リバティと、あの残念な加護
「最後だな。そなたは何が出来る?」
ついに俺の番が来た。これまでの転移者たちは、それぞれ能力に相応しい、素晴らしい加護を持っていた。先導者の加護をもつ起業家、聖女の加護をもつ医者、そして勇者の加護をもつレスラー。その肩書きだけを聞いても、どれも途方もない力が発揮できそうだ。それなら俺にもきっと、素晴らしい加護が与えられているに違いないと胸を高鳴らせ、前に進み出る。
俺の名前は由自……
と、名乗ろうとしてふと考え直した。ここは異世界だ。別に本名を名乗る必要もないだろう。自由の反対である由自と名乗ると、俺はこの世界でも自由になれない気がした。そこで俺は咄嗟にこう名乗った。
「俺のことは、そうだな、リバティとでも呼んでくれ。得意なことは、ソフトウェアエンジニアリングだ!」
一瞬、場が静まり返った。転移者たちもポカンとした顔で俺を見つめている。
「リバティか。変わった名前だな。ところで、その、『そふとえあじにありん』とは何だ?」
ゴルディアスが首をかしげながら聞いてくる。言葉の意味が通じていないなら仕方がない。俺はどう答えて良いものか、少し思案した。
「ええと、ソフトウェアエンジニアリングとは、ソフトウェアを作る、エンジニアの仕事をすることで、つまり、プログラミングとかデバッグとかそういう一連のワークフローに長けている、ということだ」
「むう、サッパリ分からんな。誰か、わかる者はおらんか?」
一同は口々に首を振る。まあ、確かにこの世界では技術があまり発展していなさそうだ。俺の言うことが通じないのも無理はない。
「えっと、簡単に言うと、パソコンを使ってクライアントのユースケースを満たすシステムソリューションを提供するために、要求仕様に基づいたアーキテクチャ設計を行い、それを実際のソースコードに落とし込んで、あ、そうだ、この時にストラクチャードコードやポリモーフィズムなんかも考えてモジュール設計するのも得意なんだけど、一連のコーディングの後はユニットテストを行い、全体をインテグレーションして統合テストして、パッケージ化してリリースする仕事さっ!」
「……」
深い深い、静寂が訪れた。
ああ、頑張って分かりやすく説明しようとしたつもりなのだが、みんな異次元の存在を相手しているような顔で俺を見ているぞ……そう言えば、元の世界で自分の仕事を説明してもあまり理解されることはなく、大体、説明を諦めていた気がする。
「……ますます言っていることが分からん。微塵も分からん。もう清々しいほどに」
「つまり、ものを作る仕事ですよ」
そこでハルトが簡単な言葉で説明してくれた。
「ほう、ものを作る……鍛冶屋や魔道具師のようなものかな?」
「いや、厳密に言えば、ソフトウェアは目に見えるものじゃないので、モノというより情報資産で、その中の特にコントロールフローを――」
俺が捕捉しようとしたところ、ゴルディアスは片手を俺に向けて制止した。
「まあよい。ほれ、ほれ、とりあえず加護を見せてくれ」
皇帝の返事は、どこかおざなりになっていた。もはや理解しようとする気さえ失われているようだ。俺は気を取り直して水晶に手を当てた。水晶が反応し始めたが、あまり光らなかった。
「これは……毒耐性の加護」
――ぷっ……
あ、今、誰か笑った……
そしてどこか微妙な空気が流れる。
「毒耐性の加護か……まあ、ありがちな加護ではあるが、変なものを食べてもお腹を壊しにくかったりして、ちょこっと便利ではあるぞ」
皇帝ゴルディアスの俺に対する言葉はそれだけだった。
「さあ、皆の者、ご苦労であった。此度は素晴らしき才能、加護を持つものが多く、余も実に驚いた。それぞれ、この世界での滞在先を選んである。まずはゆっくり休むがよい」
話はそれで終わりのようだった。俺への期待の言葉は何一つなく、皇帝ゴルディアスもそそくさと退出していった。別にありがたい言葉が欲しいわけでもないのだが、俺に残されたのは、何とも言えない物足りなさと虚しさだけだった。
「おい、ユージ、そのリバティって名前は何だ?」
トオルが呆れたように聞いてきた。
「自由だよ、じ・ゆ・う。俺は、ここで自由になりたいんだ」
「だーははは! ユージじゃなくて、ジユーか。ユージ、お前思ったより自由なやつだな」
「だから、ユージじゃなくて、リバティだ」
「どっちでもいいじゃねえか。それより、まあ、どんな加護であれ、なんとかなるだろう。お互い頑張ろうな!」
くそー、なんか小馬鹿にされてる気がする。だが、俺は負けない。見てろよ、俺のリバティの名をここで轟かせて、いつか立派な『スタチュー・オブ・リバティ』を建ててやる! そんなどうでもいい決意を固めていると、案内役に促され、他のメンバーはそれぞれの方向へ歩き出していた。皆、少し誇らしげに、まるで新しい人生の始まりを楽しみにしているようだった。俺も慌てて追いかけた。
どうやら、この国は相当裕福らしい。まず城自体が豪華そのもので、外に出ると貴族の住む立派な豪邸が並んでいる。その豪邸の貴族たちが、それぞれ異世界からの転移者たちを受け入れてくれるそうだ。異世界から来た皆は、年齢が5分の1になり、多くの者の見た目は子供同然になってしまう。このままでは心許ない。そこで、転移者の体が十分に成長するまで、貴族たちが国賓級の待遇で面倒を見てくれるというのだ。
ーー俺以外は。
俺が案内されたのは、豪邸ではなく、見るからにボロい家だった。
ちくしょー、どう考えても加護で人を判断してやがる! 心の中で毒づいた。
こうして、俺たちの異世界での新しい生活が始まったのである。
お約束の展開で、プロローグは終わりです。
本編ではこの世界の謎を、徐々に解き明かしていきますよ。
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