ヘルヘイムにようこそ
先の戦争で魔王とその主力戦力を失った魔王軍の都市ヘルヘイムは、かつての勢いは消え失せ、大幅に弱体化していた。俺は従えたリリィと共に、ヘルヘイムの中心部を視察している。街には活気がなく、殺伐としていた。
「ようこそ腐れ外道のご主人様、ここがヘルヘイムの中心部にゃん。そして今すぐにでも獰猛な寅人たちに引き裂かれてしまえばいいにゃん」
リリィが渋々案内しながら、刺々しい言葉を口にする。しかし、見込み通り、語尾の『にゃん』のお陰で全く怖さを感じない。
「先の戦争のせいで、この国もかなり貧しくなってしまったにゃん。ご主人様はどんなに恨んでも恨みきれないにゃん。死ですら生ぬるいにゃん」
リリィは悔しげに地面を蹴り、遠い目をした。その憤りの矛先が俺に向けられているのは、理不尽とはいえ、まあ仕方ないだろう。
「あっ、魔王様じゃないですか? 魔王様ー!」
その元気な声に反応して振り向くと、寅人の子供が無邪気に駆け寄ってきていた。リリィは一瞬ギクリとし、視線を逸らして尻尾をバタバタと揺らす。
「ひ、人違いにゃん。冥府の女王と言われた魔王が、『にゃん』とかアホみたいなセリフを言うはずないにゃん」
「え? そうなのかなぁ。絶対魔王様だと思ったのになぁ……」
子供は不思議そうに首を傾げ、去っていった。リリィは悔しそうに目を伏せ、拳をぎゅっと握りしめて、小さく呟いた。
「むぐぐ、耐え難い屈辱にゃん……どうか、汚れてしまった私を純粋な瞳で見つめないでほしいにゃん。ああ、今すぐにでも申人どもを根絶やしにしてしまいたいにゃん……」
リリィの苦悩はさておき、どうやら彼女は、子供たちから人気があるようだ。
「意外とみんなから慕われてるんだな、リリィ」
「なっ、そんなわけないにゃん! 皆、私の恐怖に震え上がっているだけにゃん。私は、冥府の女王にゃん!」
その言葉に、俺は思わず苦笑した。強がっているのが見え見えだ。
「いやいや、そんなにツンツンしなくても、みんなと友好的な関係が築けるならそれでいいじゃないか。これからは仲良くやっていこうよ」
リリィはぷいっとそっぽを向きながらも、ちらりとこちらを伺うような視線を投げかけてくる。
「フン、今さら何をいけしゃあしゃあと言ってるにゃん。どうせ極悪非道なご主人様はこれから私の同胞たちを馬車馬のようにこき使おうとしているに違いないにゃん」
「いやいや、そんなつもりはないさ。俺たちは、寅人だからって見下したり冷遇したりしない。特にイザベルの人々は、他種族にも寛容だからな。魔王軍の被害も直接受けていないし、偏見はないはずだよ。できれば有効な関係を築いて、お互いに有益な交易ができたらと思ってる」
その言葉を聞いたリリィは、しばらく沈黙した後、ため息混じりに言葉を吐き出した。
「……それが本当なら、正直、それはありがたいにゃん。この身はさておき、ご主人様には、ヘルヘイムの民たちが路頭に迷わないようにお願いしたいにゃん」
リリィの声には、ほんの少し安堵の色が混じっていた。他国からは魔王として恐れられていた彼女だが、自国の民のことをしっかり考えているのがわかる。これがリリィの本当の姿なのかもしれない。
そして俺たちは、目的の場所へとたどり着いた。
「ここが、ヘルヘイムが誇る魔道具工房にゃん!」
リリィに案内されて工房に入ると、小さなヒトが作業の手を止め、こちらをじっと見つめた。
「紹介してやるにゃん。彼女はヘルヘイム最高の魔道具師、マキアート・デズミー、通称マッキィにゃん」
リリィが指し示した小柄な少女は、背丈は俺の半分もなく、ふわふわのグレーの髪が肩まで垂れている。大きな丸い耳がぴょこんと頭の上で揺れ、お尻からは細長いネズミのような尻尾がちょろりと伸びていた。瞳は澄んだブルーで、好奇心に満ち、まるで宝石のように輝いている。身に付けている鮮やかな赤色のワークエプロンには、ところどころにポケットがついており、工具や小さなパーツがぎっしりと詰まっている。
マッキィは、リリィに促されるように前に出て、小さな手をこちらに差し出した。その手は小さく、指も細い。それを見て、俺は彼女がとても細かい魔道具を手作業で作れることに納得した。
「やあ、ボク、マッキィ。寅人にこき使われている哀れな子人の魔道具師さ!」
その声は明るく無邪気で、こき使われていると言いつつもポジティブに感じた。
「俺はリバティ。俺も魔道具師だ。君の魔道具開発の腕を見込んで、今後協業できたらなと思ってるんだ」
マッキィはぱっと顔を輝かせ、耳をピコピコと動かした。俺たちはにこやかに握手した。
「いや〜、ボクの腕の良さに気づくなんて、キミもなかなか見込みがあるね! それで、魔道具師のキミはどんな魔道具を作ってるのかな?」
「んー、例えばこれ」
マッキィの質問の回答として、俺はリリィの首輪を指差した。それを見た瞬間、マッキィの瞳が大きく見開かれ、口をポカンと開けたまま、石像のように固まってしまった。
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