第二章 プロローグ
『ヒト』が果てしなく長い修行を経て到達できる上位クラスの一つ『仙人』。それよりさらに上の力を有する上位クラス『神』。その中でも、魔王さえ凌駕する力を持つ存在が、上位神である。上位神である彼はかつて、この世界に再び秩序をもたらすべく、ヒトの身に余る力を封印して各地を巡った。彼は自らの力に自信を持っており、その封印を解ける者など存在しないと考えていた。そのため、60年という年月を経てその封印が解かれたという報告が届いたとき、彼は驚きを隠せなかった。
「まさか、私が施した封印を解く者が現れるとは……。それで、神器の方は回収できましたか?」
傍らに控えていた神の使徒たちは、頭を垂れながら報告を続けた。
「神器のひとつは無事回収しましたが、もう一つの神器がどうしても見つかりませんです」
それは、彼の力を顕現するために必要な依代であり、非常に貴重なものだった。
「あれは決して朽ちることはなく、どこかに必ず存在します。どんな手を使ってでも探し出してください」
「仰せの通りにいたす所存でございます」
もう一人の使徒が厳かに答えると、彼はさらに言葉を続けた。
「それから、私の封印を解き、浄化を施したのはこの時代の聖女だと聞きました。その強力な魂……何としても手に入れたいですね」
「聖女の魂、でございますね。確かにそれがあれば、新しい天使も生み出せるでしょう」
天使の創造は、彼らの戦力の大幅な強化を意味し、大きな価値がある。
「しかし、でございますね、聖女から魂を取り出そうとしても、聖女には強力な加護がございます。その加護ゆえ、呪いの類が一切効きません」
彼がどうしたものがしばし思案したそのとき、先の使徒が一歩前に出て提案した。
「はい、はいっ! 私に良い考えがありますです。それはですね、ごにょごにょ……」
彼はその提言に耳を傾け、ふと口元をゆがませた。
「なるほど、それは面白いですね! 一石二鳥の名案です」
彼のその言葉に、使徒たちは湧き立ち、ある者は体をくねらせ、ある者は大きな翼をはためかせた。
「ここは、魂集めのスペシャリスト、魂でるでる、デルピュネちゃんに、お任せなのです!」
◇ ◇ ◇
冬は終わりを告げ、イザベル村には待ちに待った春がやってきた。冷たい風は穏やかな陽射しに溶け、雪解け水が小川を流れ、暖かく澄んだ空気が村全体を包み込んでいる。
サリオン帝国の皇帝をその座から引きずり下ろし、魔王軍の侵攻を食い止めたことで、ようやく平和が訪れた。桜のような薄紅色の花が咲き、戦火に怯えていた日々が今では嘘のようた。
しかし、そんな明るい景色とは裏腹に、聖女レイア・シライシの心には、未だ曇りがかかっていた。
「結局私は役に立てなかったな……」
レイアは一人、咲き誇る花を見つめながら、ぽつりと呟いた。無血クーデターを成功させたハルト、強大な魔王を退けたリバティ。どうしても転移組の同期たちと自分を比べてしまう。そして、魔王軍の大群を見事に撃退したエルマとミーア。けれど、自分は……何もできなかった。戦場では呼吸さえままならず、医者としての職務さえ全うできない。魔王軍に寝返ることになってしまったトオルに対しても、何かできることがあったのではないだろうか。果たして、これで聖女と言えるのだろうか。そんな劣等感が、いつまでも彼女の心を苛んでいた。
「聖女のお姉さん、暗い顔をしてどうしましたか?」
突然、声をかけられたレイアは驚いて顔を上げた。そこに立っていたのは、柔和な笑みを浮かべる少女だった。
「あなたは?」
「私は、ユウジン。皆さんのユウジンです」
「友人?」
レイアは戸惑った。『友人』だというこの少女にはこれまで会ったことがない。イザベル村の住人だろうか?
「ユウジンはあなたに、とても素晴らしい力をお授けするのです」
その声は穏やかで心地よい響きがあり、まるで春のそよ風のようにレイアの心をくすぐった。
「私たちの特別な能力、その名も『セイズ』です。聖女のセイズ。まさに、聖女様にぴったりの力なのです」
「セイズ……?」
レイアは不安と興味が入り混じった顔で少女を見つめた。
「聖女様、何も心配はいりませんです。この魔法はとても強力で、使っている時はとても気持ちが良いのです。覚えておいて損はありません。その上で、もし気に入らなければ使わなければ良いのです」
確かにその通りかもしれない。どんなことであれ、知っておいて損はないはずだ。
「どういうものか、もっと詳しく教えていただけますか?」
少女は柔らかく頷き、胸に手を当てて深々とお辞儀をした。
「喜んで。聖女様のためなら、あなたのユウジンは協力を惜しみませんです」
その優しい声音には、どこか妖しい響きがあった。しかし、今のレイアの心の中には、「強くなりたい」という思いが大きく膨らみ始めていた。自分ももっとみんなの役に立ちたい。過去の自分から変わりたい。その一心で、レイアは少女の言葉に耳を傾けていた。
第二章、始まりました。
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