダノンさんはかぶりを振って、ぽつりと呟いた。
「ああ、あれはな……おらの爺ちゃんが集めたもので、古いだけでおそらく大した価値はねえだよ。ナノンの方が、何億倍も大事だの。あんな剣、欲しけりゃひとこと言ってくれれば、ただでくれてやっただのに……」
その声には、深い悲しみがにじんでいた。とにかく今は、ナノンを襲った犯人をいち早く見つけなければならない。手当たり次第に剣だけを盗んでいる奇妙な犯人、一体何者なのだろう。やはり、今もっとも怪しいのは、最近噂に上がっている『立派な剣を携えた大柄な人物』だろう。俺はすぐさま、その人物に関する情報を集めるべく動き出した。村に流れる噂話から、サリオン帝国との国境近くに住む老人の証言、市場の様子、海辺の目撃談まで、手当たり次第に洗い出していく。
「大柄なフードの男? ああ、見たぞ。三日前の夕暮れだったな。ひとりで村の方に向かって歩いてきた。お前さんより頭ひとつ――いや、ふたつ分は大きかったな」
「見たよ、見たよ。広場の隅に立って、じーっと市場を見てたの。買い物するでもなく、まるで何かを探しているようだった」
「大きくて怪しげな男、おらも見ちまったよ。それはもうピリンピリンした空気を全身からドヴァーって出してて、バビュンバビュン風を切るみたいに、それはもうヌヴァァァーッてーー(略)」
「大きな人にぶつかりそうになって、そしたらその人横にいて、あれってなった」
「黒くてやたら大きな剣を腰に差していた。柄には奇妙な紋様があってね、あれは普通の鍛冶屋じゃ作れん代物だ」
「あの体格で、子どもたちがふざけて突っ込んでも、ひらりと避けたよ。あの動き……常人じゃないな」
「フードを目深に被っていて顔は見えなかった。声も聞かなかったし、男かどうかも分からない。ただ、近寄りがたい雰囲気は確かにあったよ」
「あ? あやしげなジンブツ? いんや、とんでもねえ、あたしが唱えてるのは、あやふやなネンブツだーよ」
「夜に海岸のはずれで焚き火してるのを見た。あそこに昔から放置されてる廃屋がたくさんあるだろ? あの辺りだ」
どうでもいい情報もあったが、大柄な人物の目撃者の数は多く、もはや見間違いでは無さそうだ。
「ロイナ、これまでの証言を要約してくれ」
――承知しました、マスター。
要約:
目撃された人物は、三日前にサリオン帝国方面よりアースベルに侵入。フードを深く被っており、性別・素顔は不明。推定身長約2メートル。腰には黒く巨大な特製の剣を装備。柄には装飾された紋様あり。村内を巡回・観察している様子が複数回確認されており、高い反射神経と身のこなしから戦闘技術を有している可能性大。潜伏先は、ビーチのはずれにある放置された廃屋と推定されます。
……AIってやっぱ便利だ。怪しい人物はてっきりヴァナヘイムから来た何者かだと考えていたけど、反対側のサリオン帝国から来たみたいだな。さて、明日は海岸の廃屋をしらみつぶしに調べてみるとするか。
しかし、残念ながら翌日も被害は出てしまった。今度の犠牲者は、自警団のハンツだった。村の夜間警備を担当していた彼だが、明け方、人気のない場所で倒れているのが発見された。生きてはいるが、意識はなく、ナノンと同じように魂を抜かれた状態だった。そして、ハンツが常に腰に差していた剣はなくなっていた。剣が奪われ、魂が抜き取られる。昨日のナノンと同じ状況だが、今回は一つ違っている点があった。現場には、一枚の紙が残されていたのだ。そこにはこう書かれていた。
『レーヴァテインをラードーンに捧げよ。さもなくばラードーンの呪いが降りかかるであろう』
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