魔王軍との最終決戦
解放されたミーアとエルマが、押し寄せる魔王軍の前に立ちはだかる。戦場は騒然としていた。地響きのような足音が大地を揺らし、見渡す限り魔王軍の黒き旗が翻る。その先頭には支配の首輪をつけられ、やむなく魔王軍に従うサリオン帝国の兵士たち、その後方には、寅人の精鋭たちと、魔王軍の四天王。忘れもしない、あのジャガーノートの姿もある。頭上では魔力を帯びた暗雲が渦巻き、まるで世界そのものを闇に沈めようとしているかのようだった。
「ほう、なかなかの数じゃな……面白い」
その光景を見、エルマは不敵に微笑んだ。
魔王軍、サリオン帝国軍、そしてミーアとエルマ——すべてが激突する壮絶な戦いの幕が始まる。
「わわわ、すみません、すみません……お兄ちゃんのために、ここで止まってもらわないといけないのです」
ミーアのか細い声が、押し寄せる魔王軍の喧騒の中でどれほど届いたのかはわからない。だが、もう迷っている時間はない。彼女は小さな胸に決意を込め、一歩前に踏み出す。
「ああ、来ないでください……でも、やっぱり来ちゃいますよね……。それでは、失礼します……! 擬態解除、そして──」
ミーアの輪郭がぐにゃりと歪む。
「バジリスク!」
その一声とともに、彼女の姿が巨大な蛇へと変貌した。滑らかな鱗に覆われた身体が大地を這い、無数の兵士たちを見下ろす。妖しく輝く双眸がゆっくりと開かれると、そこから放たれるのは、万物を石に変える石化の邪眼。
「にょろにょろしてすみません……カッチカチにしてすみません……」
申し訳なさそうに呟くミーア。しかし、その言葉とは裏腹に、彼女の視線を受けた兵士たちは次々と石像へと変わっていった。支配の首輪をつけられたサリオン帝国の兵士たち、その後方に控える寅人の戦士たち——誰もが彼女の視線を浴びた瞬間、無機質な石へと変化していく。
「すみません、すみません、後でちゃんと戻しますから……」
エルマはミーアの背後で、まるで狩りの瞬間を楽しむ獣のような笑みを浮かべていた。彼女の視線の先には、威圧的に構える四天王たち。だが、彼女の瞳に恐れの色はない。むしろ、期待に満ち溢れていた。
「魔王軍の四天王か。相手にとって不足はないのう……思い切り力を出せるのは、一体いつ以来じゃろうな?」
澄んだ声で静かに呟く。しかし、その声音の奥には、長き時を超えて数々の戦場を駆け抜けてきた者の深い威厳が宿っていた。エルマがゆっくりと手をかざした瞬間——周囲の空気が一変する。まるで世界が凍りついたかのように、大軍の喧騒が消え去り、戦場は静寂に包まれた。
「長い歴史の中で失われし古代魔法、その真髄を見せてやろう」
足元から溢れる魔力の奔流。幾つもの魔法陣が次々と出現し、それらは単なる魔法陣ではなく、まるで壮大な機械仕掛けの装置のように連動し、回転し、絡み合いながら空間に新たな法則を生み出していく。大気が脈打ち、空間が軋み、その余波だけで天を覆う黒雲が裂けた。
『空間⭐︎崩壊』
エルマが魔力を解放すると共に、空間そのものが裂け、巨大な亀裂が生じる。何もないはずの空間にぽっかりと生まれたその裂け目は、地獄の門のように周囲を飲み込んでいく。
断末魔の叫びを上げる間もなく、魔王軍の兵士たちが次々とその暗黒の亀裂へと呑み込まれていった。
「なっ、無詠唱魔法でこの威力だと!? 一体、何なんだこの魔法は……!」
魔王軍の兵士たちは、信じられないものを見るような顔で立ち尽くしていた。
「古代魔法じゃ。その中でも最強格とされるものの一つ。そして、これこそが本来の魔法の力じゃよ」
エルマの声音には、圧倒的な自信と揺るぎない余裕が滲んでいた。
「今ので、ジャガーノートがやられた……!? だが、やつは四天王の中では最弱……!」
震える声が戦場に響く。
「ほう、それならもう一度見せてやろうか。空間⭐︎崩壊!」
「うおお、ピンクパンサーまでやられた!? やつは四天王の中では比較的のんびり屋……」
瞬く間に二人の四天王が戦場から消え去る。その光景を目の当たりにした魔王軍の兵士たちは、次第に戦意を喪失していった。
今や戦場を支配しているのは——ミーアとエルマだった。実際、この二人が揃えば……いや、エルマ単独でも、並の魔王になら勝ててしまうのではないだろうか。
魔王軍の主力は、ミーアとエルマという二人の怪物を相手にすることで手いっぱいだ。
加えて、サリオン帝国の指揮を握ったハルトの巧みな采配により、サリオン軍は着実に魔王軍の本隊と後続部隊の分断を進めている。
結果、魔王軍の本隊と他の軍勢は、今やほぼ完全に切り離されていた。ハルトはビジネスのセンスだけでなく、戦の才にも長けている。この戦況は、俺の狙い通りだ。
「じゃあ、みんな……行ってくるよ」
ミーアとエルマの圧倒的な戦いを横目に、俺は魔法車を一気に加速させる。向かう先は——魔王軍の本陣。対するは、魔王・ヘルヴァーナ・リリィ。
ーー 第一章 エピローグに続く ーー
第一章、完結です。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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