森に潜む脅威
「おら、最初はそれが変わったキノコだと思ったんだ」
興奮おさまらない様子で村人は話し始めた。
「茂みの奥から、ひょっこり突き出ていた白くて大きく立派なキノコ。ツヤもあったし、絶対うまいに違いないって思って、手を伸ばしたんだよ。そしたらそのキノコ、プルンプルン震え出してな。次の瞬間、ニョッキンニョッキンと伸び始めたんだ。そしたらそれ、キノコなんかじゃなかった。山羊みたいな化け物の、角だったんだよ!」
彼は声を震わせながら、叫ぶように続けた。
「それだけじゃねえ。よく見たら、そいつには獅子の頭もくっついてて、長い蛇が体からニョンロニョンロ這い回っててよ。しかも背中には羽まで生えてて空をヴァッサヴァッサ飛んで、ウンギャーッ!って吠えたと思ったら、口からブヴォォォ!って火まで吐きやがった!」
おかしな擬音語や擬態語が多めの途方もない話に唖然とする人々を前に、村人はさらに続ける。
「おら、びっくりしてキノコ掘るために持ってたスコップを思わず構えたんだ。でも、その瞬間、火がブバババッと来て……この有様さ」
そう言って村人が見せた金属製のスコップは、無残に半分溶けて曲がっていた。高温の火炎を浴びたのだろう、鉄の部分はくすんで鈍く焦げ、柄の木も黒く焼け焦げていた。
「もうおったまげて、スタコラサッサと命からがら逃げてきたんだ……」
その日、アースベルの東の森にきのこ狩りに出かけた村人から、恐ろしい魔物に出くわしたという話を聞いた。彼の話を要約すると、魔物の姿は巨大な獅子と山羊と蛇が合わさったようなもので、背中には羽があり、火炎を吐くという。おいおい、どんな怪獣だよそれは。あの森には、スライムやコボルトといった小型の魔物くらいならいるが、そんな凶暴で巨大な魔物がいるなんて話は、今まで一度も聞いたことがない。最初は見間違いか、あるいは極端な誇張かとも思ったが、実際に溶けかけたスコップを見せられては、そうも言っていられない。もしその化け物が本当にいて、このアースベルに入ってきたら、被害は計り知れないことになるだろう。
危機感を覚えた俺は、エルマとリリィに同行を頼んで東の森へと向かった。どんな恐ろしい怪物がいようとも、天才賢者の仙人と冥府の女王である魔王、そして俺、この三人がいれば、きっとなんとかなるに違いない。
「まったく、魔王に魔物退治をさせるなんて、国王に草むしりを頼むようなものにゃんよ。ご主人様は魔王という崇高な存在の扱いをまったく分かっていないにゃん。絶望的に頭空っぽにゃん」
「儂も本来なら、今頃は優雅にアフターヌーンティーを楽しんでいる時間じゃというのに……せっかくの新茶のシーズンなのじゃ。まったく勿体ない。人はパンのみにて生くるものにあらず。そう、ティータイムが必要なのじゃ!」
二人とも、やれやれといった顔でため息をつき、好き勝手にぼやいている。
「悪かったよ。でも、ちゃんと帰ったらご馳走するから。エレガントなお茶請けも用意するってば」
俺はわがままな二人の機嫌をとりつつ、足を進めた。そんな緊張感のない会話も、森の奥へと入るにつれて減ってきた。気づけば、あたりの空気は重くなり、鳥のさえずりすら聞こえない、静まり返った空間になっていた。木々はところどころへし折られたように倒れたり、黒く燃え尽くされたりしている。
「この様子……ちと尋常ではないようじゃな」
エルマが立ち止まり、森の奥をじっと見据えながら、重みのある声で呟いた。その眼差しは鋭く、闇の中にいる何かを見透かすようだった。リリィも足を止め、鼻をひくつかせると、眉をひそめた。
「この匂い……ただの魔物じゃないにゃん。もっとこう、古くて邪悪な気配がするにゃん。それに……多くのヒトの気配も混ざってるにゃんよ」
つい先ほどまで退屈そうに文句を言っていたリリィの目に、鋭い光が宿っているのに気づいた。あの眼差しは、かつて魔王として恐れられていた頃のものだ。これは、彼女が本能で『手強い獲物の匂い』を嗅ぎ取った時の反応なのかもしれない。それにヒトの気配もあるなんて、他国からの侵略行為の可能性もあるかもしれない。
「これは、ただ事では済まなさそうだな……」
俺は溜め息を吐いた。リリィの鋭敏な野生の勘に導かれるまま、俺たちはさらに奥へと進んでいった。その何かの気配が徐々に明確になっていく。やがて、足元に響く振動を感じ始めた。
「……大きな何かが、近づいてくる」
張り詰めた空気の中、俺は戦鎚ソードに手をかけた。
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