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エンジニアによる異世界革命はじめました〜魔改造済みにつき魔王はご主人様に逆らえません〜  作者: マシナマナブ
第二章 立国編

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聖女のセイズ

 わたしは、浮かんでいく。肉体という器からふわりと離れ、魂だけの、まっさらなわたしが空へと舞い上がっていく感覚。かつてはその離脱に鋭い痛みが伴っていたはずなのに、今はもう違う。ただ、あたたかくて、やわらかくて、甘い。その感覚は、じわじわと波紋のように広がり、私の内側を奥深くまで満たす。骨の芯までじんわりと溶かされていくような、甘美な痺れ。

 魂を肉体から引き離すという行為には、本来なら激しい苦痛が伴う。けれどセイズには、その痛みを包み込むように和らげる、悦びの仕組みがある。そして、魂が肉体から離れれば離れるほど、わたしの魔力は膨れあがっていく。ふだんは届かない深層の魔法領域にも、手を伸ばせる。その感覚は、まるで閉ざされた扉が次々に開かれていくような、神聖な解放感。


 それにしても、なんて心地いいのでしょう。


 わたしの内側では、脳内物質が洪水のように溢れかえる。ドーパミン、セロトニン、オキシトシン、βエンドルフィン。幸せを司るすべてのホルモンが、一斉に花開いたかのように。もはや、そこに苦しみはない。


「あぁ……あなたたちも、辛い過去を背負っていたのですねぇ」


 わたしの声は、澄み切った泉の水面に映る光のように、静かでやわらかく、そして甘美に響きました。魂の深い場所から自然と溢れてくるような声色です。彼らには、言わなければならないのです。彼らの傷に寄り添うからこそ、その先にある救いの言葉を。


「その痛みを、憎しみに変えてしまうのは……あまりにも、悲しすぎます。どうか……もう終わらせましょう。あなたたちの心を縛る、その冷たい鎖を――」


 言葉を重ねた瞬間、胸の奥から歓喜があふれる。心が高鳴り、快楽が、ほとばしる。これは、わたしが望んでいた感覚。誰かを救いたいと願った、その祈りが成就するときに得られるであろうこの身を焦がすような喜び。


「わたしが、断ち切って差し上げます――」


 喜びが、達成感や興奮とともに、全身を優しく満たしていく。胸の奥に灯った熱は、波のように広がり、わたしの心を高揚させる。……ああ、これはドーパミン。歓喜が濁流となって脳内を駆け巡り、視界がまばゆいほど輝いて見える。空気さえも甘く、世界はあまりにも美しい。

 同時に、胸に満ちていくのは、深く、やわらかい抱擁のような安心感。これは……オキシトシン。まるで神の腕に包まれているかのよう。あたたかくて、やさしくて、涙が零れそうになる。孤独はどこにもなく、すべてが、ひとつに溶け合っている。

 その快楽と安堵の中でも、わたしの意識は静かに澄みきっている。霞一つない澄み切った空のように透明で、遠くまで見渡せる。これは……セロトニン。わたしの魂は光の中を自由に舞い、縛るのものは何もない。さらに遠くまで行きたくなる。

 そして――極め付けはとろとろと脳内にあふれてくる、やわらかく、深く、甘い甘い快楽。これは、βエンドルフィン。痛みを忘れさせ、恐怖すらも甘美に染め上げ、あらゆる感覚を幸福へと変えていく。わたしは、ただ恍惚の波に抱かれる。

 ……こんな世界があるなんて。今のわたしは、限りなく、神に近いとさえ感じる。


「今のわたしなら……どんな呪いも、やさしく、ほどいて差し上げられます」


 指先からあふれ出した浄化の光は、やわらかな蜜のように甘そうで、けれど確かな力で、ミーアの身体を包み込む。わたしの力は、いまや何十倍にも増幅されていて、決して乱暴にではなく、頬を撫でる春風のように、ミーアの心を縛る魔法の鎖をほどいていく。


「……すみません、私は……っ」


 ミーアの足が止まり、その瞳にふたたび光が戻ってくる。ああ、この光は、確かに届いてくれた。


「なっ……これは、この女の力なのか!」


 巳人の男が動揺を露わに叫ぶと、周囲の巳人たちが一斉に魔法の詠唱を開始する。空気が震え、無数の呪文の力が私に向かって解き放たれる。

 けれど――それらはすべて、わたしのまわりに漂う浄化の光に触れた瞬間、泡のように音もなく消えていく。増幅された浄化の力は、もはや魔法そのものを拒む『聖域』。わたしはただ、その中心で静かに微笑みながら、淡い光の帳を身にまとって立っているだけ。


 けれど、わたしの胸を、鋭い剣が、貫く。それは、ほんの3秒後のこと。魂が肉体から遠く離れるほど、目に映る世界は未来へと進む。それは確かに訪れる未来。もちろん、わたしはそれを静かに拒む。


「通ずるは天の白銀の門……呼び起こせ、穢れを遮る聖なる光の結界――」


光の壁(ルクス・ヴェール)!』


 眩しく輝く魔法陣から、神聖な光が溢れ、わたしの前へ展開される。3秒後に私を斬るはずだった巳人の刃は、白銀の壁に触れた瞬間、反動で巳人の身体ごと吹き飛んでいく。わたしは、それを見送るように、ただ微笑む。

 彼らは必死。ミーアを奪還するために、命を賭けて挑んでくる――けれど、わたしはもう揺らがない。わたしはさらに、肉体と魂の距離を広げる。身体中を駆け抜ける甘美な電流。あぁ、さらなる波がくる。

 おそらく今、わたしは満面の笑みを浮かべている。心も、身体も、軽くて、清らかで、温かくて……この感覚が永遠に続けばいいのに。

 今のわたしにはすべてが見える。次に何人が、どこから、どのように襲いかかってくるのか。それを防ぐのは、とても簡単なこと。巳人たちが一斉に踏み出す。それはぴたりと揃った一撃。けれどわたしは、ただそっと囁くだけ。


光の壁(ルクス・ヴェール)


 今度はわたしの周囲をぐるりと囲むように、光の壁が同時に出現する。それは巳人たちの攻撃を弾き返し、彼らの体を吹き飛ばす。


 ぽん、ぽん、ぽんっ!


 ……軽やかな音の粒が弾けるよう。跳ね返された巳人たちが、空中で舞うさまは、どこか愉快で可愛らしい。


「ああっ……もう、最高に素晴らしい!」


 光と音と、高鳴る鼓動。わたしは恍惚のなかで、さらなる高みへと昇ってしまう。

セイズを自分なりの解釈で楽しく書いてみました。科学的でしょ?


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